10 妖精王女、女官長の仕打ちに憤る
「少しは落ち着いたかしら?」
「も、申し訳ございません、エフィニア様のお手を煩わせるなんて……」
エフィニアはウサギ耳獣人侍女を屋敷に連れて帰り、リラックス作用のあるお茶を飲ませた。
すると彼女は、やっと今の状況に気づいたのかぺこぺこと平伏し始める。
「別に構わないわ。それよりも、どうしてあんなことになっていたのか教えてもらえる?」
「は、はいっ!」
頭上のウサギ耳がぴょこん、と跳ねたかと思うと、少女は慌てたように口を開いた。
「あの、私……獣人族のイオネラと申します。この後宮の側室の一人、レオノール様の侍女として働いておりました。……解雇、されましたけど」
解雇された事実を思い出したのか、イオネラの表情が暗くなる。
そんな彼女に、エフィニアは声を掛けた。
「解雇に関する正式な書類は受け取ったの? 事前通告は?」
「私、いつも失敗ばかりで……次に何か失敗したら解雇するとレオノール様がおっしゃって、女官長ももう私が働ける場所はないと、笑っていて……うぅ、それで何とか頑張ったんですけど、失敗してしまって、それで……」
イオネラはつらつらと自らの身の上を話してくれた。
彼女の生まれは獣人族の国――グラスランドだが、弟や妹がたくさんいる彼女はこの後宮に出稼ぎに来ているようだ。
ウサギの獣人は獣人族の中でも下に見られることが多く、侍女として働き始めた後も同僚から嫌がらせをされたり、主であるレオノールからも解雇をちらつかされ酷使されていたのだとか。
「……なるほど」
なんとなく、状況は分かった。
彼女への解雇通知が法にのっとった手続きを踏んでなされているのか、一度確認した方がいいだろう。
何か手続きに不備があれば、女官長の弱みを握れるかもしれない。
そんなことを考えながら、またメソメソしてしまったイオネラに茶を注ごうとすると、彼女は慌てたようにエフィニアの行動を制止した。
「いけません、エフィニア様! お妃様であらせられるエフィニア様が自ら給仕をするなんて!」
「別に気にしないわ。いつも自分でやってるもの」
「……え? ではエフィニア様の侍女の方は?」
「…………いないけど」
「え!?」
イオネラが驚いたように目を見開き、エフィニアは首をかしげる。
「何の準備をする間もなく後宮に入ることになったの。だからいないのよ」
「でも、どのお妃様の元にも最低一人は侍女がつくことになっているのに……」
「……なにそれ、初めて聞いたわ!」
イオネラがもたらした情報に、エフィニアは思わず机を殴りたい思いでいっぱいになった。
……もちろん、誇り高き王女として心の中で殴っておくに押しとどめたが。
(どうりでおかしいと思ったわ! 何も知らずに後宮に入った側室に、一人の侍女もつけないなんて!!)
無法地帯と思われたこの後宮にも、最低限の決まりごとはあるようだ。
だがその決まり事を、あの女官長は破った。
これはすぐにでも問いただしてやらねばならないだろう。
決まり事であれば、あの女官長であってもエフィニアに侍女をつけざるを得ないはずだ。
これで自給自足以外の食事……もしかしたら先ほど通りがかりにお茶会をしていた妃たちが食していたような、お菓子も食べられるようになるかもしれない。
(いえ、でも……あの女官長のことよ。私が侍女をよこせなんて言ったら、とんでもない性悪スパイを送り込んでくる可能性もあるわ)
屋敷の中を敵がうろうろし、エフィニアの行動を逐一報告される……それもまた避けたい状況だ。
さてどうするか……と頭を悩ませるエフィニアを、イオネラはオロオロしたような表情で見守っていた。
不意に、そんな彼女とエフィニアの視線が合う。
その瞬間、エフィニアの頭の中にある考えが浮かんだ。
「……ねぇあなた、確か側室のレオノール様の所をクビになったって言ったわね?」
「は、はい……」
「女官長には他に配属するところはないと言われたのよね?」
「その通りです……」
「じゃあ……他にあなたの受け入れ先があれば、この後宮で働き続けることができるのよね?」
おそるおそる頷いたイオネラに、エフィニアはにっこり笑って見せた。