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99 妖精王女、逃走を決意する

(ん…………)


 ふと、エフィニアは目を覚ます。

 きっちりと睡眠をとった後の爽やかな目覚めではない。

 浅い眠りを、なんらかの刺激によって覚醒させられたのだ。

 ぼんやりとしていると、ぎしり、と床を踏みしめる音がした。


(え、イオネラ?)


 エフィニアはぱちりと目を開く。

 予想とは違い、向かいのベッドにはすやすやと眠るイオネラの姿が暗闇の中でも確認できた。

 ということは、今の床の音はイオネラではない。


(誰……!?)


 エフィニアは身を固くして、状況を伺う。

 すると、耳に届いたのは……意外な声だった。


「……えふぃ、えふぃ起きて」

「クロ!?」


 聞こえてきた声に、エフィニアはがばりと起き上がる。

 果たしてベッドの傍らにいたのは、エフィニアがここまで一緒に来た小さな少年――クロだったのだ。


「どうしたの? 眠れないの?エリザード様やナンナは――」

「エフィニア王女殿下」


 その時、更に別人の声が耳に届きエフィニアはどきりとしてしまった。

 慌てて声の方向へ視線を迎えると、部屋の片隅にまるで闇夜に溶けるように誰かが立っている。

 声の主が近づいてきて、やっとその輪郭が露わになる。

 そこにいたのは、ベリウスの部下でありクロの面倒を見ている女性――ナンナだった。


「え、なに? どういうこと……?」


 混乱するエフィニアに、ナンナは声を潜めて告げる。


「……どうかご無礼をお許しください、エフィニア王女殿下。ですが、これからお話しすることは王女の御身に……ひいてはこの国の将来に関わる大事なことです」

「えっ?」

「ベリウス様はエフィニア王女とこの子を利用し、グレンディル陛下への反逆を企んでおります。エリザード様と二人でエフィニア王女を味方に引き入れようとしておりましたが、うまくいかなかったので明日からは更に強固な手に出るでしょう。……その前に、お逃げください」

「そんな……」


 ナンナの話す深刻な内容に、寝起きでぼんやりとしていた頭が一気に覚醒する。

 そんな馬鹿な……と、一蹴することはできなかった。

 ベリウスやエリザードは最初から好意的で、突然やって来たエフィニアたちを快く受け入れてくれた。

 ……思えば、あちこちに違和感はあったのだ。

 きっとその違和感は、ベリウスがただ厚意でエフィニアを迎えてくれたのではなく、何かを企んでいたことに起因するのだろう。


「いおねら、起きて」

「ん~、もう食べれません~」

「起きて!」

「うひゃあ! え、クロちゃん!?」


 隣のベッドでは、強引に起こされたイオネラが素っ頓狂な声を上げている。


「しーっ!」と静かにするように合図を送ると、イオネラははっと自らの口を手で覆った。

「夜が明ける前にここを去った方がよろしいでしょう。ご案内いたします」


 そう言って一礼するナンナに、エフィニアは静かに問いかける。


「どうして、あなたは私たちに協力しようとするの。あなたもベリウス様の部下なのでしょう?」


 ナンナが嘘をついていたり、エフィニアたちを騙そうとしているとは思わない。

 むしろ、彼女の話でやっと胸の中のもやもやがすっきりとしたのだ。


 だからこそ、不可解だった。


 ベリウスが謀反を企んでいるのなら、何故彼の部下であるナンナは従おうとしないのだろう。

 初対面であるエフィニアたちを、危険を冒してまで助けようとするなんて……。

 エフィニアの問いを受け、ナンナはイオネラの傍らのクロに視線を移す。

 そのまま、彼女はぽつりと呟いた。


「……厚かましいとは存じますが、お願いしたいことがあるのです」

「お願いしたいこと……?」

「はい、ここを去る際は……どうか、この子を連れて行ってはいただけないでしょうか?」

「え……?」


 思わぬ言葉に、エフィニアは驚きに目を見開いた。


「でもクロはエリザード様の子どもで、二人はやっと再会できたのに……」

「ここにいる限り、この子はベリウス様に駒として利用されます。本人の意思にかかわらず、グレンディル陛下の治世を揺るがす道具として扱われるのです。……それは、この子にとって幸せなことだとは思えません」


 何かを耐えるようなナンナの声が、エフィニアの胸を打つ。

 何故ナンナがベリウスを裏切ってまでエフィニアを助けようとしたのか、やっとわかった。


(ナンナは、クロのことを一番心配しているんだ……)


 エフィニアを助けようとしたというよりも、クロにとってどうすればいいのかを考えた結果の行動なのだろう。

 クロはグレンディルの隠し子だ。

 ベリウスの目的がエリザードの恋の成就ではなく反逆にあるのだとしたら、クロを手札の一つとして利用しないわけがない。


「皇族としての待遇は望みません。ひっそりと穏やかに暮らしてくれさえすればそれでいいのです。どうか……お願いいたします」


 ナンナは深く頭を下げた。

 その表情や声色、仕草からは、心からクロの身を案じているのが伝わってくる。


(エリザード様はどちらかというとクロよりも自分自身やグレンディル陛下のことばかりだったのに……)


 立場の違いなどはあるのかもしれないが、実の母親であるエリザードよりもナンナの方がクロに寄り添っているように感じられてならなかった。


「……クロがまっすぐ育ってくれたのは、きっとあなたが傍にいたからなのね」


 そう呟くと、ナンナは驚いたような顔をした。

 そんなナンナに、エフィニアはしっかりと頷いてみせる。


 ……まだ、わからないことや整理しきれていないことはたくさんある。

 反逆を企むベリウスとグレンディルの妃になりたいエリザードでは目的が微妙に異なっているような気がするが、ナンナの話だと二人は協力関係にあるようだ。


(でも、じっくり考えている暇はないわ)


 ベリウスの企みに利用されてやる気はない。

 ナンナの厚意を無駄にしないためにも、早くここから出なければ。


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