05 神様のコッペパン
05 神様のコッペパン
エルフの少女は、親に再会した迷子のように、僕にしがみついて泣いていた。
彼女はおそらく、長いあいだ箱の中に閉じ込められていたのだろう。
なぜそんな事になったのかはこれから聞くとして、今はただ、泣きじゃくる彼女の頭を撫でてやる。
しばらくすると少しは落ち着いてきたようなので、僕は彼女をお姫様のように抱えて立ち上がった。
小鳥のように軽い彼女は、「ぴゃっ」と雛鳥のような悲鳴をあげていたが、
「大丈夫、もっと落ち着ける場所に移動するだけだ」
そう言葉を掛けてやると、「は、はいっ」と素直に返事をして、大人しくなった。
囚われのお姫様とともに牢屋を出た途端、数人の男たちが僕を取り囲む。
「ちょっと待て! ソイツを持っていこうったって、そうはいかねぇぞ!」
その筆頭は奴隷商だった。
「もう取引は成立しているはずだが?」
「ふざけんな! そんな極上の女、たったの500¥のわけねぇだろうが!
貴族……いや王族だってほっとかねぇ! 5億¥はくだらねぇ最高級品だ!」
「ガラクタだと思っていた骨董品が、値打ちものだとわかった古物商のようだな。
この少女は、もう僕のものだ。勉強代だと思って、今回はあきらめるんだな」
「この、いけすかねぇキザ野郎がっ! そのキレイな顔をボコボコにしてやろうか!」
「一応言っておくが、僕は冒険者だ。僕の顔に傷を付けたいのであれば、もっと数を連れてくるんだな。
それに、今はあいにく両手が塞がっているから、手加減ができないんだ」
「ふっ……ふざけやがってぇぇぇ~~~~! かまわねぇ、やっちまえっ!」
全方位から、一斉に襲いかかってくるゴロツキたち。
僕はわずかに腰を沈めた後、ヒラリと跳躍。
そして、旋風のような回転蹴りを一閃。
エナメルホワイトの靴の爪先に、卵を踏み潰したような感触が続く。
……クシャッ! クシャッ! クシャッ! グシャッ!
次の瞬間、どす赤い花びらのような鼻血を撒き散らしながら、ゴロツキたちは開花するようにブッ倒れた。
「うぎゃぁぁぁぁぁっ!? 鼻がっ!? 鼻がぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「言っただろう? 手加減ができないって。それも、勉強代だと思ってくれ」
顔を押えて悶絶するゴロツキたちをよけ、僕は奴隷商をあとにする。
ヤジ馬たちは、僕が近づくと海が割れるように道を開けてくれた。
「す……すげぇ……! あの兄ちゃん、メチャクチャ強ぇぞ……!」
「たったのひと蹴りで、あれだけの数をやっちまうだなんて……!」
「それに、すっごく美しい動きだったわ!」
「そうそう! 喧嘩っていうよりも、エルフの女の子とペアダンスを踊ってるみたいだった!
つい、見とれちゃったぁ!」
女性はみな、僕をウットリした表情で見つめていた。
「か……神様……!」
ふと見ると、僕の腕の中にいたエルフの少女も頬を染めている。
「すごいのです! 神様! 神様はやっぱりお強いのです!」
隣にやってきたコメッコも、羨望の眼差しで僕を見ていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
僕は衆目から離れ、公園のベンチでエルフの少女を降ろる。
彼女はツギハギだらけのワンピースを着ていたのだが、『薄幸の美少女』という絵画になってもおかしくないほどに、座るだけで絵になっていた。
少女は急に身を縮こませ、スカートの裾をキュッと握りしめる。
「す……すみません、つい、取り乱してしまいました。
見境もなく抱きついて、あんなにはしたない声で、泣いてしまうだなんて……」
それは聖鈴が鳴ったような、清らかな声だった。
隣に座っていたコメッコも「ふわぁ」と聴き惚れるほどに。
「気にすることはない。それよりも、キミの名前はなんというんだ?」
「はい、ピュリアと申します」
それからピュリアの話を聞いてみたのだが、名前以外の記憶はほとんど無いようだった。
自分が何者で、なぜ箱をかぶせられたのかも覚えていないらしい。
「ただ、この言葉だけは覚えております。『祈っていれば、きっと神様が助けてくださる』と。
だからわたくしは暗闇のなかで、ずっとずっと祈りを捧げておりました」
僕を見つめるピュリアの瞳が、再び水を張ったように潤む。
「そうしたら、あなた様という、神様が……!」
不意に、きゅう。という音が割り込んでくる。
見ると、いっしょに話を聞いていたコメッコが、恥ずかしそうにお腹を押えていた。
「ご、ごめんなさいです」
「そういえば、もう昼を過ぎてしまったな。ふたりとも、これを食べるといい」
僕はコメッコからトランクを受け取り、中から取り出したコッペパンふたつを彼女たちに与える。
本来は全財産の500¥でなにか買うつもりだったのだが、ピュリアに遣ってしまった。
少女たちはコッペパンを手にすると、「わぁ!」と華やぐ表情を見せる。
「い……いいんだべか!? パンをまるまるひとつだなんて!?」
「これは、パンという食べ物ですよね!? 本当に頂いてもよろしいのですか!?」
まるで世界最高のダイヤモンドでもプレゼントされたかのように、信じられない様子の少女たち。
僕が「おあがり」と言うと、初めて木の実を口にした仔リスのように、頬を膨らませて夢中になって食べていた。
そして、しみじみと涙する。
「こんなにおいしい白パンを食べたのは、初めてだべ……。
『ワールド・オーダー』にいた頃は、硬い黒パンを3人でひとつだっただ……」
「はい。まるで雲みたいに柔らかくて甘くて、とってもおいしいです……
箱を被っていたときは、不思議と空腹を感じなかったのですが……
パンというのはこんなにも、おいしいものなのですね……」
パッと顔をあげたふたりの顔は、随喜の涙で濡れていた。
僕のことを恵みの雨のように見上げ、感謝にうち震える。
「「あ……ありがとうございます、神様っ! コメッコ(わたくし)は……とっても幸せですっ!!」」