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115 竜皇陛下、あらぬ誤解を受ける

 翌日、早朝の静謐な空気を切り裂いたのは、荒々しい皇帝の大声だった。


「誰か! 侍医を呼べ!!」


 そう叫びながら寝室から飛び出してきた皇帝グレンディルの姿に、居合わせた衛兵は仰天した。

 見たところ、皇帝本人には(大声でうろたえていること以外には)異常は見られない。

 問題は、皇帝の腕の中に抱えられた存在だ。

 薄桃色の髪をした幼い少女が、白い布にくるまれている。

 ちらりとのぞく顔は真っ赤で、苦しそうな呼吸を繰り返している。

 皇帝の寝室付近に配属された衛兵には、さすがにそれが誰なのかがわかった。


 皇帝グレンディルの運命の番――妖精族のエフィニア王女だ。


 朝一番に寝室から出てきた二人、あられもない格好をしたエフィニア王女……。

 これが甘い空気でも纏って居ようものなら「ゆうべはお楽しみでしたね」などと心の中で声をかけるところなのだが、状況が状況だ。

 種族差や体格差、その他もろもろの問題を考えずにグレンディルが無体を強いたようにしか見えなかったのである。


「なんてことしたんですか陛下! 犯罪ですよ!!」

「誤解だ! いいから侍医を呼べ!!」

「ひぃ!」


 逆ギレなのか何なのか、グレンディルに威圧され衛兵は慌てて駆け出した。

 これ以上その場に留まっていたら、文字通り雷が落ちることは明白だったからだ。






「一時的に体に強い負荷がかかったことが原因での発熱ですね。数日休養すればよくなるでしょう」

「そうか、よかった……」

「いやよくないです陛下。いくら寵姫で『運命の番』といえども、もっとエフィニア王女の御身を大事になさるべきです。このようなことが繰り返されれば最悪国際問題に……」

「だから誤解だと言っているだろう」


 医師の診断に、グレンディルは安心した。

 だが同時にいわれなき非難に頭を抱えることになった。


「一時的に体に強い負荷がかかったことによる発熱」――原因は明白だ。

 エフィニアが妖精族に伝わる秘術を使ったことだろう。

 一時的にとはいえ体を成長させるとんでもない術だ。

 慣れていなければ、体に強い負担がかかることは想像に難くない。

 幸せな気分で目を覚ましたグレンディルが目にしたのは、元の姿に戻っている上に腕の中で高熱にうなされるエフィニアの姿だった。

 あの瞬間は本当に心臓が止まるかと思った。

 結果的に大事はないようなので安堵したが、「妖精族に伝わる秘術」の部分を隠したせいで衛兵や侍医には現在進行形であらぬ誤解を受けている。

 だが、それも些細な問題だ。


 そっと眠るエフィニアの手を握ると、昨晩グレンディルが贈った指輪の感触を確かに感じることができる・

 ……体が元に戻ったのと同時に指も細くなったので、指から抜けやすい不安定な状態になってしまったが。


「サイズを変更するか、新しく作り直すか……?」


 そう呟いた時だった。


「ん…………」


 愛らしい声が聞こえたかと思うと、エフィニアがそっと目を開いた。


「エフィニア!」


 医務室の寝台の傍らに腰かけていたグレンディルは、慌ててエフィニアに声をかける。


「へい、か……」


 エフィニアは緩慢な動きで起き上がろうとしたが、グレンディルはそれを制止した。


「まだ熱が下がり切っていない。数日は安静にしろと医師も言っていた」

「熱……」


 グレンディルの言葉で、エフィニアはある程度状況を把握したのだろう。

 彼女は己の体の大きさを確認するようにもぞもぞと動き、大きなため息をついた。


「……戻ってしまったんですね、私」

「相当体に負担がかかる術なんだろう。むしろこの程度で済んでよかった」

「でも……」


 エフィニアは口元まで毛布で隠しながら、もごもごと呟いた。


「こんな風じゃ、一日あの体を維持できるようになるまでどのくらいかかるか……」


 そのいじらしい反応に、グレンディルの中の本能がまた暴れ出しそうになってしまう。

 だがここで暴走すれば、それこそ今までの努力が水の泡だ。

 グレンディルは気を落ち着かせるように息を吸い、そっとエフィニアの小さな手を握った。


「急ぐ必要はない。ゆっくりでいいんだ」


 竜族と妖精族。生まれた場所も、習慣も、常識も何もかも違う二人なのだ。

 ゆっくりと、足並みをそろえて行けばいい。


「俺たちには、その時間があるのだから」


 そう言うと、エフィニアは安心したように微笑んだ。

 その表情に、グレンディルの心臓は高鳴る。


「エフィニア……」


 引き寄せられるように顔を近づけると、エフィニアは驚いたように目を見開いた後……頬を赤らめぎゅっと目を閉じた。

 ……今が、そのタイミングなのだとわかった。

 グレンディルは慎重に顔を寄せ、二人の唇が触れ合う寸前――。


「えふぃー! おみまいにきたよー!!」

「わークロちゃん! 大声出しちゃ駄目……ってひゃあ!」

「ありゃ、お邪魔だったか」


 クロ、イオネラ、クラヴィスの三人が慌ただしく医務室になだれ込んできたのだった。


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