03 アカシック・レコードは、過去の罪すらも暴く
03 アカシック・レコードは、過去の罪すらも暴く
邪竜の洞窟を出ると、僕の新しい門出を祝うかのように、生まれたての太陽が迎えてくれた。
「いつの間にか、夜が明けていたか。山を降りるにはちょうどいいな」
僕はその足で邪竜の山を降り、ふもとにある『ブライトフォールの街』まで向かう。
この街は少し前までは活気に満ちていたのだが、半年前に山に邪竜が巣食ってからというもの、住民や立ち寄る旅人たちの数も減っていた。
そのせいで治安も悪くなり、住民の顔も暗く沈んでいたのだが、今日からはきっと笑顔のあふれる街になることだろう。
僕は大通りにあるベンチに腰掛け、澄んだ空気の街並みを眺めながら、ひとりごちる。
『アカシック・レコード』による過去ではなく、自分自身の中にある、思い出と向き合うように。
「……僕はギルスター家に拾われてからというもの、休むことなく勇者たちに仕え、『ワールド・オーダー』で働いてきた。
こうしてのんびりとベンチに座って早朝の街を眺めるなんて、初めてのことかもしれないな。
生まれて初めて、自分の時間というものを持てたような気がする」
そう口にするだけで、古巣を追い出されたショックもだいぶ軽くなった。
「それに、自分自身のことを気にする必要があるのも、久しぶりかもしれないな」
『ワールド・オーダー』を追い出されてしまった僕は、これから自力で生きるための術を探さなくてはいけない。
いまの僕の持ち物は、眼鏡とタキシード、白い手袋とハンカチ、ステッキとトランク。
「あとは、トランクの中にコッペパンと……おや?」
と、ベンチの脇に置いていたはずのトランクが、跡形もなく消えていることに気付いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
僕は真っ先に、街のとある一角へと向かう。
すると往来の真ん中で、数人組の男たちがよってたかって、ひとりの少女を足蹴にしているのが見えた。
周囲の者たちは止めようともせず、気の毒そうに見ているだけだった。
「なんだこのクソガキは!? いきなり出てきて、獲物を横取りしようとしやがって!」
「よ、横取りではないのです! このトランクは、アストラル様のものなのです!
だからアストラル様に、お返ししなきゃダメなのですっ!」
「このクソガキ、わけのわからねぇこと抜かしてんじゃねぇ!
俺たちの仕事を邪魔したらどうなるか、思い知らせてやるっ!」
「そのトランクは、たしかに僕のものだ」
声を掛けると、ゴロツキたちと少女は一斉に僕を見る。
ゴロツキたちはポカンとしていた。
「このトランクを盗んでから、まだ10分も経ってねぇのに……なんでここにあるってわかったんだ?」
『アカシック・レコード』でトランクの行方を追ったら、すぐにこの場所が判明した。
しかしそれを説明したところで理解してもらえないので、端的に答える。
「すでに起ったことであれば、僕にわからないことはない」
「はぁ? テメェなに言ってやがんだ!? テメェみたいな若造に、なにがわかるってんだ!」
「わかっているさ、なにもかもな」
「俺はテメェみてぇな、いけすかねぇ野郎が大っ嫌いなんだ!
ここを探し当てたのも偶然だろう! だが残念だったな、このトランクは俺たちのもんだ!
返してほしけりゃ、力ずくで奪ってみやがれっ!」
「やれやれ、腕力による解決は好みではないのだが……降りかかる火の粉は払うしかないな」
冒険者に喧嘩をふっかける者は、同業者を除いてあまりいない。
なぜならば冒険者というのは、戦いのプロだからだ。
僕も支援職とはいえ、冒険者の端くれなのだが……。
白衣のようなタキシードを身に着けているせいか、冒険者に見られることはない。
なんにしても、このくらいの相手であれば、『アカシック・レコード』を使わなくてもなんとかなるだろう。
僕は、ナイフを振りかざして挑みかかってくるゴロツキどもの攻撃をヒラリヒラリとかわし、ステッキで足を引っかけて転ばせた。
……どんがらがっしゃーーーーーーーーーーーーんっ!!
ゴミの入ったタルに次々と突っ込んでいき、目を回して動かなくなるゴロツキたち。
ヤジ馬たちから「おおっ!?」と歓声がおこる。
「すげえ、あの兄ちゃん! 盗賊団のヤツらを、あんなにあっさり……!」
「しかも、まるでダンスを踊ってるみたいに華麗だったわ! 素敵~っ!」
僕は最後に残ったゴロツキのボスらしき男に、白手袋の指先を突きつけた。
「さぁ、罪を償ってもらおうか」
「ぐっ……ぐぐっ……! こ、こいつ、強ぇ……!」
こっ、こうなったら、煮るなり焼くなり好きにしやがれっ!
旅人のトランクを1個盗んだだけの罪なら、ムチ打ちたったの1回ってとこだ!
そんなの、痛くも痒くもねぇや!」
「誰が、僕に対しての罪だと言った」
「へっ?」となる宿屋の主人の顔に向かって、僕はかざした手のひらを、窓拭きするように動かす。
すると、手のひらから七色のウインドウが現れ、虹のように軌跡を残していった。
物盗りの過去くらいなら、この程度のスキル発動動作で、簡単に視ることができる。
「ふむ。この半年間で、キミたちは100件も盗みを働いていたのか。
しかも台帳に記録をしっかりと付けて、気に入った盗品は、近くの森にある隠れ家に飾っているとは……。
盗みの証拠としてはじゅうぶんだな」
「な……なぜそれをっ!?」と度肝を抜かれるボスをよそに、僕はさらに続ける。
「100件の盗難がいちどに発覚すれば、それだけ罪は重くなる。
牢屋行きは免れず、鞭打ちは1000回を超えるだろうな。
それだけの鞭打ちとなれば、国王は見せしめとして、公開処刑にするだろう」
「ひっ……!? ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
真っ青な顔で絶叫するゴロツキたち。
対象的に、周囲のヤジ馬たちは快哉を叫んでいた。
「すげえ、なんだあの兄ちゃん、すごすぎる!?
ここいらの鼻つまみ者だった盗賊団を、ここまでやり込めるだなんて……!?」
「いままでいくら衛兵に引き渡しても、ケロリとした顔で出てくるから始末に負えなかったのに!」
胸がすーっとしたわ! あなたって最高! ありがとう、ありがとーっ!」
死刑が確定したように泣き叫ぶゴロツキたちを、隠れ家の情報とともに衛兵に引き渡すと、拍手と喝采が僕を包んだ。