モブは名前が欲しい
俺はモブだ。
いきなりの自己宣告に何事かと思われたかもしれないが、俺はモブだ。
モブとは、物語の主要人物を際立たせるために存在する、漫画だと顔がボヤけていたり小説だとその他大勢の中に紛れていたり、飲み会や祭り等の描写の時にたまーに顔がほんのり書かれるような、そんな存在だ。
例えば主人公のクラスメイト。例えば通行人。例えば村人。
そんなどこにでもいて、誰でも良くて、何者でもない存在。それが俺だ。
ちなみに俺以外のモブにはモブの自覚もない。だいたいは日常会話をして、主人公や主要人物と絡む時だけハッキリとした意識をもっていて、その一瞬が終わればまたぼんやりした存在に戻る。
その中でモブとしての意識がある俺は普通とは少し違うモブなのかもしれない。
今日の俺はこの魔法学園の有名人、オックスファム侯爵家の長男ローハイム様の友人だ。
規格外の魔法を使うことの出来る学園始まって以来の天才児ローハイム様の、クラスメイトにして取り巻き。彼が魔法を使う時に自分には出来ないと戦きつつも憧れる役割。
今もとんでもない威力で氷魔法を繰り出し的を粉々にしたローハイム様に俺や他のモブはザワザワしている。
「お、おい……的が砕け散ったぞ?? 」
「氷魔法は普通なら凍らせるだけで、砕くとか出来ないはずだろ!? 」
俺は隣にいた顔のあやふやなモブと囁きあう。
当事者のローハイム様は当たり前と言わんばかりにつまらなさそうな顔で、制服に着いてもいないホコリを払っている。普段から冷静な表情をしたローハイム様はあまり感情を表に出さない。
そんなローハイム様に近づく、彼の親しい友人のドルイド様は逆にいつもにこやかに笑っている。
ドルイド様はどちらかと言えば魔法の実技の成績は下の方なのだが、魔法論理学の成績がめちゃくちゃいい。
この二人は世界の主要人物のようで、俺の意識がある時はだいたいこの二人のどちらかが絡んでいる。
普段の二人のことは知らない。何か特別なことが起きない限り、俺の意識はあやふやでぼんやりしていて、毎日自分がどう生活しているかすらわからないからだ。
先程の魔法のざわめきが収まりつつある今、だんだんと意識がぼんやりしていく。また今日も俺は俺の名前すらわからないまま、群衆に紛れていくのだ。
俺はモブだ。
いきなりの自己宣告に何事かと思われたかもしれないが、俺はモブだ。
どうやらモブとしての俺は自分の名前が知りたいらしい。なぜわかったのかと言うと、制服のポケットにメモ帳が入れてあったからだ。
メモ帳には一番最初のページに『俺はモブだ、名前はまだない』と書いてある。
次のページからは意識がハッキリした時に書きなぐったのだろうその時その時の状況が書かれている。
『ドルイド様と昼食の席を変わった』
『ローハイム様の魔法やばい』
『隣のモブの顔がわからない』
『ローハイム様は同級生』
『ローハイム様は二学年』
『今日も名前はない』
『ローハイム様は三学年』
お、年齢が上がっている。つまり、俺も三学年だ。
『ドルイド様とローハイム様、喧嘩』
『転校生が来た』
『転校生の魔法はやばい』
『転校生可愛い』
『転校生、ドルイド様に頬を染める。悲しい』
どうやら最近の俺は転校生に淡い恋心を抱いていたモブの役だったらしい。
一番最近のメモには『ドルイド様と転校生がキスするところにでくわしてしまった。ドルイド様の笑顔がこわい』とある。
失恋してんじゃねーか、俺。
モブなので終わった場面の感情は引きずらないので、今の俺に転校生への恋心は既にない。
今の俺の役目は『転校生とドルイド様がくっついたことで一人になることが増えたローハイム様の機嫌が悪いことにちょっとびくつくモブ』だ。
俺はどうやら図書館司書の手伝いをしているようで、本の貸出や返却の受付をしている。
本日はモブから見ても不機嫌なローハイム様への本の貸出手続きだ。
「返却は一週間以内にお願いします」
「わかった」
普段ならそこで話が途切れて意識も途切れるのだが、何故か今日はまだ自由意志があった。
そのせいか、モブらしくないことに自分からローハイム様に声をかけることが出来た。
「ローハイム様、寂しいならそう言ったほうがいいですよ」
「は? 」
低く冷たい声で何を言っているんだと言わんばかりのローハイム様に慌てる。が、そんな俺の様子に毒気が抜かれたのか呆れたような顔をしたローハイム様はついでほんの少しだけ、口角をあげて笑った。
「慌てすぎだ。……助言、感謝する」
思いがけない笑顔と言葉にぽかんとした俺の間抜け面に更に笑ったような雰囲気で、ローハイム様は本をもっていってしまった。
俺はモブで、名前が無い。
でも今、薄れていく意識の中でハッキリと思った。
あの人と友達になりたいなぁ――――
俺はモブだ。名前はない。
魔法学園きっての天才児ローハイム様と、友達になりたいモブだ。いつかあの人に、自己紹介できる日が来るだろうか。
ただのモブの俺は、あの人に名乗ることのできる名前が欲しい。