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114 妖精王女、覚悟を決める

「…………続き、しないんですか」


 その言葉で、表情で、グレンディルははっきりと悟る。

 自分たちは間違いなく「運命の番」なのだと。

 本能的に相手を求めているのは、自分だけではないのだと。

 そっとエフィニアの前髪をかき上げ、少し汗ばんだ額に口づけを落とす。


「……いいのか」

「最初からそのつもりがなかったら、こんな時間にこんな格好で陛下の寝室を訪れたりしません……」


 恥ずかしそうに頬を染め、エフィニアはぽそぽそとそう呟く。

 その姿はあまりにいじらしく、グレンディルの理性が大きく揺さぶられた。

 これ以上うだうだと悩むのは、逆にエフィニアの矜持を傷つけかねない。

 だが、最後に一つだけ、グレンディルには確認しなければならないことがあった。


「君の、その秘術だが」


 華奢な肩に手を触れると、エフィニアはぴくりと身を震わせた。

 できるだけ乱暴にならないように気を引き締めながら、グレンディルはエフィニアを抱き寄せ問いかける。


「持続時間はどのくらいだ?」


 グレンディルの問いを受け、エフィニアはぱちくりと目を瞬かせた。


「持続時間……? 一時間から二時間程度なら保つはずですが」

「………………そうか」


 グレンディルは大きくため息をついた。

 ……念のため聞いておいてよかった。

 でなければ、大事故が起こるところだった。

 急に動きを止めたグレンディルに、エフィニアが不思議そうに声をかける。


「……グレン様?」

「エフィニア……」


 少し心苦しいが、まっすぐにエフィニアの目を見つめグレンディルは告げた。


「君が知っているかどうかかはわからないが……エフィニア。一般的に、竜族の交尾時間は他種族よりも長いとされている」

「…………え?」

「つまりは……終わらないんだ。一時間や二時間程度じゃ」


 エフィニアが知らなくとも無理はない。

 他種族交流が盛んになってきている時代ではあるが、そのあたりの事情を大っぴらに話す者は少ないのだ。


「特に、『運命の番』相手だとより長時間になる傾向があり、記録に残っているだけでも丸一日寝所から出てこなかった皇帝もいるらしい。エフィニア、君の決意は嬉しいが……今夜ことに及ぶとなると、途中で君の体が元に戻って大事故が起きる可能性がある」


 意を決して、グレンディルははっきりと懸念を告げた。

 林檎のように真っ赤な顔をしていたエフィニアだが、グレンディルの話が終わるころにはその顔色は蒼白になっていた。

 さすがの彼女も、今からしようとしていることがどのくらい危険なことなのか察したのだろう。

 だが、エフィニアは諦めが悪かった。


「で、ですが……時間内に収まるようにちゃちゃっと済ませていただければよいのでは!?」

「君は時々とんでもないことを言うな……」


 まぁ、そんなところに惹かれたのは確かなのだが。

 そっとエフィニアの両肩に手を置き、言い聞かせるようにグレンディルは告げる。


「そんな軽々しい、中途半端な気持ちで君を抱きたくない」


 そう言った途端、薄闇でもわかるほどにエフィニアは顔を真っ赤に染めた。

 どうやらグレンディルの言葉はちゃんと彼女の心に響いたようだ。


「……その秘術は、持続時間が伸ばせるものなのか?」

「秘術を極めた者なら、数日間ずっとこの姿で生活できるそうです」

「ならば急ぐことはない。ゆっくりと持続時間を伸ばせるようになっていけばいい。……もちろん、君の意思に任せるが……」

「でも……」


 それでもなお、エフィニアはもごもごと口ごもっている。

 じっと耳を傾けると、エフィニアはぽつりと告げた。


「陛下の、気が変わるんじゃないかと思って……」


 耳に届いたその言葉に、グレンディルはやっと、彼女が何故こんなに焦っているのかを理解した。

 きっと、彼女は不安なのだ。

 今はグレンディルがその気になっていても、時間が経てば気持ちも変わるのではないかと恐れているのだろう。

 グレンディルはこれでも、エフィニアに対して「君のことが大切だ」と伝えてきたつもりだった。

 だが、それでは足りなかったのだろう。

 エフィニアが悪いわけでも、グレンディルが悪いわけでもない。

 人の心というものは、そういうものなのだから。

 もちろん、これからも言葉を尽くすつもりではある。

 だが、それだけではなく――。


「エフィニア、少し待っていてくれ」

「え…………?」


 寝台を降り、グレンディルは小さなテーブルに置かれた小箱を手に取る。

 常に身に着けている鍵で小箱を開けると、中に収められている物を取り出す。

 それは、華やかな装飾が施された指輪だった。

 そして、じっとその様子を見守っていたエフィニアの下へと戻った。


「それは……?」

「すぐにわかる」


 そっとエフィニアの左手を取ると、グレンディルは細い薬指に指輪を通していく。

 薄闇の中でも指輪はきらきらと輝きを放ち、エフィニアは驚いたように目を見開いた。


「これは、国宝の一つである指輪だ。……歴代の皇帝が、皇后へと贈るものでもある」

「っ……!」


 指輪の輝きに目を奪われていたエフィニアが、驚いたようにグレンディルへ視線を向ける。


「まさか、それって……」

「君に迷惑をかけることもあるとは思う。しんどい思いをするかもしれない。だが、それでも……」


 しっかりとエフィニアの手を握り、グレンディルは告げた。


「これからもずっと、俺の一番傍にいてほしいんだ、エフィニア」


 エフィニアは驚いたように目を見開いたかと思うと、みるみるその瞳に涙が溜まっていく。

 次の瞬間、彼女は勢いよくグレンディルに抱き着いてきた。

 それは、普段は理知的な彼女の、珍しく乱暴な「YES」の返事だった。

 グレンディルも強くエフィニアを抱きしめ返す。


 ……その夜は、ずっと二人で身を寄せ合っていた。

 ただそれだけで、グレンディルにとっては何よりも満たされた時間だった。


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