103 妖精王女、文句をつけられる
翌朝、エフィニアを起こしたのは優雅な鳥の声……ではなく、ドンドンドン! というやかましいノックの音だった。
「エリザード様、どうか気をお鎮めください……!」
「黙りなさい! ちょっと! いるんでしょ! 早く出てきなさい!!」
扉の向こうで叫んでいるのは、どうやらエリザードのようだ。
「…………はぁ」
嫌な予感しかしないが、いつまでも籠城しているわけにもいかない。
憂鬱な気分のまま最低限の身支度を整えて、エフィニアは扉の鍵を開けた。
その途端、扉を吹っ飛ばす勢いでエリザードが部屋の中へと踏み込んでくる。
「ちょっと、どういうことよ!」
……どう考えてもそれはこちらのセリフだ。
何が悲しくて、朝っぱらからこんなにやかましい襲撃を受けなくてはならないのか。
見上げた先のエリザードは、憤怒をあらわにしていた。
ほんの少し前まで彼女のことを「優しく穏やかで芯の強い女性」などと思っていたのが恥ずかしい。
ずかずかとこちらへ近づいてきたエリザードは、憤慨した様子で続ける。
「なんであんたがこの部屋を使ってるの!? ここは太守の妻の居室なのよ!? 私でさえ使用は許されていないのに、なんであんたみたいなちんちくりんが偉そうにしてるのよ!」
別に偉そうにはしていないのだが、エフィニアがこの空間にいるということ自体がエリザードの怒りに触れているようだ。
(でも、エリザード様にこの部屋の使用が許可されていないのが意外ね……)
エフィニアはてっきり、イオネラが示唆した通りエリザードはベリウスの愛人なのかと思っていたのだが。
いや、愛人であっても妻としての待遇は用意されていないのだろうか。
だとしたらいきなりやって来たエフィニアがこの部屋に通されたのをエリザードが不服に思うのも無理はない。
……その不満はこちらではなく、ベリウスにぶつけてほしいものだが。
「……私が要求したわけではありません。ベリウス様がこの部屋を使うようにと申し出てくださったのです」
エフィニアはとりあえず状況を説明してみたが、エリザードは目を吊り上げたままだ。
「ふざけないで! どうやってベリウス様に取り入ったのよ! あんたみたいなチビ女が――」
「エリザード様、エフィニア王女のおっしゃる通りです。ベリウス様自ら、エフィニア姫をこの部屋へお通しになりました」
追いかけてきたベリウスの配下が、エリザードを諫めるようにそう口にする。
「なんですって……!?」
エリザードがわなわなと拳を震わせ、ものすごい形相でエフィニアを睨みつける。
そのまま殴られるかとエフィニアは身構えたが――。
「せいぜいいい気になっているがいいわ!」
そんな捨て台詞を吐いて、エリザードはずんずんと部屋から出て行った。
残されたエフィニアは、大きなため息を漏らしてしまう。
「はぁ…………」
「申し訳ございません、エフィニア王女殿下。二度とこのようなことがないように気を付けさせていただきます。それと、朝食についてですが――」
ベリウスの配下の話に適当に頷きながら、エフィニアは目覚めたばかりだというのにどっと疲れを感じていた。
(別に私自身がベリウス様に気に入られているわけじゃないのに……見当違いな八つ当たりは勘弁してほしいわ)
こちらはそれどころではないというのに。
こんな部屋くらい、「どうぞどうぞ」と喜んでエリザードに明け渡すのに。
(ベリウス様もベリウス様よ。いきなりやって来た私にこんな待遇を与えれば、エリザード様が怒ることが予測できなかったのかしら)
いや、彼のことだからエリザードがこうしてエフィニアに当たるのを予見したうえで、この状況を楽しんでいるのかもしれない。
(ほんと悪趣味……)
本当にグレンディルの兄弟なのかと疑うほどに、性格は真逆だ。
確かにグレンディルには至らない部分も多いが、こんな風にわざと軋轢を生んでそれを楽しむような真似はしないだろう。
(陛下、今頃どうされているのかしら……)
今でも、エフィニアのことを探そうとしてくれているのだろうか。
いくら「運命の番」といっても、エフィニアと離れてグレンディルがおかしくなったりすることはない。
「いないならいないで別に困らないな」と早々に捜索を打ち切っている可能性もある。
(陛下……)
グレンディルのことを考えるだけで、胸がしめつけられるようだった。
グレンディルはエフィニアがいなくても平気なのかもしれない。
だがエフィニアの方は……どうやら平気ではいられないようだった。