11 妖精王女、侍女をゲットする
「御機嫌よう、女官長。少しお話をよろしいかしら」
イオネラを伴い、エフィニアは女官の詰所を訪れた。
対応した女官長は、苦虫を噛みつぶしたような表情でエフィニアを出迎える。
エフィニアはニコニコと愛らしい笑みを絶やさないようにして、何でもないことのよう口を開く。
「本日はお願いがあって参りましたの。……わたくしの、侍女のことよ」
そう告げると、女官長があからさまに動揺したのがわかった。
どうやらエフィニアが自分に侍女が付けられていないことに気づき、しかもこのように突撃してくるなど想定外だったようだ。
そんな彼女の反応に胸がすくような思いを感じながら、エフィニアはにっこり笑って切り出した。
「女官長、あなたの采配を疑うつもりは無いのだけれど……わたくしの侍女の選定に、少し時間がかかりすぎているでしょう? 後宮の外へ相談しようかとも思ったのだけど、これ以上忙しいあなたの手を煩わせるのも忍びないわ。だから……わたくしの方で、良い方を見繕わせていただいたの。この方をわたくしの侍女にしていただけないかしら」
・お前が後宮のルールに反してわざと侍女をつけなかったのはわかっている
・私の決定を受け入れないのならお前の所業を後宮の外へばらす
そう含みを持たせて、エフィニアは花が咲くように微笑んだ。
途端に、女官長はヒッと息を飲む。
「レオノール様の所にお仕えしていたイオネラという方よ。レオノール様はよくしてくださったそうだけど、周りの侍女の方と反りが合わなかったみたいで……是非、わたくしの侍女になっていただきたいの」
イオネラは頼りになるとは言い難いが、少なくとも女官長や他の側室の手先でないのは確かだ。
下手にスパイに潜り込まれる余地を残すよりも、イオネラを侍女とし地道に情報を集めた方がいいだろう。
挑戦的に微笑むエフィニアに、威勢を取り戻した女官長はコホンと咳払いをして告げる。
「しかしながらエフィニア様。その者は大変な粗忽者で、とても高貴な姫君にお仕えするに足りるものではないとレオノール様より伺っております。わたくしがもっと優秀な者を――」
「その必要はないわ」
バシッと女官長の言葉を遮ると、彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような表情になった。
そんな彼女にくすりと笑い、エフィニアは余裕たっぷりに告げる。
「イオネラはまだ若いのよ。たまには失敗することだってあるでしょう。少し私の屋敷でお話をしたのだけれど、とても感じがよく気の利く方だったわ。今すぐにでもわたくしの侍女として一緒に来て欲しいの」
こちらは譲るつもりは無い、と目線で訴えかけると、女官長のこめかみがぴくぴくと動いた。
双方が黙ったまま数秒が経ち、先に折れたのは……女官長の方だ。
「……承知いたしました。本日よりイオネラを、エフィニア様付きの侍女として配属いたします」
「まぁ、嬉しいわ! さすがは仕事の早い女官長ね!!」
嫌味たっぷりにそう言うと、エフィニアはイオネラを引き連れてその場を後にした。
何はともあれ、侍女をつけることが出来たのだ。
エフィニアの快適な後宮ライフも、更なる向上が望めることだろう。
「まぁ、そういうわけだから今日からよろし……えっ!?」
与えられた屋敷まで戻ってきたところで、急に今まで黙っていたイオネラが急に地面にひれ伏した。
驚くエフィニアに、彼女は涙交じりの声を絞り出す。
「本当に、何から何まで……感謝いたします、エフィニア様! うぅ、エフィニア様がいなかったら今頃どうなっていたことか……エフィニア様は私の命の恩人です! 慈悲の心溢れる女神さまです!!」
そんな大げさな……と思いつつも、エフィニアはしゃがみ込んでイオネラに手を差し出す。
「感謝は言葉よりも態度で示してちょうだい。……期待しているわ、イオネラ」
「はいっ!」
イオネラはウサギ獣人らしいしなやかな動きで立ち上がると、エフィニアのためにてきぱきと屋敷の扉を開けてくれた。
どうやら彼女は、エフィニアの打算的な行動を純粋な善意からだと思い込んでいるようだ。
(まぁ……わざわざ否定することもないわよね)
言わぬが花、という言葉もある。
わざわざ純真な少女の心を打ち砕くこともないだろうと、エフィニアは黙って心優しい姫君の振りをすることにした。
それに、あんな風にキラキラ輝く尊敬のまなざしで見つめられるのは……中々に気分がいいのだ。