12 妖精王女、小さな竜と出会う
イオネラが侍女として働くようになって、エフィニアの生活は向上した。
侍女の仕事としてきちんと食事を運んできてくれるし、食材だけを貰ってきて二人で料理をすることもある。
「エフィニア様、今日のデザートは杏仁豆腐ですよ~」
「わぁ!」
何よりエフィニアを喜ばせたのは、日々のデザートだ。
さすがは大陸中から多種多様な姫君が集う後宮料理というだけあって、故郷ではお目にかかったことのないような、珍しいスイーツが楽しめるのである。
そしてこのスイーツに引き寄せられてくるのは、エフィニアだけではないのであった。
『ムムーッ!』
『ぷぎゅー!』
甘い匂いに釣られたのか、屋敷内で掃除やもの作りを頑張っていた精霊たちがわらわらと寄って来た。
まさかこの状況で独り占めすることもできず、エフィニアは苦笑しながらわけてやる。
「はいはい、みんなでいただきますか」
『きゅ~!!』
美味しそうに杏仁豆腐に食らいつく精霊たちを眺めながら、エフィニアはくすりと笑った。
(結局私が食べられたのは一口だけ……今度イオネラと一緒にレシピを調べて、大量に作ってみようかしら)
後宮内には自由に開かれた書庫もあるそうだ。
世界各国のレシピ本が置いてあるかどうか、見に行くのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、畑の世話のためにエントランスから外に出た途端……エフィニアは異質な視線を感じた。
(っ、誰!?)
いつも偵察に来る者ではない。
まるでエフィニアを射抜くような、強い視線だった。
エフィニアはとっさに周囲を見回し、そして……視線の主と目が合った。
「子どもの……ドラゴン?」
屋敷の傍らの木の枝に、エフィニアが両手で抱えられそうなほど小さなドラゴンが、ちょこんと鎮座していたのだ。
まさかの視線の主に、エフィニアは驚いてまじまじと見つめてしまう。
(ドラゴンは恐ろしい生き物だって聞いていたけど……かっ、かわいい……!)
真っ黒な体躯に、つぶらな金色の瞳。きょとんと小首を傾げる様は、まるで小動物の子どものように愛らしい。
エフィニアはこう見えて愛らしい生き物には弱い。
今も一目見て、小さな竜の子どもに心奪われてしまった。
「どこかから迷い込んだのかしら……? おいでー、怖くないよー」
おそるおそるそう声を掛け手を伸ばすと、幼竜は少し迷ったようだが、やがておずおずとエフィニアの方へと近づいてきた。
ゆっくりと、本当にゆっくりと二人の距離が近づいて……ついに幼竜はパタパタと翼を震わせ、枝の上から飛び立つ。
おそるおそる降りてくる幼竜を、エフィニアはしっかりと腕の中へと抱き留めた。
「かわいい、あったかい……」
ドラゴンの子どもを抱っこするのは初めてだが、その独特の愛らしさにエフィニアはすっかり夢中になってしまった。
「うちにおやつがあるの。一緒に食べる?」
「……きゅう」
「ふふ、じゃあ行きましょう!」
くるくると喉を鳴らす幼竜を抱いたまま、エフィニアは上機嫌で屋敷の中へと舞い戻った。
「わぁ、ドラゴンの子どもですか~。迷子ですかねぇ」
「皇宮ではドラゴンを育てているの?」
「えぇ、竜騎士団っていう大陸最強と名高い騎士団があって、選りすぐりの竜を卵から育てているそうですよ」
「じゃあ、そこから迷い込んだのかしら……」
自力で帰ることができないなら、送り届けてやる必要があるかもしれない。
そんなことを考えながら、エフィニアはイオネラと共に竜のためにおやつを用意していく。
「ほら、リンゴのタルトよ! 私が作ったの。食べられるかしら?」
「きゅーう」
幼竜は皿に乗せられたリンゴのタルトを見て、不思議そうに首を傾げた。
食べ方がわからないのだろうか、とエフィニアはタルトを切り分け、幼竜の口へと運んでやる。
「はい、あーん」
「……くるるぅ」
幼竜はしばしの間戸惑うようなそぶりをみせたが、やがて意を決したようにぱくりと食いついた。
もしゃもしゃと小さな口を動かす愛らしい様子に、エフィニアはすっかりメロメロになっていた。
「ふふっ、リスみたいで可愛い! ドラゴンの子どもってこんなに可愛かったのね! 知らなかったわ……」
「ドラゴンは気難しい生き物で、自分が認めた相手以外には滅多に懐かないと聞いていましたが……さすがはエフィニア様! すぐに手懐けてしまうなんて!!」
イオネラの賛辞を背に受けながら、エフィニアは上機嫌で幼竜に手ずからリンゴのタルトを食べさせてやった。
「いい子いい子。たくさん食べて大きくなってね」
よしよしと頭を撫でると、幼竜は驚いたように金色の目をぱちくりと瞬かせた。
怒るかしら……とエフィニアは慌てかけたが、すぐに幼竜が気持ちよさそうにすり寄って来たのでほっとした。
それにしても、随分と人懐っこい竜だ。
小動物のような愛くるしさに、エフィニアの口元はついついにやけてしまう。
「食べ終わったら外を散歩しましょう? 今朝綺麗な花が咲いたのよ」
「…………きゅーう」
こくり、と小さく頷いた幼竜の頭を、エフィニアは嬉しくなって何度も撫でるのだった。
おやつを食べて、庭を散歩して、精霊たちと一緒に遊んで……気づけば、空が茜色に染まりかけていた。
すると、幼竜は驚いたように飛び上がり、エフィニアに向かって何かを訴えるようにしきりに鳴き出した。
「きゅう! きゅーう!!」
「えっ、どうしたの? もしかして……もう帰る時間?」
「くるるぅ!!」
エフィニアの周りをグルグルと何度か旋回したかと思うと、幼竜は高く空へと舞い上がりどこかへ飛んで行ってしまった。
エフィニアは名残惜しく思いながら、その背を見送る。
「……行っちゃった」
共に過ごしたのはほんの少しの時間だったが、まるで胸にぽっかり穴が空いたかのような寂しさが押し寄せる。
そんなエフィニアを気遣うように、イオネラがそっと声を掛けてきた。
「きっと、また来てくれますよ。あの子、頭がよさそうだし、とってもエフィニア様に懐いてましたから」
「……そうね。また会えたら嬉しいわ」
幼竜が去っていった空を眺めながら、エフィニアは後ろ髪引かれる思いでその場を後にした。