16 妖精王女、皇帝の子ども扱いに憤る
皇帝グレンディルはぎらついた金色の瞳で、エフィニアに手を差し出そうとした侍従を睨みつけている。
その金色の瞳はまるで蛇……いや、竜のようだった。
射抜かれればまともに息もできないだろうというほどの、威圧と覇気を纏っているのだ。
睨まれているのは自分ではないとわかりつつも、エフィニアは思わず身震いしてしまう。
「エ、エフィニア王女が席に着くのに難儀されていたので、お支えしようとしただけでぇ!」
侍従の男とて獰猛な竜族であるはずだ。
だが、彼はまるで蛇に睨まれた蛙のように怯えながら、ひっくり返った声で状況を説明している。
その言葉を受けて、グレンディルの視線がエフィニアの方へ向けられる。
エフィニアは思わずびくりと身を跳ねさせてしまった。
「……ほぉ、そういうことか」
ぼそりと呟いたかと思うと、グレンディルはぬっとエフィニアの方へ手を伸ばしてきた。
まるで捕食されるかのような本能的な恐怖に、エフィニアはぎゅっと目を閉じる。
そして、次の瞬間――。
「ひゃあ!」
気が付けばエフィニアの体は、宙に浮いていた。
グレンディルが背後から両手でエフィニアの腰を掴むようにして、持ち上げたのだ。
そのまま彼はエフィニアを椅子まで運び、すとんと降ろして腰掛けさせる。
「次からはもっと小さな物を用意させよう」
それだけ言うと、グレンディルは何事もなかったかのように向かいの席に着いた。
数秒して、やっと状況を把握したエフィニアは……猛烈な怒りと恥ずかしさに襲われた。
(ななな、何よ今のは……! 支えるにしても、他にやり方があるでしょ!!?)
今のはどう考えても、淑女に対する扱いではなかった。
まるで小さな子供……いや、むしろ犬猫に対するような持ち上げ方ではなかったか!?
そう考えた途端、エフィニアの頬にかっと熱が集まる。
(子どもみたいな私は淑女扱いする必要はないって? フィレンツィアの王女たる私が、犬猫と同じような扱いでいいって言いたいの!? ひどい侮辱だわ!!)
ポコポコと怒りのオーラをまき散らすエフィニアに、周囲に控える者たちは戦々恐々と状況を見守る。
ただ一人、グレンディルだけはこの場の空気に不思議そうに眉をひそめた。
「宮廷料理人が趣向を凝らして作り出した一品だ、姫の口に合うといいのだが」
「…………それはどうも」
念願の帝国グルメも、怒りの感情が渦巻いているせいで味がよくわからない。
グレンディルがぽつぽつと話しかけてくるが、先ほどの恥辱が頭から離れず、エフィニアはついつい塩対応をしてしまう。
場の空気はだんだんと凍っていき、どう見ても「運命の番同士の和やかな食事会」とはいえない、緊迫したものに変わっていった。
それに伴いグレンディルの機嫌も急降下していき、慌てた侍従の計らいによって物凄いスピードでコース料理は進み、あっという間にデザートが運ばれてくる。
ひんやりと冷たく甘いジェラートは、普段ならばたいそうエフィニアを喜ばせただろう。
だが、今のエフィニアはとてもじゃないが、のんびりデザートに舌鼓を打つような気分にはなれなかった。
通常の三倍ほどの速さでデザートを食したエフィニアは、ツンとそっけなく口を開く。
「皇帝陛下、この度はお招きにあずかり大変光栄でございました。それでは、お食事も済んだようなので失礼いたしますわ」
するりと高すぎる椅子から滑り降り、取り澄ました顔でお辞儀をすると、エフィニアは後ろを振り向かずにずんずんとその場を後にした。
皇帝グレンディルがじっとエフィニアの背中を見つめているのには、気づかずに。