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1 妖精王女、竜皇陛下の運命の番らしいです

「お嬢ちゃん迷子かな? ご両親や家の者はどこにいるかわかるかい?」


 ……これでもう、何度目だろうか。


 大国マグナ帝国の皇宮――謁見の間へと続く回廊にて、一人の少女が内心でため息をついた。

 目の前でにこにこと笑うのは、皇宮の官吏の制服を身に纏う人のよさそうな男性だ。

 声を掛けられた少女――エフィニアはうんざりしつつも、精一杯毅然とした態度を心がけ、丁寧に礼をしてみせる。


「ご心配いただき感謝いたします。ですが、わたくし……フィレンツィア王国第三王女、エフィニアは成人を迎え皇帝陛下に謁見を賜ったので、陛下の元へ向かっている最中ですの。大事はありませんわ」


 一息に自分の身分、名前、現在の目的……そして、「お嬢ちゃんなどと呼ばれる年でもないし迷子でもないので手助けは必要ない」ということを伝える。

 すると、目の前の官吏は明らかに「しまった!」という表情を浮かべた。


「フィレンツィアの王女殿下とは露知らず、大変な失礼をいたしました……!」


 いや、失礼なのはそこじゃない。


(成人して一人前の淑女である私を、「迷子のお嬢ちゃん」扱いしたことよ!)


 ……などと声を上げたいのを何とか堪え、案内の申し出を丁寧に固辞し、エフィニアは何事もなかったかのように歩みを進める。

 だが涼しい顔をしながらも、内心はげんなりしていた。


(私、そんなに子どもに見えるのかしら……)


 ちらりと視線を下に落とすと、鏡のように磨き抜かれた大理石の床にエフィニアの姿が映っている。

 成人を迎え着飾ったエフィニアだが……やはりこの場にいる他の者と比べると、幼く見えるということを否定はできなかった。


(まったく、竜族は自分たちの常識こそが世界の常識だと思ってるから困っちゃうわ)


 マグナ帝国は竜族の治める大帝国だ。

 絶大な武力を誇る竜皇が大陸の統一に乗り出し早数世紀。

 帝国は凄まじい勢いで周辺国家を征服、吸収、従属させ、現在では莫大な版図を誇っている。


 エフィニアの故郷であるフィレンツィア王国は、妖精族の暮らす小さな国だ。

 大陸の片隅に位置しており、今では帝国の従属国の一つである。

 元々争いを好まない妖精族は、竜族が攻めてくると知るやいなや盛大にビビり散らかし、秒で降伏し白旗を上げた。

 そのおかげか王族にも民にも一人の犠牲も出すことなく、比較的穏便に帝国の傘下に与いることが出来たのである。


(そのおかげで、私はこんなに苦労しているのだけど……)


 当時の竜皇も大した脅威にもならない辺境の小国など、さほど興味はなかったのだろう。

 フィレンツィア王国は強固な支配を受けることもなく、割と自由にやらせてもらっている。エフィニアたち王族も王族として存続することを許されている。

 だが従属国の義務として、王族の子女が成人した際には、こうして皇帝へ挨拶に来なければならないのだ。

 エフィニアもほんの数分皇帝と顔を合わせるためだけに、遠路はるばる旅をしてきたのである。


(どうせ皇帝も翌日には私の顔なんて忘れるに決まってるのに、面倒だわ……。それにしても、迷子、迷子って私はもう16歳なのよ!? 失礼しちゃうわ!!)


 妖精族は常若の種族とも呼ばれ、他種族に比べると成長や老化が極端に遅いのが特徴だ。

 16歳であるエフィニアも心持ちは立派な淑女なのであるが……残念ながら他の種族から見ると、10歳程度の幼い子どもにしか見えなかった。

 本人としては成人した王族として外交義務を果たしに来たのであるが、皇宮の者からすれば「はじめてのおつかい」としか見えず、ついつい声を掛けてしまうのである。


(まぁいいわ。さっさと謁見を終わらせて、帝都観光を満喫してやるんだから!!)


 内心でぷりぷりと怒りながら、エフィニアはやっとの思いで謁見の間へとたどり着く。

 取次の者にも「迷子かな?」と間違えられながらも、何とか皇帝陛下に相まみえる準備が整った。

 既に疲れ切っていたエフィニアは、謁見はさっさと終わらせて後に控える帝都観光に心を躍らせていた。

 田舎の小国で育ったエフィニアにとっては、煌びやかな帝都は皇帝などよりもよほど魅力的に映るのである。


「誇り高き妖精王の末裔、フィレンツィア王国第三王女、エフィニア姫の御越しです!!」


 仰々しい紹介と共に、竜の意匠が彫られた謁見の間の扉が開く。

 エフィニアはまっすぐ前を見据えながら、足を踏み出した。


 視線の先、武骨な玉座に座すのは……マグナ帝国の支配者――皇帝グレンディル。


(この御方が、皇帝陛下……)


 圧倒的な力を誇る竜族の頂点に君臨し、広大な帝国を治める若き皇帝……。

 エフィニアは知らず知らずのうちに畏怖を覚え、ごくりと唾をのんだ。


 グレンディルは「冷血皇帝」とも呼ばれ、逆らう者には容赦しないと評判の男だ。

 うっかりエフィニアが彼の機嫌を損ねれば、妖精族全体の存亡が危ぶまれる可能性もある。

 エフィニアは細心の注意を払い、彼の前に跪き頭を垂れた。


「お初にお目にかかります、グレンディル皇帝陛下。フィレンツィア王国第三王女、エフィニアがご挨拶申し上げます」

「……よくぞ参られた、フィレンツィアの姫。顔を上げよ」


 許しを得たので、エフィニアは顔を上げる。

 先ほどは遠目にしか見えなかった皇帝の姿がはっきりと目に入り、思わず息を飲んでしまう。


 若き皇帝……とは聞いていたが、グレンディルはエフィニアの想像よりもずっと若かった。

 まだ青年と言ってもよい年頃だろう。

 夜の闇よりも深い黒髪に、氷を思わせるような怜悧で整った顔立ち。

 体格の良い竜族にしては細身だが、座した体勢からでも中々の長身なのが見て取れた。

 何より印象的なのは、こちらを射抜くように冷たい、金色の瞳で――。


「……!」


 彼の瞳に見つめられた途端、どくん、と鼓動が跳ねた。

 思わず目を逸らしたくなったが、皇帝の御前でそんな真似は許されない。

 エフィニアは何とか必死に彼を見つめ返したが……次の瞬間、彼の姿が一瞬にして掻き消えた。


「……ぇ?」


 あっと思う間もなく、気が付けば彼の金色の瞳が視界いっぱいに広がっていた。

 玉座に座していたはずの皇帝が、いつの間にかエフィニアの目の前……息遣いを感じるほどの至近距離にいる。

 まったく予期しなかった展開に、エフィニアはただ瞬きもできずに硬直するしかなかった。

 すぐに、皇帝の顔が近づいてきて、そして……。


 ――かぷり。


 首筋を、甘噛みされた。


(…………??!?!??)


 数多の種族を束ねる大帝国――その頂点に位置する皇帝が、まるで聞き分けの無い犬のようにエフィニアの首筋をかぷかぷと甘噛みしている。

 あまりに想定外の状況に、エフィニアは早々に思考を放棄した。


(……これは夢よ、夢に決まってるわ。一度眠れば、現実に戻れるはず――)


 騒然とする周囲の声を受けながら、エフィニアは静かに意識を手放した。


新作始めました!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 高位貴族(王族)が途中までお供をつれてないのが不思議だった。
[一言] グレンディルさん、とうとう開き直って幼竜で通っちゃってるんですね~。 なんか、ちょっとかわいそうに思えてきました。 早くエフィニアさんに、言えるといいねぇ。
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