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102 妖精姫、運命の番の異母兄に迫られる

「そもそもマグナ帝国は古い慣習に固執しすぎていると私は思うのです。武力で皇帝を決めて……果たしてそれが帝国の発展に繋がるのでしょうか」


 優雅にワイングラスを揺らしながら、ベリウスはそう語り始めた。

 エフィニアは感銘を受けている振りをしながら、そっと頷く。


「それはわたくしも疑問に思っておりました。力で敵対する者をねじふせるようなやり方では、いつか大きな崩壊が訪れるのではないかと……」


 そんなことを口にしながら、エフィニアはぎゅっと指先を握り締めた。

 別にエフィニアは、現状の帝国の統治方針に不満を持っているわけではない。

 以前のグレンディルのように明らかな問題に背を向けるのは論外だが、マグナ帝国は今の方針で長いことやってきているのだ。

 皇帝さえきちんとしていれば、すぐさま滅亡に向かうこともないだろう。


(でも、今はベリウス様に同調した振りをしなきゃ……)


 彼の警戒を解き、イオネラやクロと共に逃げ出す隙を探らなくては。

 そのためには、とにかくベリウスをおだてるしかない。


「さすがはエフィニア王女! その慧眼には恐れ入ります」


 ベリウスはあからさまに値踏みするような視線をエフィニアに注いでいる。

 まるでエフィニアの内心を見透かそうとするようなその視線に震えそうになったが、エフィニアは微笑みを崩さないように必死になった。


「これからの時代に必要なのは武力ではなく知力なのです。国をまとめ、民を導くような指導者の器――それこそ何よりも賢さが必要だ」


 まるで現皇帝であるグレンディルには賢さが足りていないとでもいうような言葉に、エフィニアは内心むっとした。


(陛下がそこまで馬鹿だったら皇帝の地位が務まるわけないじゃない! 今マグナ帝国が平和なのは陛下が頑張っているからなのよ? それを、知ろうともしないで……)


 確かにグレンディルには足りない部分もたくさんある。

 だが、彼は暴君ではない。

 皇帝の傍には優秀な臣下が数多くいて、グレンディルは日々彼らの意見を聞き入れている。

 これからの帝国の発展に必要なのが武力なのか知力なのかはわからない。

 だがエフィニアには、グレンディルにそのどちらかが欠けているとは思えないのだ。


「『運命の番』であるエフィニア王女にこんなことを申し上げるのは気が引けるのですが……グレンディルは昔から乱暴で――」


 目の前のベリウスは上機嫌に、「いかにグレンディルが暴力しか取り柄のない男で、それに比べて自分は優れているか」を語っている。


「相手をねじ伏せてでも自分の意見を通そうとする粗暴な奴です。今までエフィニア王女がどれだけ苦労されていたかと思うと――」


 ベリウスはエフィニアに同情するようなことを言っているが、エフィニアはむっとしてしまった。


(なによ、その言い方。確かに陛下はいろいろとデリカシーが足りていない部分もあるけど、少なくとも理由もなく他人に暴力を振るったりはしないわ)


 確かにエフィニアも初めてグレンディルに会った時は、「なんて失礼で最低な人だろう」と怒り心頭になったものだ。

 だが……彼は一度たりともエフィニアを乱暴に扱ったことはない(配慮が足りないと感じたことは数知れないが)。

 だからこそ、ベリウスが的外れなことばかり言うのが許せなかった。

 そんな疲れが顔に出ていたのかもしれない。

 じっとエフィニアの顔を見ていたベリウスが、ふっと笑う。


「……今夜はこのあたりにしましょうか。うちの者がお騒がせして申し訳ございませんでした。……ですがエフィニア姫、こうしてあなたと語り合うことができたのは何よりの僥倖です」


 立ち上がったベリウスが、エフィニアの方へと近づいてくる。

 至近距離で上から見下ろされ、エフィニアはその威圧感に息をのむ。

 普段はあまり意識していないが竜族という生き物は体格が大きく、圧倒的な強さを持っている。

 こうして対峙すると、どうしても狩る者と狩られる者という立場を意識せずにはいられないのだ。

 そんなエフィニアの怯えを感じ取ったのか、ベリウスは片膝をつくようにして屈みこみ、視線を合わせた。


「……あなたとグレンディルが運命なら、私とあなたがこうして出会えたのは運命のいたずらなのでしょうか」


 彼はそっとエフィニアの手を取ると、恭しく手の甲に唇を落とした。

 その瞬間、全身にぞわりと鳥肌が立つ。

 不快感に唇を噛みしめ俯くエフィニアをどう思ったのか、くすりと笑ったベリウスが耳元で囁く。


「お部屋までお送りいたします、姫。あなたのために最上級の部屋を用意いたしました」


 自然にエフィニアの手を取るその姿は、グレンディルよりもよほど「理想の王子様」のようだった。

 なのに、エフィニアの心は動かない。

 むしろストレスで胃がシクシク痛み出すほどだった。


「……イオネラはどうしていますか?」

「あなたの侍女ならご心配なく。こちらで丁重に保護しております」


 ……つまりは、人質にしているというわけだ。

 ここで「会わせてくれ」と言い出せば、ベリウスからまた逃げ出そうとしてるのかと疑われてしまう。

 エフィニアは喉まで出かかった言葉を飲み込んで、口を閉じる。


「あの小さな坊やも無事です。それと……裏切者のナンナもね。あなたにとんでもないことを吹き込んだのは許せませんが、もともと彼女は働き者でよく尽くしてくれました。なんとか穏便にことを収めたいものです」


 牽制のような言葉に、更にエフィニアの心は沈み込んだ。

 身を挺してエフィニアたちを逃がそうとしてくれたナンナの命を危険に晒したくはない。

 彼女の安全が確保されるまで、エフィニアはベリウスに従う振りを続けなければいけないのだ。

 二人がやって来たのは、昨日まで宿泊していた部屋とは別の棟の上階にある、一目見て特別な場所だとわかる部屋だった。


「代々太守の妻の居室として使われていた部屋になります」


 ベリウスの言葉に、エフィニアは慌てて首を横に振る。


「……ベリウス様、そんな場所に私が足を踏み入れるわけには」

「いいえ、姫。あなただからこそふさわしい」

 ベリウスは有無を言わさぬ態度でそう口にする。

 そうなると、エフィニアはもう何も言えなかった。


「……身に余る光栄、感謝いたします」


 今までとは違うベリウスのこの態度、正直嫌な予感しかしない。

 このまま部屋の中までついてこられたらどうしようかとエフィニアは冷や汗をかいたが、さすがにベリウスはそのあたりの引き際はわきまえていた。


「それではおやすみなさい、姫。良い夢を」


 軽く屈んで、ベリウスはエフィニアの頭頂部に唇を落とす。

 そしてそのまま、背を向け去っていった。

 エフィニアはふらふらと案内された部屋に入り――。


「気持ち悪っ!」


 思わずそう毒づいてしまった。

 慌ててウンディーネを呼び出し、ベリウスに触れられた部分を念入りに洗った。


(なによあれ! グレン様にさえもあんな風にされたことないのに!)


 あの気障な振る舞いがベリウスに似合っていると言えば似合っているのだが……異母弟の「運命の番」にここまでベタベタするのは正気を疑う。


(彼は、私を好きなわけじゃない。ただ私を手に入れて陛下よりも優位に立ちたいだけなのよ)


 気に入らない異母弟の「運命の番」を奪ってやった――。

 ただそうしたいだけで、エフィニアのことなど見ていないのだ。

 常であれば「ふざけるな」と一蹴すればいいのだが、イオネラやクロ、ナンナが彼の手の内にあるうちは強く出ることができない。


(……最低ね、私。イオネラやクロまで巻き込んでしまうなんて)


 クロからルセルヴィアの名が出た時に、もっとよく調べておけばこんな事態は回避できたのかもしれない。

 少しでもグレンディルに相談していれば、ベリウスがどんな人物なのか先に分かっただろうに。

 ……すべては、意地になって勝手に出てきてしまったエフィニアの責任だ。


(だから、皆のことだけは絶対に守らなきゃ)


 どれだけ意に沿わないことでも、グレンディルに従うしか道はない。

 そう自分に言い聞かせ、エフィニアは唇を噛みしめた。

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