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110 竜皇陛下、再び運命の番に逃げられる

 さて、帝都へと帰ってきた皇帝グレンディルは周囲が気持ち悪がるほどに上機嫌だった。

 それもそのはずだ。

 例の「隠し子疑惑」が浮上して以来、ずっと「運命の番」であるエフィニアとはぎくしゃくした関係が続いていた。

 だが厄介な異母兄ベリウスをボコボコにしたことでその疑惑も晴れ、エフィニアも戻って来たのだ。

 まさにこの世の春とばかりに、不在の間溜まっていた仕事の処理も進んでいく。


「む、そろそろ休憩の時間だな。皆も根を詰めすぎず、適度に休んでくれ」


 時計の針が休憩時間をさすやいなや、グレンディルはそんならしくないことを口にし、一目散に執務室を出て行ってしまった。

 残された官吏たちは、ぽかんと口をあけながら苦笑いを浮かべるクラヴィスに問いかける。


「クラヴィス様……いったいアレはなんなんです?」

「陛下はルセルヴィアのベリウス様と一線を交えたと聞きましたが、その際に人格を乗っ取られたのでは?」


 好き勝手に推測する官吏たちに、クラヴィスは笑った。


「まぁそんな難しく考えんなよ。恋愛ごとに現を抜かす男なんてだいたいあんな感じだろ。あのお堅い皇帝陛下も例外じゃなかったってだけで」


 要は「運命の番」であるエフィニアが戻ってきて、いつになく心の距離も近づいて、浮かれポンチになっているだけなのだ。


「たぶん今ならどんな書類も上機嫌で判子押すぞ。通したい政策があったら今のうちに提出しとけ」

「はいっ!」


 この機会を逃したら、次にいつこんなボーナスチャンスがやってくるかわからない。

 そう悟った官吏たちは、休憩も取らずに各々仕事を進めるのだった。





 上機嫌な皇帝陛下が向かったのは、もちろん後宮の一角――「運命の番」であるエフィニアの邸宅だ。

 扉をノックすると、奥からパタパタとせわしない足音が聞こえてくる。


「はーい! あっ! パ……じゃなかった! へーか!」


 顔をのぞかせたのは、グレンディルによく似た幼子――クロだ。

 その後を、慌てたようにナンナが追いかけてくる。

 帝都にやって来たこの二人は、現在エフィニアの邸宅に身を寄せている。

 グレンディルとしてはエフィニアの侍女がイオネラ一人なのは少ないと思っていたので、ナンナがここで働いてくれるのは喜ばしいことだ。

 クロについても正真正銘グレンディルの甥だとわかった今、目の届くところにいてくれるのは有難い。

 エフィニアとの逢瀬を邪魔さえしなければ、二人がここで暮らすことに何の問題もなかった。


「こら、きちんと陛下に挨拶なさい」

「えー?」


 ナンナに諫められ不服そうなクロにも、今なら寛大な気持ちで接することができる。


「何か困ったことはないか、クロ?」


 名前を与えられず、暫定的に「クロ」と呼ばれていたこの子は、ナンナが「エフィニア王女がつけてくださった尊い名です」と受け入れたことにより、正式に「クロ」となった。

 かつて同じ名で呼ばれ、彼女の甘やかしを享受していたグレンディルとしては複雑に思わないこともないのだが……今は正体を偽らずともこうしてエフィニアの下を訪れることができるのだ。

 こうして余裕をもってクロに現状を尋ねることもできる。


「んとねー、毎日お客さんがいっぱいでえふぃーがたいへんそう!」

「そうか……」


 後宮内の権力争いはいまだに継続中だ。

 その発端が自分にあることも、グレンディルは直視し始めていた。

 ……終わらせるためには、どうすればいいのかも。


「エフィニアを呼んできてくれるか?」


 そうクロに頼むと、彼はにぱっと笑って大きく頷いた。


「うん!」


 クロがぱたぱたと邸宅の奥へと走っていき、ほどなくしてエフィニアを連れてくる。

 何故か彼女は、まるで旅支度のような大荷物を抱えていた。

 グレンディルは嫌な予感を覚えたが、まさか帰って来たばかりのエフィニアが再びどこかへ旅立つことなどないだろうと、軽く問いかける。


「……その荷物は?」

「あぁ、しばらく里帰りしますので、その準備です」

「…………は?」


 呆然とするグレンディルに、エフィニアはにっこり笑って告げる。


「私が不在の間、クロとナンナのことをよろしくお願いしますね、陛下!」


 それだけ言うと、エフィニアはささっと荷物を持って邸宅を出て行ってしまった。


「エフィニア、出発するよー」

「今行きます、お兄様!」


 外からは王都に滞在しているエフィニアの兄の声も聞こえる。


「ちょっ、待っ……!」


 正気に戻ったグレンディルは慌てたように外へ飛び出したが――。


「嘘だろ……」


 既に二人の姿はそこになかった。

 妖精族はどうにも不可思議な術を使うことが多いが、まさかこんなにも忽然と消えてしまうとは。


「へーか、だいじょうぶ?」


 呆然と立ち尽くすグレンディルに、追いかけてきたクロがそう声をかけてくる。

 だがグレンディルは、返事をする気力も残っていなかった。


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