101 妖精王女、賭けに出る
「取り繕わなくても結構です。それよりも、私……ベリウス様のお話をもっと聞いてみたいと思いましたの。あなたが内に秘めている、野心のお話を」
にっこり笑ってそう告げると、ベリウスは驚いたように目を丸くした。
「エフィニア王女……?」
「みすみす私に逃げられるようでは身を預ける価値もないかと思いましたが、あなたは私を捕まえてくださいました。……あなたが私のお仕えすべき王に値するかどうか、教えてくださいな」
いかにも「逃走を図ったのはあなたを試しただけです」と聞こえるように、エフィニアは余裕の笑みを浮かべる。
……内心では、大量の冷や汗をかきながら。
(ベリウス様が一寸の狂いもなく自らの計画を進めていくタイプなら、私の話に耳を貸すはずがない。でも、そうでないのなら……!)
どうかうまくいってくれと、エフィニアは必死に祈った。
このままではベリウスがグレンディルに反旗を翻す際に、エフィニアが人質とされてしまう可能性がある。
グレンディルが潔くエフィニアを切り捨ててくれるのならそれでいい。
だが――。
(私が、グレン様の足を引っ張るような真似は絶対嫌……!)
「私がお仕えするのは、あくまでマグナ帝国の皇帝です。今まではグレンディル陛下が一番その座にふさわしいと思っておりましたが、あなたの方がふさわしいというのなら……お力添えするのも、やぶさかではありませんわ」
なんとかして、ベリウスに味方だと思わせなければ。
震えそうになるのを必死に堪え、エフィニアは笑う。
しばしの間ぽかんとしていたベリウスが、表情を隠すように俯く。
さすがに見破られたか……と、エフィニアは内心慌てたが――。
「く……くくっ……これは面白い!」
顔を上げたベリウスは、愉快でたまらないとでもいうような表情を浮かべていたのだ。
これにはエフィニアも、エリザードですらも驚いた様子だった。
「ベ、ベリウス様……?」
声をかけるエリザードには目もくれず、ベリウスはひたすらにエフィニアを見つめている。
「あなたは思った以上に聡明な方のようですね、エフィニア王女。よろしい、いったい誰が真に皇帝の座にふさわしいのか、じっくりお話いたしましょう」
思った以上に、ベリウスは機嫌よくそう言った。
……どうやら、エフィニアの演技は功を奏したようだ。
(おだてれば調子に乗るタイプみたいね。なら……)
「まぁ、嬉しいです! ですが……」
いったん喜んでから、エフィニアはちらりと意味ありげな視線をエリザードへと注いだ。
「……できれば、ベリウス様と二人お話ししたいです」
「なっ……」
言外に「出てけ」と言われたエリザードは、憤慨したようにまくしたてる。
「ベリウス様! 怪しいとは思いませんか? このチビ女はナンナと共に逃亡を企てたばかりなのですよ!? 何か裏が――」
「エリザード」
黙り込んだエリザードに、ベリウスはまるで追い払うように軽く手を振った。
「外に出ていろ」
「っ……!」
エリザードは信じられないと言った表情を浮かべたのちに、ものすごい形相でエフィニアを睨みつけた。
(うわ……)
内心たじろいでしまったが、表には出さずにエフィニアは微笑んでみせる。
「エリザード、二度も言わせるな」
「っ……失礼しました」
ベリウスに促されたエリザードは、渋々と言った様子で部屋を出ていく。
どうやら力関係では、ベリウスの方が上にいるようだ。
「邪魔者もいなくなったことですし、ゆっくりお話ししましょう、エフィニア王女」
グレンディルは優雅に足を組むと、野心を秘めた瞳をぎらつかせ、口角を上げた。
「私の方がグレンディルよりも皇帝の座にふさわしいということを、やっと証明する機会がやってきたようです」
……この男は危険だ。
エフィニアの本能がそう訴えかけてきている。
だが、今は耐えてチャンスを待たなければ。
イオネラ、クロ……それにナンナ。
誰も傷つけさせはしない。
できることなら、グレンディルへの反逆だって阻止したい。
(そのためにも、うまく立ち回らないと……!)
震えそうになるのを我慢し、エフィニアは笑みを浮かべる。
ここからが、本当の戦いの始まりだ。
◇◇◇
「クラヴィス様! 城門の前に『エフィニア王女を見つけた』と主張する者が多数集まっております!」
「あー、とりあえず全員追い返しとけ」
走りこんできた兵士に、クラヴィスは面倒くさそうに手を振る。
運命の番に逃げられたグレンディルは、なんとしてでも彼女を取り戻そうと大々的に包囲網を敷いてしまった。
その結果、エフィニアが逃げ出したという事実が広く知られてしまい、「なんとなくそれっぽい人物を皇宮に連れて行けば報酬がもらえるのでは?」と勘違いした者が集まってくる始末。
「エフィニア王女は国を揺るがすほどの絶世の美女らしい」という謎の噂まで独り歩きし、野次馬までやって来て皇宮前はさながらお祭り騒ぎだった。
「しかし……確認しなくてもよろしいのですか? 万が一にでも本物のエフィニア王女を見つけた者がいたら――」
「いや、それはないな」
クラヴィスは呆れたように笑い、開け放された窓を指さす。
「皇帝陛下は本物の運命の番を探しに行っちまったんだよ。勘でわかるんだとさ」
――竜族にとっての「運命の番」とは、魂が求める存在であるらしい。
既にエフィニアが王都にいないことを察知したグレンディルは、己の立場も顧みず彼女を探しに飛び立っていった。
竜族の習性と言っても、「運命の番」にはいまだに不確かなことが多い。
生涯を通して番に出会わない者も多く、竜族の中でも迷信のように考えている者も大勢いる。
果たして運命の番とは何なのか。
ただ単に、特定の相手が近くにいると身体的、精神的に影響を及ぼすものなのか。
それとも……伝承にあるように、どれだけ離れていても魂が惹かれあう「運命」なのか。
「なるほど……私には番がいないのでわかりかねますが、見つかるのでしょうか……」
心配そうに呟く兵士に、クラヴィスはにやりと笑った。
「まぁ、本当に『運命』なら見つかるんじゃねぇの」