06 ハイキングで隠し部屋
06 ハイキングで隠し部屋
コメッコとピュリアは、崇拝にも似た表情で僕を見つめている。
僕はそろそろ言っておかなくてはならないと思った。
「いいかい、ふたりとも。僕を神様と呼ぶのはやめるんだ」
するとふたりは目をまんまるにした。
「「ど、どうしてですか!?」」
「そんなに声を揃えて驚くようなことじゃない。当たり前のことを言っているだけだ。
僕は神様じゃなくて人間だ。その気持ちは、本当の神様のためにとっておくんだ。いいね?」
僕は噛んで含めるように言う。
しかしふたりともまるで納得いっていない様子だった。
強めに言い聞かせてようやく「「わかりました、アストラル様……」」としょげた様子で言う。
そのあとは公園で夕方まで時間を潰したあと、僕はある場所へと向かった。
それは、ブライトフォールの街のはずれにあるちいさな森。
そう。藪で巧妙に覆い隠された、盗賊団たちのアジトだ。
アジトは散らかっていて、さらに衛兵の捜索が終わった直後のようで、かなり荒らされていた。
しかし一文ナシの身としては贅沢は言えない。
ここの住人たちはしばらく戻ってこないだろうから、一時の住まいとして使わせてもらうことにしよう。
コメッコとピュリアはさっそく、張り切って部屋の片付けをはじめた。
「あっ、ピュリア様がお片付けなんてとんでもないです!
コメッコがやりますので、座っていてくださいです!」
「そんな、コメッコさん。わたくしがいたします。
それにわたくしのことは、ピュリアと呼び捨てになさってください」
「いえいえ、ピュリア様はきっと、どこかの国のお姫様だったに違いないです!
コメッコは荷物持ちですので、このコメッコが……」
「いえいえいえ、わたくしは奴隷の身ですので、荷物持ちさんより下です。
ですから、このわたくしが……」
それは下の立場を奪い合うという、妙な光景だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
盗賊団たちのアジトには食料の備蓄があり、また男物ではあるものの服もあったので、衣食住には困らなかった。
家事もコメッコとピュリアが分担してやってくれて、ふたりともとても甲斐甲斐しく働いてくれた。
僕の世話を過剰に焼きたがるのが玉に瑕だが、この新生活はおおむね快適だった。
そして僕は1週間ほどアジトで過ごし、自分の考えを整理した。
「アストラル様、おみ足のお爪を、お手入れさせていただきますね」
「いや、自分でやるから……わかった、頼むよ」
断るとピュリアは今にも泣きそうな顔をするので、なかなか断りづらい。
そして承諾すると、パアァ……! と後光が差していそうなほどに喜ぶ。
彼女は嬉々として僕の足元に跪くと、靴下を脱がせはじめる。
僕はソファに腰掛け、足元からパチンパチンと立ち上る音を聞きながら、『アカシック・レコード』で世の情勢を眺めていた。
世間は、『ワールド・オーダー』が邪竜を討伐したことにより、名実ともに世界一のギルドとなっていた。
ギルドというのは『組合』のようなもので、大きなギルドとなると、国王も一目置くほどの絶大な権力を持つようになる。
そして世界一ともなると、『特別区』入りが許されるようになる。
『ワールド・オーダー』は複合ギルドだったので、複数のギルドが『特別区』入りすることになった。
『ワールド・オーダー』の支配下に置かれた特別区は『ワールド・オーダー特別区』に改称。
ギルドの幹部たちである、ギルスター家の勇者たちは、悲願である『自分たちの国を持つ』を果たしていた。
そしてふと、僕は邪竜のいた山で、新しい洞窟が発見されたというニュースを見つける。
『ワールド・オーダー』の大賢者ディド、その門下生の者たちが、いま探索に当たっているらしい。
僕の次の行動は決まった。
「ピュリア。爪切りが終わったら、3人でハイキングに出掛けよう」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
僕はいつものタキシードで、コメッコとピュリアは男ものの普段着に頭巾という、奇妙ないでたち。
「服はアジトにそれしかないからしょうがないとして、どうして頭巾をしているんだ?」
「はい。わたくしは長いこと箱を被っておりましたので、外にお出かけするときは被り物をしているほうが落ち着くのです」
「それにこうしていると、なんだか魔法使い様になったみたいで、なんだかワクワクするのです!」
そうして出掛けた先は、かつて邪竜がいた山。
コメッコは僕のトランクを、ピュリアはサンドイッチの入ったバスケットを提げ、ルンルンと楽しそうにしている。
しかし洞窟に近づいた途端、ふたりの表情が曇った。
「あの、アストラル様、こちらは……?」
「最近発見されたばかりの洞窟だ。ちょっとここに立ち寄ってみたくてね」
「ええっ、洞窟に入るのです!? たったの3人で、武器もないのです!」
「大丈夫だ。モンスターも罠もほとんど残っていないから、安全に進める。
ふたりとも、僕の歩くとおりに後ろからついてきて」
僕はそう言って、さっさと洞窟に入っていく。
背後から、不安そうなふたりの足音が続いた。
僕は散歩のような自然体のまま、奥へ奥へと進んでいく。
僕が罠にも引っかからず、モンスターの奇襲も受けないことを、コメッコは不思議がっていた。
「どうしてなのです? どうしてなにも出てこないのです?
洞窟には普通、モンスターや罠がいっぱいあるはずなのに……」
「簡単なことさ。先行隊が全部処理してくれているんだ」
「先行隊?」とオウム返しされる間に、僕は目的地に到着。
最深部のひとつ前であるその部屋には、賢者のローブを身にまとった若者たちがちょうど帰るところだった。
「いやぁ、かなりの収穫だったな! やっぱり新しい洞窟はお宝がザクザクだぜ!」
「銀剣がこんなにあるだなんてな! こりゃ、ディド様も喜ぶぞ!」
「この洞窟完全制覇したとなれば、俺たちもいよいよ見習い卒業できるかもしれんな!」
と、後からやってきた僕に気付く。
「おやぁ!? 誰かと思ったら、ホラ吹き占いのアストラルじゃないか!」
僕の後ろに控えていた少女たちが、子猫のようにクワッと牙を剥こうとしたので、僕は手で押しとどめた。
「女の腐ったのみたいな荷物持ちを連れて、洞窟探索かい!?」
「しかし遅かったなぁ! この洞窟のお宝はぜんぶ、俺たちディド様の門下生が頂いたところだ!」
「ざーんねんでした! 残念賞として、そのへんの壁の土でも削って持って帰んなよ!」
「ぎゃははははは!」と嘲笑する門下生たちの横を、僕は「そうさせてもらうよ」と通り過ぎる。
そして、最深部のいちばん奥にある洞窟の壁のある箇所を、コツンとステッキで付いた。
すると、
……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
と地響きとともに壁が動き、奥にさらなる部屋が現れる。
そこには、聖櫃のような宝箱が鎮座していた。
背後から、心臓を抉られたような悲鳴が響く。
「かっ……隠し部屋ぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」