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107 妖精姫、恋敵と対決する

「目障りなチビ女! プチっと踏みつぶしてやるわ!」


 エリザードがそう吠えたかと思うと、彼女の姿が変化する。

 グレンディルやミセリアと同じく、彼女も姿を変えることができるのだ。

 景色が揺らいだ後、そこに現れたのは……牙を剥き出しにした白い竜だった。


(まぁ恐ろしい。ぼさぼさしてたら踏みつぶされるか噛み砕かれそうね)


 実際に、彼女はそれだけの力を持っているし、エフィニアを害することを躊躇しないだろう。


(一瞬たりとも、気が抜けないわ)


 だが、イオネラに言った通りエフィニアにだって策はあるのだ。

 内心の緊張を悟られないように微笑みながら、エフィニアはエリザードを挑発した。


「あらあら、随分と立派なお姿ですね。それでもグレンディル陛下には相手にされなかったようですが」

「黙れ!」


 エリザードが前足を振り上げ、鋭い爪先がエフィニアを引き裂かんと襲い掛かる。


「おっと」


 エフィニアは慌ててその攻撃をよけた。

 体が小さい分、小回りが利くので相手の行動に気を付けていればなんてことはない。


「おいで、《アルラウネ!》」


 隙を見て呼びかけると、どこからともなく背中に花を咲かせたハリネズミが集まってくる。

 植物を司る精霊――アウラウネ。

 普段はエフィニアに邸宅で畑仕事を頑張ってくれる彼らだが、今日は別の仕事をお願いするために呼び出したのだ。

 素早く精霊語で指示を与えると、アルラウネたちは四方八方へ散っていく。

 その様子を見て、エリザードは鼻で笑った。


「ふん、家来にも裏切られたみたいね。哀れで惨めなチビ女!」


 アルラウネが逃げ出したと思ったのだろう。

 不快な高笑いを上げながら、エリザードはこちらへ突進してきた。


「わっ!」


 エフィニアは再度、横へ飛びのいた。

 勢い余ったエリザードは壁に激突し、轟音を立てて壁が崩れ落ちる。


「ちょこまか逃げてんじゃないわよ! 小賢しい!」

(……あまり時間をかけすぎると宮殿ごと崩れそうね)


 今のエリザードは理性を失っている。

 ただただ、エフィニアを潰すことしか考えていない。

 だからといって、おとなしく潰されてやるつもりは毛頭ないのだが。


「消し炭にしてやる!」


 そう叫んだエリザードが、大きく口を開く。

 これは、ドラゴンがブレスを吐く前兆だ。


(来たっ……!)


 ドラゴンのブレスは広範囲を焼き尽くすとんでもない威力を持っている。

 いくらエフィニアが小柄だと言っても、狙われてしまえば完全に避けきるのは難しいほどに。

 だからこそ、エフィニアはちゃんとブレス対策も考えていた。


「来て、《ウンディーネ!》」


 エフィニアが呼びかけると、中空から小さなペンギンのような姿をした精霊が現れる。

 水を司る精霊――ウンディーネだ。


「あたりを水浸しにしちゃって!」

『ピキュウ!』


 エフィニアの指示に応え、ウンディーネは周囲に水をまき散らす。

 その様子を見て、エリザードはおかしくてたまらないとでもいうように笑った。


「あは、あはは! まさかそれで私のブレスを防ぐつもり? 片腹痛いわ!」


 再び、エリザードがぐわりと口を大きく開く。

 いよいよ、ブレスでエフィニアを焼き尽くすつもりなのだろう。

 だがエフィニアとて、こんな少量の水でエリザードの業火のブレスを鎮火できるとは思っていない。

 狙いは、別のところにある。


(今ね! 水の衣!)


 エリザードがブレスを吐きだす直前、エフィニアはウンディーネの力を借りて姿を消した。


「なっ、どこへ行った!?」


 案の定、動揺したエリザードはブレスを吐くのをやめあちこちを見回している。

 クロを連れて後宮を抜け出す時にも使った、一時的に姿を消す術。

 これを成功させるには、その空間に一定量の水分が存在することが条件となる。

 ちょうど後宮を抜け出した日は、明け方に雨が降り条件を満たしていた。

 だが、このベリウスの宮殿でいきなり姿を消そうとしてもうまくいかなかっただろう。

 だから、エリザードに反撃する振りをしてあたりに水をまき散らしたのだ。


(エリザード様はまだからくりに気づいてはいない……。あそこで構わずブレスを吐かれたら危なかったわ……)


 もう少し、あと少し。

 アルラウネの準備が整うまで、時間を稼ぐ必要がある。

 エリザードを冷静にさせないように、エフィニアはエリザードの後方にそっと移動すると、姿を現さないままに声をかけた。


「あら、きょろきょろなさってどうしたんですか?」

「っ!? どこにいるの!」

「こっちでーす!」

「このっ……!」


 エリザードはやみくもに前足を振り上げたが、当然エフィニアにはかすりもしない。


「ざーんねん。今はこっちです」

「姿を現しなさい! 卑怯者!」

(散々小細工を仕掛けてきたあなたに「卑怯者」なんて言われる筋合いはないわ)

 少しむっとしながら、エフィニアは挑発を続ける。

「あはは、あんよが上手、あんよが上手」

「キィーッ!」


 もはやエリザードは半狂乱になって、やみくもに手足を振り回したり突進を繰り返している。

 エフィニアは万が一にも踏みつぶされないように気を付けながら、周囲に目を凝らす。

 エリザードは気づいていないが、アルラウネたちは着々と準備を進めてくれている。

 もう少し、あと少し……。


(来たっ!)


 一匹のアルラウネが、準備は整ったとばかりにぴょんぴょん跳ねて合図する。

 エフィニアは覚悟を決めて、エリザードの前へと姿を現す。


「あーら、稚拙な小細工にも限界が来たようね。今度こそ潰してやるわ!」


 エリザードは嬉しそうに笑うと、一目散にエフィニアの下へと突進してくる。


「今よ!」


 簡単には止まれないほどの勢いがついた瞬間、エフィニアは片手を上げて合図をした。

 その途端、ホールの至る所からエリザードめがけて蔓が伸びてくる。


「なっ!?」


 足を取られたエリザードが大きく態勢を崩す。

 その間も、蔓はまるで蜘蛛の巣のようにエリザードに絡みつき、自由を奪っていく。


(よし、うまくいったわ!)


 呼び出したアルラウネにあちこちに種をまいてもらい、更には緊急で発芽するように取り計らってもらったのだ。

 アルラウネの準備が整うまでの時間稼ぎ、エリザードに作戦を気づかせないような誘導が必要だったが、なんとかうまくいったようだ。


「このっ、離せ!」


 何本もの蔦でぐるぐる巻きにされたエリザードが必死に暴れているが、もはや何の脅威でもない。


「あらあら、よくお似合いですよ。エリザード様!」

「このっ……調子に乗るなチビ女!」


 その時、エフィニアにも予想外のことが起こった。

 なんとエリザードは竜の姿から人の姿へと戻り、蔓から抜け出してエフィニアに殴りかかろうとしたのだ。

 だが――。


「ぎゃん!」


 とっさにアルラウネの一匹が蔓をピン、と張ってくれたおかげで、エリザードは見事に引っ掛かりビターンと転んだ。

 その隙に、他のアルラウネが慌てたようにもう一度エリザードの体をミノムシのようにぐるぐる巻きにする。


「ついでに眠っておいてもらおうかしら。このままだとうるさいし」


 アウラウネに頼むと、すぐさま睡眠作用のある香りを放出してくれる。

 ぎゃんぎゃん騒いでいたエリザードも、数十秒後にはすぴすぴと穏やかな寝息を立て始める。

「これでもう安心」とでもいうようにピースサインを送るアルラウネに、エフィニアはくすりと笑う。


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