13 竜皇陛下、運命の番を想う
一方後宮を後にした幼竜は、目的地に向かって悠々と空を泳いでいた。
竜騎士団の厩舎を飛び越え、目指すのは……皇宮の奥の奥、皇帝の住まう場所だ。
幾重にも張り巡らされた結界を難なく越え、開かれた窓から部屋の中へと入りこむ。
幼竜は豪奢な絨毯の上にそっと降り立ち、静かに翼を休める。
その途端幼竜の姿が揺らぎ、次の瞬間その場所に立っていたのは……一人の竜族の青年だった。
幼竜の鱗と同じ漆黒の髪に、金色の瞳――変化を解いた皇帝グレンディルは、静かに息を吐いた。
(あれが、エフィニア王女……)
側近クラヴィスのアドバイスを受け、グレンディルは幼竜に化け後宮までエフィニアの様子を見に行っていた。
ほんの少しだけ、彼女の暮らしぶりが確認できればそれでよかった。
それなのに、気が付いたら……抱っこされ、なでなでされ、あ~んされ……とんでもない歓待を受けてしまっていたのだ!
(これが運命の番の力……なんて恐ろしいっ……!)
誰もに恐れられる冷血皇帝と名高いグレンディルが、まるで愛玩動物のように可愛がられ、今でも彼女の元に戻りたくてたまらないとは……。
――「かわいい、あったかい……」
――「はい、あーん」
――「いい子いい子。たくさん食べて大きくなってね」
初めて相まみえた時の王族たるにふさわしい凛とした態度とも、グレンディルに拒絶を突きつけた時の刺々しい態度とも違う。
ただ優しくあたたかいエフィニアに、グレンディルの本能はグラグラと揺さぶられていた。
……誰かに、あんな風に頭を撫でられたのは初めてだったのかもしれない。
グレンディルは生まれた時から、皇帝たるにふさわしい強さを身につけろと厳しく育てられてきた。
そうでなくては生き残れなかった。弱さを見せることも、甘えることも禁じていた。そうやって、生きてきたのだ。
だからあんな、無防備に甘やかされるような扱いをされると……まるで魂を鷲掴みにされたかのように、エフィニアのことしか考えられなくなってしまう。
(……また、彼女に会いに行こう)
後宮から飛び去ろうとした時の、少し切なげなエフィニアの表情が蘇る。
また幼竜の姿で会いに行けば、彼女は喜んでくれるだろうか。
それに、できることなら……「皇帝グレンディル」としてもエフィニアに近づきたい。
金輪際構うなと言い放った彼女だが、いったいどうすれば距離を縮められるだろうか……。
今のグレンディルを他人が見れば、「次はどの国を攻め落とそうかと考えているに違いない!」と誤解されるほどに冷たい表情を浮かべていた。
だがその実、若き皇帝は竜族にはありがちな悩み……「番との関係」に振り回されていたのだ。