112 妖精王女、勝負に出る
寝室にいきなりやって来た、成長したエフィニア。
グレンディルはその匂い立つ花のような美しい姿から目が離せなかった。
さらりと流れる艶やかな桃色の髪は、夜のほのかな光を浴びていつも以上にきらめいている。
薄手のネグリジェからすらりと伸びる手足は、普段の幼い姿とのギャップもあいまってまるで見てはいけないものを見ているような気分になってしまう。
鎖骨までしっかりと露わになった胸元は……普段とあまり変わらず隆起の少ない平原のごとき様相を呈していたが、それでもグレンディルの思考を沸騰させるには十分だった。
「エフィニア……」
「はい、陛下」
ゆっくりと、エフィニアはグレンディルの傍へと近づいてくる、
ついに触れ合いそうなほどの至近距離にやって来た彼女からは、ふわりと甘い花の香りがした。
……これはまずい、非常にまずい。
もともと竜族という生き物は、あまり理性が強くない。
気に入らない相手がいれば殴り合いになるのが普通で、欲しいものは何としてでも手に入れろと幼いころから言われているのだ。
グレンディルは皇帝として、他種族と付き合っていくのならそんな風ではよくないと、努めて理性的に振舞うように気を付けていた。
だが、今の状況は決定的によくない。
エフィニアはわかっているのだろうか。
竜族にとって、「運命の番」という存在がどれほど己の判断を、理性を、何もかもを狂わせるものだということを。
(いや、落ち着け……)
何故エフィニアがいきなり成長したのだとか、いつ帰ってきたのだとか聞きたいことはたくさんある。
だがまずは、彼女が一人でここへ来た理由を確かめなければ。
「……エフィニア、わかっているとは思うが今はもう夜更けだ。何か話があるのなら明日にでも――」
「いやですわ、陛下」
グレンディルの言葉を途中で遮り、エフィニアはくすりと笑う。
「……女性が夜更けに男性の部屋を尋ねる理由なんて……おわかりでしょう?」
ほんのりと頬を染め、少しだけ恥ずかしそうに視線を外し……エフィニアはそんなことを口走ったのだ。
「!!?!?」
その言葉で、グレンディルの思考回路は一瞬でショートしてしまった。
これは都合の良い夢か、幻覚か。そうに決まっている。
そうでなければ、エフィニアがこんなグレンディルに都合がよすぎることを言うはずがないのだ……。
だがそんなグレンディルの葛藤を嘲笑うように、エフィニアはますます身を寄せてくる。
「……どうですか、陛下?」
「ど、どうとは……」
「今の私の姿、お気に召しまして?」
そう言って、エフィニアはグレンディルを見上げ、はにかむように笑う。
布越しに彼女の体温を感じ、理性の糸がチリチリと焼き切れていく音が聞こえてくるようだ。
「……その姿は、いったいどうしたんだ」
努めて平静を装ったが、口から出てきた声は動揺や興奮がにじみ出たかのように震えていた。
グレンディルの疑問を受け、エフィニアは少し照れたように俯いた。
「えっと、これはですね……妖精族に伝わる秘術です」
「秘術?」
「えぇ。陛下もご存じの通り、私たち妖精族は体格が小さく、それは大人になっても変わりません」
「そうだな……」
妖精族は大人になっても老人になっても、他の種族に比べると小柄なのは変わらない。
だからこそ、今のエフィニアの姿が不可解ではあるのだ。
エフィニアは逡巡するように何度か口を開けたり閉じたりした後……意を決したように告げた。
「だからですね……妖精族が他種族と、その……交尾をする際に」
「!?」
エフィニアの口からとんでもない単語が飛び出してきて、グレンディルは仰天してしまった。
だがそんなグレンディルの動揺をよそに、エフィニアは恥ずかしそうに一気にまくしたてる。
「支障が出てしまうんです! それを解消するために生み出されたのがこの秘術です! 一時的に体を成長させ、円滑に交尾を遂行するために!!」
そこまでぶちまけると、エフィニアは勢いよくグレンディルに抱き着いてきた。
普段の彼女であればなんてことなく支えることができるが、今の彼女は大きく成長している上に、グレンディルも動揺しきっていてとっさに受け止めきることができなかった。
二人して、もつれるように倒れこんでしまう。
……ちょうど背後にあった、皇帝専用の大きな寝台に。