02 俺様の足元に跪け! 跪けったら跪け!
02 俺様の足元に跪け! 跪けったら跪け!
「ギャォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!」
邪竜は、最後の咆哮とともに鎌首を振りあげる。
僕は、今にも襲いかかってきそうな勇者を無視し、「近接部隊、3時の方角へよけろっ!」と叫んだ。
邪竜の間近にいた近接部隊は、慌てて左へ移動。
直後、巨人の拳のような鎌首の一撃が、誰もいない地面に大穴を開けた。
まさに間一髪。
追いつめられた邪竜は、最後の力を振り絞って、火炎弾と首による連続攻撃を仕掛けていた。
もしそのどちらもヒットしていたら、ギルド員の大半がやられていただろう。
そうなったら作戦の失敗だけでなく、『ワールド・オーダー』の存続も危なかったかもしれない。
しかし勇者はそんなことよりも、僕に対して怒りをぶつけるのが何よりも大事なようだった。
真っ赤な顔をして、獣のように唸っている。
「て……てんめぇぇぇぇ~~~! 一度ならず二度までも、勝手に命令を……!
ブチ殺す……! ぜってぇ、ブチ殺してやるぅぅぅっ……!」
いまの彼の怒りを鎮める言葉など、この世界のどこにもありはしないだろう。
まわりで見ていた弓矢部隊は、我が事でもないのに真っ青な表情をしてうろたえている。
なかには、爆発物の処理を失敗したかのような目で、僕を見る者までいた。
勇者は爆弾と同じで、取り扱いに失敗したら死を覚悟するのは、この世界では普通のこと。
でも僕はまだ死ぬつもりはないし、彼の怒りを鎮めるだけの情報を持っていた。
「ブレイガン、僕が勝手に指示を出したのは、一刻を争う事だったからだ。だから許してほしい。
それに、これから『ワールド・オーダー』は一生、金に困ることはないだろう」
『この僕がいる限りは、ね』と付け加えようとしたが、火に油を注ぎそうなのでやめておいた。
かわりに、「こんなふうに、ね」と洞窟の奥を親指で示す。
同時に「おおっ!?」と歓声が聞こえてくる。
そう、そこには奇跡のような光景が広がっていた。
息絶えた邪竜を中心として、床に敷き詰めてあった白骨が、次々と金貨に変わっていく。
まるで、枯れた大地に咲いた一輪の花を中心として、花畑が広がっていくように。
案の定、勇者は狂喜した。
僕への殺意はどこへやら、足元の金貨をすくいあげ、花びらのようにまき散らす。
「すっ……すっげぇぇぇぇーーーっ!? 邪竜はこんな形で黄金を隠してやがったのか!
これだけあれば、一生遊んで暮らせるぜっ! いやっほぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーっ!!」
勇者だけじゃない、すべてのギルド員がお祭り騒ぎだった。
上級職も下級職も、荷物持ちの者たちも全員、金貨の床を転げ回っている。
普段は冷静沈着な賢者も、普段は清楚を装っている聖女たちもみな。
目の色までもを黄金色に変え、欲望を剥き出しの雄叫びをあげていた。
僕はすでに『アカシック・レコード』でこの結果を知っていたので、その輪に加わることもない。
近くにあった小岩にハンカチを敷いて腰掛け、仲間たちの狂宴をただ見つめていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そしていよいよ帰還の段となったとき、ギルドの幹部連中が僕のところにやってきた。
勇者ブレイガンを中心として、賢者ディドと姫騎士エンプレス、さらに大聖女のトキシックと女忍者ガミメスまでもを翼のように従えて。
僕のスキル『アカシック・レコード』は、過去の出来事を視ることができる。
しかし未来の出来事については、10分先のことまでしかわからない。
そして未来を見通すのはとても力を使うので、命の危機が迫るような局面でしか使わない。
だから僕は、これからこの身に降りかかることを知らない。
「お前、クビ」
と勇者が吐き捨てた。
「ディド・ユー・ノウ? 我ら幹部の間で話し合い、あなたの占いは必要ないという結論に達しました」
「当然ですわ。わたくしたちの力があれば、へんなお占いなど必要ありませんもの。おハーブ生えますわ」
大聖女トキシックが頬に両手を添え、わざとらしいほどに悲痛な声を出す。
「ああっ、アストラルさん、お気の毒に!
戦力外通知とは、とってもショックですね! いまどんなお気持ちですか!?」
女忍者ガミメスがさらに煽る。
「アタシたちずっとアンタのこと、きんもーって思ってたんだよね。
へんな占いをするだけなのに、なんか大魔法でも使うみたいにカッコつけてさ、バッカみたい!」
「しかもその格好! いつも白いタキシードだなんて気持ち悪すぎます!
それがカッコいいとでも思ってたんですか? もしそうだとしたら、とってもショックです!」
大聖女トキシックの声を最後に、静まり返る洞窟。
僕は少し思案したあと、これだけは言っておかねばと思った。
「僕の『アカシック・レコード』がなければ、この戦いには勝てなかった。
それどころか、ギルドは間違いなく壊滅していた」
すると勇者たちは肩をすくめ、バカにしきった様子で笑った。
「ぎゃはははは! そんなわけねぇだろ! 邪竜を倒せたのは、俺たち上級職の活躍があったからだ!
お前みたいな下級職がいなくたって、結果はなんにも変わらねぇよ!」
「ふふふ、ディド・ユー・ノウ?
キミのへんな占いに惑わされなければ、もっと効率のいい作戦を展開して、首尾よく事が片付いていたに違いありません」
「そうかもしれない。だが、僕は邪竜の最後の攻撃を予想していただろう。
あれらをまともに受けていたら、近接部隊も弓矢部隊も全滅していたはずだ」
「まったく、あなたは本当に自分のことを買いかぶるのがお上手ですのね。
邪竜の首による攻撃は、わたくしも予想しておりましたわ。
あなたが偉そうに叫ぶよりも、ずっとずっと前にね。
でも言わなかったのは、あの攻撃でやられるのが下級職の者たちばかりだったからですわ」
「そうそう! 火炎弾の落盤も同じだぜ!
弓矢部隊は全員、荷物持ちだから全滅しても痛くも痒くもねぇ!」
それは上に立つ者とは思えないほどの酷い考えだった。
僕を軽んじるならともかく、下級職や荷物持ちの者たちまで、ないがしろにするだなんて……。
しかし幹部以外のメンバーたちも、僕を罵っていた。
「勇者様のおっしゃる通りだ! ここにいる全員、勇者様のために死ねるなら本望なんだよ!」
「そうだそうだ! なんたって、俺たちはギルスター一族の方々に仕えてるんだ!
それなのにお前は、いつもしゃしゃり出てきて邪魔しやがって!」
「あなた、私たちと同じ下級職のクセして、なんで幹部ヅラしてるの!?
いつもただ見てるだけで、偉そうに指示なんか出しちゃって!」
「へんな占いを垂れ流してるだけで、ギルドに寄生しやがって!
いままで上級職の方々がクビにしなかったのが、不思議なくらいだ!」
「出ていけ! 出ていけぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっ!!」
そして始まる『出ていけ』コール。
勇者はニンマリと笑う。
「アストラル、これで反省しただろう。さぁ、俺様に土下座をして靴を舐めろ。
そしてへんな占いをやめて、荷物持ちになると誓え。
そうしたら、情けをかけてやらんこともないぞ」
僕は座っていた小岩から立ち上がり、かつての仲間たちに背を向ける。
すると、怒りと驚きが入り交じった声が追いすがった。
「おい、どこへ行くつもりだ!? マジでクビにするぞっ!?」
僕は振り向きもせず答える。
「去る者は追わず、去る時は縋らず……それが僕のモットーだ」
「まぁたカッコつけやがって! そういうのがうぜぇんだよ!
後から許してくれって泣きついても遅ぇからな!」
「長い間、世話になった。キミたちの未来に輝かしい真実があらんことを」
「おい、ちょっと待て! 特別に、退職金をくれてやるよ!
ここの金貨を持ってっていいぞ! ただし、俺の足元にある金貨だけな!
さぁ、俺の足元に這いつくばって……って、無視すんなよっ!?
最後の最後まで、この俺様のことをバカにしやがってぇ!
今度会ったら絶対に、ブチ殺してやるからなぁぁぁぁーーーーーっ!!」
勇者の怒声を背に、僕は邪竜の洞窟をあとにした。