108 妖精王女、運命の番と再会する
「竜族相手の戦い方……見直すべき点はあれどもうまくいってよかったわ」
かつてミセリアが逆上したとき、エフィニアは何もできずにグレンディルに頼りっぱなしだった。
その反省を生かし、考え付いたのが今回の作戦だ。
エリザードが怒ると周りが見えなくなるタイプで、例えばベリウスなどが相手だったら看過されていた危険もあるが、とりあえずはうまくいったと考えてよいだろう。
「陛下の方はどうなったのかしら……」
エリザードの相手をするのに必死で、外の様子にまで気を払う余裕がなかった。
エフィニアは慌てて、外が見える窓際へと駆け寄る。
そこから見えたのは……。
「陛下!」
宮殿の中庭ではなんと、人型に戻ったグレンディルが同じく人型に戻ったベリウスの背中を踏みつけていた。
何があったのかはわからないが、グレンディルの圧勝と見て間違いないだろう。
エフィニアの存在に気が付いたのか、グレンディルがぱっとこちらを見る。
次の瞬間、再び彼は竜へと姿を変えエフィニアの目の前へと飛翔して来たではないか。
「きゃっ!?」
その気迫と威圧感に思わず尻もちをついてしまったエフィニアの目の前で、グレンディルは再び人型へと戻った。
「大丈夫か」
「は、はい……」
グレンディルが手を差し出してくれたので、エフィニアはその手を取った。
彼の手を取り立ち上がる……だけではすまず、ぐい、と勢いよく手を引かれた。
「わぷっ」
勢いあまって、エフィニアの小さな体はグレンディルに衝突した。
「ご、ごめんなさい陛下! ……陛下?」
慌てて離れようとしたが、逆にぐい、と引き寄せられエフィニアは困惑した。
「陛下……?」
おずおずと問いかけると、頭上のグレンディルが大きく息を吐いた。
「…………無事でよかった」
その声は少し震えているようにも聞こえ、エフィニアははっとした。
グレンディルからすれば、エフィニアは突然後宮からいなくなり、生きているのかすらもわからない状態が続いていたのだ。
……心配をかけてしまったのだろう。
「……ごめんなさい、ごめんなさいグレン様」
エフィニアは絞り出すような声で謝罪し、ぎゅっと目の前のグレンディルにしがみつく。
いつになく、自分の体が小さいのが恨めしかった。
もっとエフィニアが大きければ、こんな……大木に張り付くセミのような不格好ではなく、グレンディルを包み込むように抱きしめることだってできただろうに。
だが、グレンディルはエフィニアを強く、それでいて潰さないように優しく抱きしめてくれた。
そのぬくもりに、エフィニアは涙が出そうなほど安堵してしまった。
(やっぱり、ベリウス様とは全然違う……)
ベリウスに触れられた時は不快感しかなかったのに、相手がグレンディルだと全く違った。
これは、彼がエフィニアの「運命の番」だからなのだろうか。
それとも、グレンディルだからなのだろうか。
(もう、どっちでもいいわ)
今はとにかく、こうして無事に再会できたことが嬉しい。
「エフィニア……」
グレンディルがエフィニアの名を呼ぶ。
ただそれだけで、胸の内が満たされるような心地がした。
そっと顔を上げると、じっとこちらを見つめるグレンディルと目が合う。
彼はそっと腕を伸ばし、エフィニアの体を抱き上げた。
先ほどよりも至近距離で、二人の視線が絡まりあう。
どきどきと鼓動が高鳴る。
体温が上昇し、頭がぽぉっとなってしまう。
まるでそうするのが当然だとでも言うように、グレンディルが顔を寄せてくる。
エフィニアも自然と、目を閉じていた。
吐息が感じられるほどに、二人の距離がゼロに近づいたその時――。
「えふぃー! クロがきたよー!!」
「きゃあああ!!」
突如聞こえてきた声に、エフィニアはとっさにグレンディルを突き飛ばしてしまった。
もちろんグレンディルは頑丈なので、エフィニアがべしょっと無様に床に落ちただけなのだが。
「えふぃ!? だいじょぶ!?」
「だ、大丈夫よ……」
床に転がるエフィニアの下に、心配そうな顔をしたクロが駆けてくる。
その背後には、イオネラとナンナの姿もあった。
「エフィニア様ぁ! よくぞご無事でぇぇぇ!!」
「もう、大げさよイオネラ。だから大丈夫だって言ったじゃない」
わんわんと泣き始めるイオネラを宥めながら、エフィニアはそっとナンナの様子を伺う。
彼女は複雑そうな顔で、地面に転がり寝息を立てるエリザードを見つめていた。
「……ただ眠っているだけだから大丈夫よ」
そう声をかけると、ナンナはあからさまにほっとしたような顔をした。
「……ご迷惑をおかけいたしました、エフィニア王女殿下」
エフィニアの下へやって来たナンナが、深々と頭を下げる。
「謝る必要はないわ。ただ……真実を話してもらえるかしら」
グレンディルが乗り込んで来た時に、彼女がクロの本当の母親であることはわかった。
だが、どうしてそうなったかなどの経緯を、彼女の口から聞きたかったのだ。