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100 妖精王女、捕まる

「ご案内いたします」

「ありがとう、ナンナ」


 着替えだけ済ませて、エフィニアはイオネラとクロと共にナンナの後に続く。

 ナンナは兵士の巡回ルートなども熟知しているようで、巧みに見つからないように誘導してくれた。

 たとえベリウスの企みに気づいて逃げ出そうとしても、きっとエフィニアだけではうまくいかなかっただろう。


「……この先の扉から裏庭に出られます。まっすぐに進めば小さな門があるので、そこから宮殿の外へと出てください。朝一番の馬車でルセルヴィアを出れば、追手が来る前に逃げられるはずです」


 まるで、こっそりと王都を出てきた時のようだ。

 あの時もうまくいったのだから、きっと今だってうまくいくはず。

 エフィニアはそう信じて疑わなかった。

 だが、扉を開け裏庭に出た途端――。


「あら、こんな夜更けにお散歩ですか?」


 突如声を掛けられ、エフィニアはひっと息をのむ。

 見れば、裏庭の木の陰からエリザードがするりと姿を現したところだった。


「エリザード様……」


 エフィニアは何とか誤魔化そうと口を開きかけたが、こちらを見つめるエリザードと目があった時点で無駄だとわかってしまった。

 こちらを見つめるエリザードの表情は、いつもの儚げなものとは一線を画していた。

 今の彼女は、まるで獲物を追い詰める捕食者のような表情を浮かべていたのだ。

 妖艶な笑みを浮かべたエリザードが、一歩一歩こちらへと近づいてくる。

 どう動くべきか迷ってしまったエフィニアに先んじて、真っ先に行動を起こしたのはナンナだった。


「お逃げください、エフィニア様!」


 彼女は果敢にもエリザードを制止しようと飛び出したのだ。

 エリザードは一瞬動揺したようだったが、すぐに応戦の態勢に入る。


「ナンナ! この裏切者が!!」


 たおやかな淑女のエリザードとおとなしく忠実なナンナ。

 そんな、数時間前までのエフィニアのイメージをひっくり返すような、激しい乱闘だった。


「っ……行くわよクロ!」


 ここでナンナの努力を無駄にはできない。

 どんな手を使ってでも、ここから逃げなくては……!

 エフィニアはクロの手を掴むと、そのまま駆け出したが――。


「待ちなさい! この女がどうなってもいいの!?」


 背後から追って来たエリザードの声に、思わず足を止めてしまう。

 振り返れば、エリザードがナンナに馬乗りになるような体勢で、髪を振り乱して笑っていた。

 その手には鋭利なナイフが握られており、組み伏せられたナンナの首筋に刃が押し当てられている。


「ねぇ、おちびちゃん。あんたが逃げればあんたを可愛がってくれたナンナは死ぬわよ? それでもいいの?」


 聞こえてきた残酷な言葉に、エフィニアは怒りで頭が沸騰しそうだった。


(こんな小さな子どもに、なんてことを……!)


 ……エフィニア一人だったら、ナンナを置いて逃げる選択肢もあった。

 だが――。


「ナンナ!」


 クロにとってナンナは、使用人とはいえ幼いころから可愛がってくれた存在だ。

 見捨てて逃げることなど、できるはずがない。

 エフィニアとて、クロにそんな業を背負わせることはできなかった。


「……わかったわ。おとなしく戻るからナンナを傷つけないで」


 エフィニアが押し殺した声でそう告げると、エリザードは高笑いを上げる。


「あはは、最初っからおとなしく従ってればいいのよ! バカな王女!」


 騒ぎを聞きつけたのか、宮殿内からも人が集まってくる。

 その中には、ベリウスの姿もあった。


「おやおや、これはこれは……」


 こんな状況にも関わらず、ベリウスは落ち着き払っていた。

 ……エリザードがここにいた時点でわかっていたが、彼はエフィニアたちが逃げ出そうとするのも想定内だったのだろう。


「うちの者がどうも失礼いたしました。さぁ、中へお戻りください、エフィニア王女」


 そう口にするベリウスは、薄気味悪いほど朗らかな笑みを浮かべている。

 変な行動を取れば、今度こそナンナが傷つけられる可能性もある。

 エフィニアにできたのは、怪しさしかないベリウスの言葉に黙って従うことだけだった。


 ◇◇◇


 再び、応接室でベリウスと向き合いながら。

 エフィニアはきゅっと唇を引き締めた。


「……さて」


 緊張するエフィニアに対し、向かいの席に腰を下ろすベリウスの態度は落ち着き払っている。

 更にその傍らには、エリザードが控えていた。

 こちらはエフィニア一人だけ。

 イオネラとクロ……それにナンナも別の場所へ連れて行かれてしまった。


「この度はうちの者が失礼をいたしましたこと、心よりお詫び申し上げます」

「……それは、どちらのことを仰っているのでしょうか」


 静かにそう問い返すと、ベリウスは薄ら笑いを浮かべた。


「どちらの、とは?」

「ナンナとエリザード様、どちらの態度が私にとって失礼だったとお思いですか」

 エフィニアの言葉を聞いた途端、ベリウスの傍らのエリザードが不快そうに声を上げる。

「はぁ!?」

「エリザード、抑えろ」


 エリザードの豹変にも、ベリウスは驚く様子を見せない。

 やはり彼は、エリザードの本性を知ったうえで彼女と手を組んでいるのだろう。


「それはもちろん、ナンナの方です。彼女が何を考えているのかは知りませんが、あなたにとんでもない嘘を吹き込んで――」

「ベリウス様、もういいです」


 彼の言葉を、エフィニアは途中で遮った。

 じっと見つめると、ベリウスはまるで試すような目をこちらへ注いでいる。

 ……なんとなく、彼の性格がわかってきたような気がする。

 ナンナの言うように、彼はグレンディルへの反逆を目論んでいるのだろう。

 だが、そうだとしても……彼は緻密に作戦を立てるというよりは、不確定な要素を残しつつもそれを楽しむタイプに見える。

 言ってしまえば、策略家よりもギャンブラーなのかもしれない。

 エフィニアの読みが当たっているのなら、つけ入る隙はあるはずだ。


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