04 コメッコと奴隷少女
04 コメッコと奴隷少女
興奮冷めやらぬ街角で、僕は道の片隅で震えていた少女の元へと向かう。
彼女はトランクにしがみついて、我が身をもって僕のトランクを守ってくれていた。
「ありがとう。キミはたしか、『ワールド・オーダー』の荷物持ちの……」
声をかけると、少女はハッと顔をあげる。
彼女は小柄で、純朴そうな顔立ちに三つ編みという、今しがた田舎から出てきたばかりのような見目をしていた。
僕と目が合うなり、赤ら顔をパアッと明るくする。
「こ……コメッコのこと、覚えてくださっているのですか!?」
「もちろん、ギルドメンバーの顔と名前は全員覚えている」
「お……オラのような荷物持ちの名前まで覚えていてくださるだなんて……!
やっぱりアストラル様は、オラの神様ですだ!」
彼女は瞳を潤ませるほどに感激していたが、ふと自分の言葉に気付いて「あわわ」と取り繕う。
「しっ、失礼しましたです! コメッコは興奮するとつい、故郷の言葉が出てしまうのです!」
「故郷の言葉でも、別に気にする必要はないと思うが……。
そんなことよりも、キミはなぜこんな所にいるんだ? 今頃は邪竜を倒して、王都に凱旋しているところではないのか?」
するとコメッコはトランクから離れ、居住まいを正しながら、ちょこんと正座した。
「実はコメッコ、『ワールド・オーダー』を辞めて、神様を追いかけてきたのです!」
僕は神様などでは決してないが、今はそれは置いておこう。
「僕を追いかけて? なぜ?」
「ギルドの方たちは、コメッコたち荷物持ちのことを、物みたいに扱うのです!
でも神様だけはやさしくて、いじめられてるコメッコたちを何度も助けてくださったのです!」
お願いでございます、神様! コメッコをどうか、神様の元に置いてほしいのです!」
「それはできない」と即答すると、コメッコは半泣きで「ガーン!」となっていた。
彼女はどうやら、思っていることがすぐ顔に出るタイプらしい。
「ど……どうしてですだ!? オラのことがお嫌いだか!?」
「そうじゃないよ、僕はいま一文ナシも同然だからね。
自分が食べていくのもやっとの状態で、荷物持ちを雇えるだけの余裕がないんだ」
「ええっ!? お給料なんて、とんでもないのです!
コメッコは神様のおそばにいられるだけで、幸せなのです!
なにもいりませんから、お願いでございます! お願いでございますっ!」
そうはいっても……と思ったのだが、コメッコは僕の足にしがみついて離れない。
仕方なく根負けして、しばらく彼女を置いてやることにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
僕とコメッコは、食事を求めて昼の市場を歩いていた。
噂が広まるのは早いもので、道すがらの店では盗賊団逮捕のことでもちきりとなっていた。
「おい、聞いたか! 盗賊団が捕まったらしいぞ! しかも今度は重罪らしい!」
「ああ、今度はそう簡単には出てこれないらしいな!
ヤツらはこの市場も我が物顔で荒らしてたからなぁ、せいせいしたぜ!」
「いったい誰がやったんだろうな? 衛兵たちも手を焼いてたワルどもを、あっさり壊滅させるだなんて!」
「誰にしても、俺たちには救いの神様だぜ! もし会ったら、一杯おごってやりてぇよ!」
「これでこの街も少しは平和になるな! よぉし、バリバリ商売するぞーっ!」
途中、通りすがりに奴隷商がいて、隅にのほうにある檻を見ながら苦々しげにつぶやいていた。
「コイツだけは、いくら安くしても売れやがらねぇんだよな、まったく……」
檻の中には、おそらく少女がいた。
頭や身体の主要部分を、金属のような箱で覆われている。
長く伸びた髪と、二の腕と太ももだけが露出していて、それらのパーツだけでなんとか『少女』であることがわかった。
箱で覆われた頭部からは、呻き声だけが漏れている。
手も足も、胸も下腹部も箱で覆われているので、自力では立ち上がることもできないようだ。
まるで異国の拷問を受けている重罪人のような、あまりにも異質な見目だった。
奴隷商は舌打ちする。
「チッ、変わり者の金持ちが買ってくれるかと思って拾ったんだが、とんだお荷物になっちまったぜ。
箱はいくらやっても壊せねぇし……せめて下半身の箱だけでも取れりゃ、使い物になるんだがなぁ。
このゴミを捨てようにも、最近は衛兵のヤツがうるせぇしなぁ……」
僕が少女に向かって手をかざしていると、奴隷商が気付いて「おっ!?」と嬉しそうな声を出した。
「お兄さん、さすがお目が高い! この娘は異国のお姫様で、戦争に負けてこんな気の毒な姿になっちまったんでさぁ!
コレクションにはピッタリですよ! いかがですか!?」
「よし、買おう」と僕は即答する。
「ま……マジっすか!?
そ……それじゃあ特別に、700万……いや、特別に70万¥にオマケしときます!」
僕は「ふむ」と考えるフリをして、コートのポケットに手を差し入れる。
指先に当たった硬貨の感触を確かめ、奴隷商に言った。
「いや、500¥だ」
「はあっ!? ご、500¥だなんて、冗談言っちゃ困りますよ!
ウチでもいちばん安い奴隷は1万¥からで……!」
「なら、不良在庫としていつまでも抱えているといい」
「……チッ、足元見やがって! わーったよ! 500でいいよ! そのかわり、返品はナシだからな!
アイツは自力じゃ立てねぇから、檻に鍵は掛けてねぇんだ! 中に入って勝手にもってけ!」
僕は有り金だった500¥のコインをはたいて、謎の奴隷を手に入れた。
不安そうにしているコメッコを残し、檻の中に入っていく。
「うー、うー」と唸っている少女の前にしゃがみこみ、頭にある金属の箱をあらためた。
箱は鉄や銀とも違う、見たこともない金属でできている。
継ぎ目が見当たらず、表面には複雑な紋様が彫り込まれていた。
これが何なのかは、皆目見当もつかない。
つい先ほど、檻の前で手をかざした程度では、ぜんぜん視えなかった。
となると、やるしかないな。
「万象! 真理! 審判!
天地開闢よりありし銀の月、その鱗粉満ちるところに我はあり!
永久不変の月輪をもって、衆生の縛めを解き放て!
神智なる聖餐論!」
白い翼をはためかせるように両手を広げると、錆び付いた檻の中が、虹色に輝きはじめた。
奴隷商が「な、なにごとだっ!?」と、慌てて引き返してくる。
僕は『アカシック・レコード』を使って、謎の箱の解除方法を探す。
目の前にある少女の箱に手を触れて『サーチ』すると、ひとつのウインドウが現れた。
そのウインドウに書かれているやり方をもとに、金属の箱を撫でる。
すると、すべてを拒むかのようだったそれは、
……パカッ……!
あっさりふたつに割れ、少女の肩から滑り落ちて床に転がった。
檻の外から「お……おおおっ!?」と驚嘆の声がおこる。
そこには、まさにお姫様と形容するにふさわしい、目の覚めるような美貌の少女がいた。
金糸のようなサラサラの髪に青い瞳、翼のない天使のように清純なる顔立ち。
長い耳からするに、エルフ族のようだ。
エルフのお姫様は、寝起きのような表情で、あたりをキョトキョトと見回す。
ふと僕の顔を捉えたので、僕は微笑みかける。
「グッド・モーニング・プリンセス……!」
次の瞬間、ぼんやりした瞳が焦点を結び、溺れるように潤んだかと思うと、
「かっ……かみさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
がばっと僕に抱きついてきて、子供のようにわんわん泣き出した。