お待ちになって、お姉さま
20XX年。
この度私はめでたく亡くなりました。
それもべったべたの交通事故。
ブレーキとアクセルを踏み間違えたというこれまたべたべた加減で。
そして死ぬ予定ではなかった私は異世界に転生させてもらえるというべたべた三冠王を獲得して異世界転生の権利を得た。
顔も運動も勉強も平々凡々のミスアベレージガールだった私は、熱狂的にはまっていた乙女ゲームの世界に転生を希望した。いや、熱望した。
あまりの熱意に引いた顔をしていた神様だったけどまあいい。あの世界の住人として生きていけるならどれくらいドン引きされても私の勝ちだ。
けれど世の中はそう甘くはない。その世界へ転生は出来るけど誰に生まれ変われるかまでは保障できないという。
そこでいろいろ悶着はあったものの、私はしぶしぶ納得をせざる得なかった。
挙句の果てには転生対象に小動物や魔物まであると言い出しやがってあの神様。絶対ゆるさねー。
せめて対象は人類に、というお互いの妥協点に至るまで私たちは熱く激しくOHANASI合いをして、そして私は転生した。
「…しらない、天井…」
豪華な天幕の天井を眺めて、新しい人生の『私』は目を覚ます。
ふかふかすぎるベッドをおりて、広い部屋に一つかけてある鏡を見る。
そこには寝起きで髪はぼさぼさだけど、少し釣り目で幼いながらも「キツイ」性格になりそうな表情の『私』がそこにいた。
5歳くらいだろうか? そう、幼い顔立ちをしているけれど私は知っている。
ありがち。あまりにもありがち。ここにきてべたべた四冠目を獲得したわけだが…
「……ぃよっしゃぁぁぁああ!!」
全力でガッツポーズをキメた。
入ってきたメイドさんが思わずびっくりしていたが構わない。
「た、大変! お嬢様が! 誰か! お嬢様がぁぁー?!」
あっ、待って。構う構う。嬉しさのあまり取り乱しすぎちゃったと少し反省。
転生ガチャの結果。
SSRどころかその上のレアリティを行けると言っても過言ではないほどの超重要人物であるライバルキャラ。悪役令嬢に無事転生することができたのだった。結果的に言えば一度きりの人生ガチャで神引きをした。
例えるならダブルピックの一番欲しいほうではなかったけれど、まあいい。ありがとう神様!
そしてどうやら新しい人生の私は高熱を出してうなされていた様子で、そのショックで前世の記憶を取り戻したらしい。
もうべたべた五冠目獲得だよ。
なんかもう体もべたべたしてるからこれ六冠目カウントでもよくない?
でも、いいの。
なんの
問題も
ない。
そう、何の問題も無いのだ。
なぜなら私はその乙女ゲームをやりこみ、設定集をすべて暗記して裏設定すら網羅していた。
画集も買い込んでファンディスクまですべて覚えている。
今も…うん、すべて思い出せる。
私、ストレーナ・フォル・シーエカはこてこての悪役令嬢で高慢ではあるが貴族としての誇りは高く、平民から男爵令嬢になった主人公に対して数々の嫌がらせをして、それでも愛されるヒロインに嫉妬してその果てには殺害未遂を犯しドロドロに追い詰められて最後には断罪されるという運命を背負っていた。
もうべたべたを超えてこてこて。あ、べたべた七冠目だねー。やったね。
でも、その運命は15歳以降。貴族院。俗にいう学園での設定とシナリオの話だ。
今の私は見た目通りの歳であるだろう。ならいくらでもやりようはある。
裏設定まで網羅しているのだ。誰がいつ何歳にどんなことをするのかまで大まかにだけど覚えている。
ふふっ。勝った! 私はそう確信していた。計画通り!
でもまぁ、懸念要素は残っている。主人公様だ。
この乙女ゲーの世界に転生を望んだけど、ここに転生したのは私だけだとは限らないのだ。
その他にもこの世界に転生した人はいるかもしれない。史実通りをなぞってもうまくいかないかもしれない。
けれど大方のあらすじを覚えている私のアドバンテージは間違いだろう。その都度修正すればいい。
ああ、誰と恋仲になろう。ここは王道?変化球?あぁ、隠し要素でもいいなぁ!
まぁその転生者と被らないお方を選べばいいか。皆魅力的で大好きだし!
この時勝ちを確信していた私は油断していた。
でも言い訳をさせてほしい。
設定にポッと出で乗っていたような、言い方が悪いけどモブ以下の存在にかき乱されるなんて思いもよらなかったのだから。
「レーナ! 今日はひと〇なぎの大秘宝を探しに行きますわよ!!」
「お待ちになって、お姉様?!」
ばばーん!と部屋の扉を勢いよく開いて現れたのは、腹違いであり一つ上の姉であるステア・フォル・シーエカであった。
正直貴族にあるまじきマナー違反であるのだが、もはやいつもの事なのでもう何も言わない。
ふんす、ふんすと鼻息も荒く、手には物語の本を抱えている。
なんでその本が存在してるの?!と思わずそこにも突っ込みを入れたいけれど、それどころではない。
「お、落ち着いて、お姉様。それは一朝一夕で見つかるものではございませんわ。 人によっては一生モノですのよ?」
そもそも実在していないものでしょ?!と付け加えたいけどその言葉は飲み込む。変なところに飛び火してはたまったものではない。
むぅー。と唇を尖らせている姉を見て、辟易とした気持ちになる。
記憶を取り戻してから7年の月日が流れた。
だが、私の恋愛の進捗は全くと言っていいほど進んでいなかった。
そう。設定資料では名前だけで姿も公開されていなかったこの姉のせいでだ。
いや、設定では見ていたよ?
放浪癖のある子で庶子であり、学園に通う年齢より前に冒険の旅に出て有名冒険者になるんじゃなかったっけ。
そんなポッと出の姉に、なんというか。懐かれたというか…
「なら、一生モノの準備を備えてから出発しなければなりませんわね!!」
今日も私は振り回されています…
世は大航海時代ですのよ!じゃないよ…
「お姉様、ウェイト」
ぴた、と止まるステア。我が姉ながら犬か何かかしら、と思う。
「毎度の事ながらなんというか…。お姉様。大航海時代とかいいつつ、お船はどうするおつもり?」
私は眉間を揉みながら問いかける。
「丸太を寄せ集めてばっばーん!☆と作ってやりますわ!」
きらきらとした瞳で何の根拠もなく無い胸を張りながらステアは言う。
「…。まぁ、一万歩譲って船が出来るとしましょう」
「歩数多すぎですわね?!」
ええいお黙り。
「出来たとして、どうやって船を操作するおつもりですか? 私とお姉様だけじゃとても動かすことなんてできませんわよ?」
ジト目で言う。一つずつ無理だと伝えてしまわないと本当に実行しかねないのだ。この姉は。
「それならまず!ジョンが分身の術を取得して!」
「これ以上ジョンの胃腸にダメージが行くような無茶を言うのはやめて差し上げて?」
ジョンとはステア専属の執事である。彼もポッと出の設定であるのだが、この姉に連れまわされているであろう史実のほうには同情を覚える。
うぅ…これ、言わないとダメかなぁ…。
「それにね、お姉様…。それ、創作。物語ですのよ…?」
ここ最近で一番の衝撃を受けた顔をしたステアである。
言ってしまえば、なん、だと…。の顔である。
「…存在しないのであれば、見つけることは叶いませんわね…」
なぜか悔しそうに言う姉を見て、ホッと息を吐いた。
よかった…。「無いなら私たちが見つけるまででしてよ!」って言わないで…。
この間なんて、「指輪を返しに行きますわよ!」とかいいつつ古びた指輪をワイバーン蔓延る山を越えて投げ捨てに行こうとして私とジョンはエライ目にあったというのに。本当に、本当にこの姉は…。
捜索隊を出した父にどれほど感謝したことか。
怒られても嬉し涙のほうが勝っていたわよ、全く…
「…じゃ、妥協して失われたアークの方にしておきますわ…」
少ししょんぼりしつつ、もう一つの蔵書を手に取りながらステアは言う。
「お待ちになって? お姉さま」
え、なんて?
いや、え、妥協?
結果、私たち姉妹とプラスαは今日も大冒険をすることになる。
おかしい。どこでなにを私は間違えたのだろう…
史実だと全く妹が構ってくれなくて実家にいるのが辛くて冒険者になるからであり、一般市民の感覚かつ一人っ子でもしもお姉ちゃんがいたら、というシチュエーションに憧れてて仲良くしようとした事が原因で、さすがにそこまで設定が乗っていなかったモブの行動力と破壊力による賜物で今日も姉は妹を全力で遠心分離機の勢いで振り回すのでした…めでたしめでたし…