08 助けてくださいお願いします
08 助けてくださいお願いします
噴煙のようにもうもうとあがる土煙。
僕の背後にいたピュリアとコメッコは、ケホケホむせている。
僕はハンカチで口を押えながら、できたての穴を覗き込んだ。
穴はかなり深く、底には折り重なるようにして倒れている賢者たちがいた。
軽いケガを負っているようだが、大事の者はない。
僕は穴の縁から呼びかけた。
「それでは、僕たちは失礼するよ。キミたちは、そこでゆっくりしていくといい」
「チクショウ、待ちやがれっ! 俺たちをこんな目に遭わせて、タダですむと思ってるのか!?」
「俺たちは世界一のギルド、『ワールド・オーダー』なんだぞ!?」
今ならディド様にも言わないでおいてやる! だから俺たちをここから引き上げろ!」
「その状況で、よく交渉を持ちかける気になるものだな。
ディドに知られたら困るのは、むしろキミたちのほうだろう。
賢者が罠に嵌まって落とし穴に落ちるなど、いい笑い者だからね」
すると賢者たちは「うっ」と言葉に詰まる。
態度を急変させ、祈るように跪いた。
「た……頼む! 助けてくれ! いや、助けてください!
こんな所に取り残されたら、死んでしまいます!」
「大丈夫、探索に遣わせた者たちが戻らない場合、ギルドは救助隊を送る手筈になっている。数日の辛抱だよ」
「きゅ、救助隊!? そんなのに助けられたとわかったら、ディド様から破門されてしまいます!
お……お願いです! お願いですぅ! なんでもしますから、俺だけでも助けてくださいぃ!」
「この野郎、抜け駆けしやがって! コイツはずっとアストラル様のことを悪く言ってたんですよ!
俺は、心の底ではアストラル様を尊敬していました!」
「ウソつけっ! お前こそホラ吹き野郎……じゃなかった、アストラル様のことをゴミ扱いしてただろ!」
たいした窮地でもないのに、一瞬にして仲間割れを始める賢者たち。
蜘蛛の糸を奪い合う亡者のように、それはそれは醜かった。
僕は付き合いきれなくなって、最後の言葉を投げかける。
「キミたちは『賢き者』なのだろう?
ならばその知力を組み合わせて、そこから出る手段を考えるんだ。
それじゃ、ディドによろしく」
「ちっ……チクショウ! 覚えてろよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
多くの断末魔を背に、僕は歩き出す。
「あの方たち、あのままでも大丈夫なのでしょうか?」とピュリアはしきりに心配していた。
「大丈夫。一帯のモンスターは片付けられているから、襲われることもない。
食料や水も持っているはずだから、救助隊が来るまでは生きながらえるだろう」
「あんな人たちのことまで気に掛けるだなんて、ピュリア様はやっぱり慈悲深いお方なのです!
それに、コメッコの目に狂いはなかったのです!
アストラル様とピュリア様は、お似合いのカップルなのです!」
にぱーっと笑いかけるコメッコに、「そんな……」と頬を染めるピュリア。
コメッコは他人の幸せも自分の喜びにできる、やさしい子だ。
「おっと、忘れるところだった。この短杖は、コメッコにやろう」
「え……?」と虚を突かれたように固まるコメッコ。
「ど……どうしてだか? どうしてオラなんかに……?」
「キミは魔術師に憧れているんだろう? これがあれば、魔術の練習ができるよ」
「ひえっ!? な、なぜ、オラの子供の頃の夢をご存じだか!?
やっぱり、あのすっごい占いで……!?」
「いや、『アカシック・レコード』で知ったわけじゃない。言動を見ていればわかる。
アジトにあった魔術の教本を、熱心に読んでいただろう」
「で、でもオラは荷物持ちだから、魔術師にはなることはできないだ!」
「コメッコ、魔術師というのは生まれでなるものじゃない。
魔術師学校は生まれを問われるが、魔術を学ぶことは学校に入らなくてもできる。
そして僕は、キミにはその才能があると思っている」
コメッコはすっかり固まっていた。
ピュリアは僕の手から短杖を受け取ると、真剣な眼差しで、コメッコの手に握らせた。
「ぴゅ、ピュリア様……!?」
「コメッコさん、わたくしは奴隷ですが、聖女を目指してみたいと思っております。
なぜならばそれは、アストラル様の思し召しだからです。
コメッコさんも魔術師をめざして、いっしょにアストラル様のくださった道を歩んでみませんか?
……ねっ?」
春の日差しのようなにっこりとした微笑みに、氷像のようだったコメッコが溶け出す。
「う……ううっ……!
オラが子供の頃、魔術師になりたいって言ったらみんな笑っただ!
でもアストラル様とピュリア様は、こんなオラの夢を笑わないどころか、叶えようとしてくださるだなんて……!
オラ、オラ……世界一の、幸せ者ですだぁ!」
「はい、コメッコさん! わたくしもアストラル様にお仕えできて、本当に幸せですっ!」
ひしっと抱き合い、姉妹のように泣き出すピュリアとコメッコ。
聖女は純白のローブが汚れるのを極端に嫌うが、ピュリアはコメッコの涙でローブが汚れても、まったく気にしなかった。
しかし僕は彼女と違って、少しばかり汚れることを気にするので、ふたりのそばからそ~っと距離を取る。
が、遅かった。
「「かっ……神様ぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!」」
ふたりは磁石のようにシュバッと僕の身体にくっついてきて、僕の胸で泣き続ける。
さすがに振り払うわけにもいかないので、やれやれと、ふたりの頭を撫でてやった。