15 妖精王女、皇帝との食事会に臨む
皇帝に食事に誘われた約束の日、エフィニアを迎えにやって来たのは、皇宮からの立派な馬車だった。
そうしてエフィニアは、実に後宮に足を踏み入れた日以来初めて、外の世界へ出たのだった。
案内された荘厳な皇宮の一室にて、エフィニアは待っていた皇帝グレンディルと対峙する。
「久しいな、エフィニア王女。後宮での生活はいかがだろうか」
「お心遣いいただき痛み入ります、皇帝陛下。万事、つつがなく過ごしておりますわ」
身一つであんなところへ入れられて、何をいまさらしゃあしゃあと……という思いを堪え、エフィニアは優雅にお辞儀をして見せた。
(後宮での生活はどうか、ですって? 家はボロボロだし食べ物は出ないし世話役の侍女もつけてもらえませんでしたけど?? それが何か???)
初めて会った時は畏怖の念を覚えた皇帝も、散々な目に遭った今では無駄に偉そうなだけに見えてしまう。
愛らしい笑顔を顔に張りつけながらも、エフィニアは今までの怒りをぶつけたいような思いでいっぱいだった。
いったいこの皇帝は何を考えているのだろうか。
不信感をあらわにしないように気を付けながら、エフィニアは皇帝と形だけの挨拶を交わす。
(それにしても……やっぱり「運命の番」なんて感じはしないわね。皇帝陛下も平気そうだし、そもそも彼にとって私は「あんな子供」扱いだし……)
初めて会った時、彼はいきなりエフィニアの首筋に噛みついてきた。
他の者に話を聞く限り、おそらくそれは初めて番に出会ったゆえの本能的な行動……であるらしいのだが、それ以来彼はまったく「運命の番」であるエフィニアに接触しようとはしなかった。
今日もこうして会えばまた噛みつかれるのではないか、と危惧していたが、いらぬ心配だったようだ。
いきなり襲い掛かられるのも勘弁だが、ここまで平然とされるとそれもまた腹が立つ。
だったら何故呼び出したのか、とまたムカムカして、エフィニアは無意識にヒールでカツンと床を打った。
「こちらへどうぞ、エフィニア姫」
侍従がエフィニアを席に案内し、椅子を引く。
大人しく席に着こうとしたエフィニアだが……そこで問題は起こった。
(…………高いわ。なにこれ、嫌がらせ??)
用意された席は、エフィニアの身長に対して明らかに高すぎたのだ。
体格のいい竜族用としては標準サイズなのかもしれないが、小柄なエフィニアからすればよじ登らなければならない高さである。
だがまさか、妖精族の王女で皇帝の側室たるエフィニアが、衆人環視の前でそんなみっともない真似が出来るはずがない。
ジトッとした目線で近くにいた侍従に訴えかけると、彼はすぐに気が付いたようだった。
「も、申し訳ございませんエフィニア王女……! お手をどうぞ」
どうやら彼がエフィニアを支え、椅子に座らせてくれるようだ。
多少不格好にはなるだろうが、子供のように椅子によじ登るよりはマシだろう。
そう自分を慰めて、エフィニアは侍従の手を取ろうとした。
その時だった。
「……おい、何をしている」
「ヒィッ!」
背後から地を這うような低い声が聞こえたかと思うと、エフィニアの目の前の侍従は慌てたように差し出した手を引っ込めたのだ。
一体何かしら……と反射的に振り向き、エフィニアは固まった。
エフィニアのすぐ背後にいたのは、エフィニアをこの場に招いた張本人――皇帝グレンディルだったのだ。