104 妖精王女、運命の番の異母兄に求愛される
朝食を食べ終えて早々、エフィニアはベリウスに呼び出された。
宮殿の最上階に位置する、煌びやかなホールだ。
片側の壁や壮麗なステンドグラスになっており、日の光を受け床に美しい模様を投影している。
「エリザードが無礼を働いたと伺いました。心よりお詫び申し上げます」
すまさそうな表情を浮かべるベリウスに、エフィニアは「しらじらしい……」と冷めた気分になる。
ベリウスのことだ。エフィニアを厚遇すればエリザードが怒るとわかっていたはずなのに。
「……いきなりやって来た私が身に余る待遇を受ければ、エリザード様が気分を害して当然です」
「いいえ、姫。彼女の行いは許されるものではありません。それに……」
ベリウスは心配そうな顔を作り、ぽつりと呟く。
「きっと彼女は、グレンディルの『運命の番』であらせれられるエフィニア姫に嫉妬しているのでしょう」
「…………」
いったい何を嫉妬することがあるのだろうか。
いくら「運命の番」だといっても、エフィニアはグレンディルに必要とされているわけではない。
エリザードは酒の勢いとはいえグレンディルに愛された実績があり、彼の子を産んでいる。
(養育方法についてはとても賛同できたものではないけど……)
彼女がエフィニアに嫉妬するのなんて、お門違いにもほどがある。
「心配なさる必要はありません、姫」
俯くエフィニアをどう思ったのか、ベリウスが優しく声をかけてくる。
顔を上げると、真摯な目でこちらを見つめているベリウスと視線が合う。
「あなたは私が守ります」
……こんな状況でなければ、ときめいていたかもしれない。
ベリウスのような美丈夫にそう言われて、どきりとしない女性はいないだろう。
(……守るって、今一番の脅威のあなたが何を言うのよ)
よっぽどそう言ってやろうかとも思ったが、ここでベリウスの神経を逆なでするわけにもいかない。
エフィニアは恥じらったふりをして、手で口を抑えた。
「……冗談はおやめくださいませ、ベリウス様」
「冗談ではありませんよ」
ベリウスが立ち上がり、こちらへと近づいてくる。
エフィニアはびくりと肩を震わせたが、ベリウスにはどうやらそれが照れているように映ったようだ。
「あなたは本当に愛らしい」
目の前に膝をついたベリウスが、さらりとエフィニアの髪を撫でる。
(きっつ……)
嫌悪が顔に出そうになるのを堪え、エフィニアは恥じらう振りを続ける。
だが内心は穏やかではなかった。
ベリウスがこれ以上強引に迫ってきたらどうしようと、ほとんどパニック状態だったのである。
「あなたに会ってからずっと、あなたがグレンディルの『運命の番』でなければどれほどよかったか……と苦悩していました」
ベリウスはいけしゃあしゃあとそんなことをのたまっている。
その演技力は完璧で、エフィニアが彼の裏の顔を知らなければころっと騙されていただろう。
「ですが、この想いは消せません。あなたが誰の運命であろうが関係ない。それほどまでに……あなたを愛してしまったのです」
(まずいまずいまずい……!)
ベリウスの愛の告白(嘘)に、エフィニアは血の気が引いた。
ここで「心にもないことを言うな!」と頬を引っぱたいてやれればいいのだが、イオネラやクロ、ナンナまで人質に取られている以上過激な行動には出られない。
「……エフィニア姫、どうか私と一緒に運命に逆らってはいただけませんか?」
ベリウスの手がエフィニアの頬に触れたかと思うと、彼はゆっくりと顔を近づけてくる。
(ひいいぃぃぃぃ……!)
世の大半の女性がうっとりするようなシチュエーションだが、エフィニアにとっては恐怖でしかない。
だがここでキスを拒めば彼はエフィニアが自身に従順ではないと判断し、今以上に行動を束縛されるかもしれない。
そうなったら、イオネラたちを助けることもできなくなってしまう。
(くっ、私の唇一つですむのなら……!)
そう覚悟を決め、エフィニアが目を瞑ろうとした時だった。
どこからか竜の咆哮が聞こえ、ベリウスとエフィニアは同時に目を開ける。
「ったく、どこの誰が…………は?」
ステンドグラスの方へ視線を向けたベリウスが間抜けな声を上げる。
つられるようにそちらに視線をやり、エフィニアも絶句してしまった。
ステンドグラスの向こうから、黒く巨大な影がどんどんと近づいてくる。
そして間近まで迫ったかと思うと――。
「きゃあ!」
ものすごい轟音を立てて、謎の巨体がステンドグラスをぶち破り、ホールに突入してきたのだ。
エフィニアはとっさに目を瞑り、数秒経ってからおそるおそる目を開ける。
そして、その向こうの光景に驚愕した。
「ひー、死ぬかと思いました……」
床にへたりこんでいるのは、ベリウスに軟禁されているはずのイオネラで。
「うひゃあ、こわかった~」
「っ……!」
目を回しているクロを守るように抱きしめているのは、同じく軟禁されているはずのナンナだ。
それに何より……。
「……人の『運命の番』に手を出そうとは、下衆になり下がったな。ベリウス」
巨大な竜の姿から人の姿に戻り、こちらを睨みつける男。
その姿は間違いなく、マグナ帝国当代皇帝グレンディルその人だったのだ。