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11 大聖女ピュリア

11 大聖女ピュリア


 ブライトフォールの山の洞窟から、魔術師の短杖(ワンド)と聖女のローブを持ち帰った僕たち。

 その次の日には、街の聖堂を訪ねていた。


 『聖堂』というのは、女神を祀る施設のことである。

 中に入ると数人の礼拝者がいたのだが、聖女の格好をしたピュリアを見るなり、


「お……おおっ!? なんと清らかな……! きっと、名のある大聖女様に違いない……!」


 みな、ピュリアに膝を折って祈りを捧げていた。

 ピュリアは戸惑った様子でしゃがみこみ、礼拝者たちに視線を合わせる。


「わたくしは、聖女ではなく奴隷です。

 ですので、祈る価値もありません。お顔をあげてください」


「な、なんたる謙虚さ……! あなた様こそ、女神の使いに違いありません……!」


 礼拝者たちは誰も、ピュリアのことを奴隷だとは思わない。

 それほどまでにピュリアは神々しい存在であった。


 建物の奥から出てきた年老いた聖女は、ピュリアを賓客のように迎えていた。


「ああっ、ようこそおいでくださいました、大聖女様!

 私は、このブライトフォール聖堂をあずかるローバと申します!

 大聖女様は、どちらの大聖堂からいらしたのですか!?

 このような小さな聖堂にお越しいただき、大変光栄です!」


「いえ、聖女様、わたくしは奴隷で……」


「女神の奴隷とは、なんたる敬虔なるお言葉!

 ぜひその尊い教えを、うちの聖女たちにお聞かせください!」


 誤解がどんどん大きくなっていく。

 このまま見ていても良かったのだが、ピュリアは助けを求めるような顔で僕を見ていたので、割って入った。


「ローバさん、この子はピュリアといって、本当に聖女ではないのです。

 でも聖女を目指しているので、この子をしばらく、ここで預かってはもらえませんか?」


 するとピュリアは「えっ!?」と目を丸くした。


「アストラル様……それは、どういうことなのですか?」


「ピュリア、キミはここで女神に仕え、聖女の心得を学ぶんだ。

 そうしたら聖女としての力が開花するかもしれないし、もしかしたら記憶も……」


「わたくしのことが、お(いや)になられたのですか!?」


 「そういうわけじゃない」と言おうとしたが、ピュリアは我が子を奪われた母親のように血相を変え、僕にひしっとすがりついてきた。


「わたくしがお仕えするのは、生涯でただひとり、アストラル様だけです!

 わたくしが崇拝するのは、唯一神、アストラル様だけです!」


 膝を折って祈りのポーズを取り、潤んだ上目遣いを向けるピュリア。


「ですからお願いです、神様っ! ピュリアのことを、捨てないでください!」


 それまで見ていたコメッコも、いっしょになって跪いていた。


「神様っ! コメッコからもおねがいするだべ! ピュリア様のこと、捨てないであげてくだせぇ!

 生活費のことなら、コメッコが一生懸命働いて……!」


 僕があれほど言っていたのに、ふたりは禁断のカード『神様呼ばわり』を切ってきた。

 しかも、女神像が祀られている聖堂で。


 これは、子供がオモチャ屋の前で寝転がって「買って買ってー!」とダダをこねる行為に等しい。

 いわば、最終兵器にも近い行動である。


 周囲で見ていた聖女たちや礼拝者たちは、何事かとあんぐりしていた。


「ピュリア様が、女神像じゃなくて、あのアストラルとかいう青年に祈りを捧げているぞ……!?」


「ピュリア様のほどの大聖女様が跪くなんて、きっとあのお方は、勇者様に匹敵するほどの偉大なるお方に違いないわ!」


「しかも、『神様』って呼ばれているだなんて……!

 こうしてはいられません。私たちも、祈りを捧げましょう!」


 ピュリアとコメッコの信仰パワーはとうとう第三者まで巻き込みそうになっていたので、僕は急いで弁明する。


「ピュリア、コメッコ、何度も言うが、僕は神様なんかじゃない。

 それに誤解しないでくれ、僕はただここで、ピュリアに聖女修行をしてもらおうと思っただけだ。

 ピュリアが望むのであれば、僕のそばにいてもかまわないから」


 すると、泣いたカラスのようだったふたりの顔が、カァァ……! と紅潮した笑顔になった。


「ほ、本当ですかアストラル様っ!? ありがとうございます! ありがとうございますっ!

 そういうことなのでしたら、わたくし、一生懸命修行いたします!」


「よかっただべ、ピュリア様! 本当によかっただべぇ!」


 九死に一生を得たかのように喜び合うふたり。

 このふたりは僕のことになると、本当に喜怒哀楽が激しい。


 ……ひと悶着あったものの、ピュリアはしばらくの間『ブライトフォール聖堂』で聖女修行をすることになる。

 修行となると普通は泊まり込みなのだが、ピュリアは僕のそばを離れるのを嫌がったので、アジトから通うことになった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それから新しい生活が始まった。

 ピュリアは朝の家事を終えてから聖堂に出掛け、僕とコメッコは留守番。


 ピュリアは聖堂で聖女修行、コメッコは自宅で魔術の教本を読んで魔術師修行。


 ピュリアは聖堂でいちばんの下っ端だったのだが、その献身的で慈愛に満ちた性格で、あっという間に聖堂の人気者となった。

 それだけではなく、メキメキと聖女の『奇跡』を身に付けていった。


 僕が睨んだとおり、彼女には聖女の才能があるようだ。

 もしかしたら奴隷となる前は、聖職に就いていたのかもしれないな。


 『アカシック・レコード』で見ればそんなことは簡単にわかるのだが、僕はそうはしなかった。

 相手が悪党でもないかぎり、僕は他人の過去を極力覗かないようにしていたから。


 そしてピュリアはたったの一ヶ月で、ローバを越えるほどの奇跡の力を身に付けてしまった。

 最終日である修了式には、僕とコメッコも参列した。


「ピュリアさん、すでにあなたは、私を越える聖女となりました。もう教えることはなにもありません」


「ありがとうございます、ローバ様。これで、よりアストラル様にお尽しすることができます」


「ここは女神を祀る聖堂なのに、あなたはずっと『アストラル様』ひと筋でしたね。

 目に見えるものを曇りなく愛すことができて、迷いなく信じることができるというのは、本当に素晴らしいことですよ。

 多くの子羊はそれができずに迷い、女神様にすがっているのです。

 あなたは『迷いなき子羊』というわけですね」


「はいっ! わたくしはアストラル様の子羊です!

 牧場(まきば)にアストラル様がおられたら、まっしぐらです!」


「ふふっ、いつまでもいつまでも、アストラルさんとお幸せに。

 それでは最後に、聖女としての誓いの言葉を……」


「はいっ! ピュリアは一生、アストラル様にお仕えし、アストラル様にお尽しすることを誓いますっ……!

 アストラル様が望まれるのであれば、この血肉をも……!」


 ピュリアは普段は楚々としているのに、僕のことになるとまわりが見えなくなる。

 どんどん鼻息が荒くなってきていたので、僕は見かねて止めた。


「あの、誓いの言葉はそのくらいにして、そろそろ……」


 「そうですね」とローバさんも頷く。


「それでは最後に、引受人のアストラルさんの腕を取って、この聖堂から退出してください。

 これでピュリアさんは、無所属の聖女となります」


 僕は言われるがままに、ピュリアに向かって腕を突き出す。

 ピュリアは今にも自分の頬をつねりそうな表情をしていた。


「ほ……本当に、よろしいのですか? わたくしのような者が、アストラル様の隣に寄り添うなど……」


「かまわないよ。キミは1ヶ月、よくがんばった。これはご褒美だよ」


 ピュリアは「あ……ありがとうございますっ!」と僕の腕にしがみついてきた。


 いつの間にか敷かれていたレッドカーペットの上を歩いていくと、なぜか天使の格好をしたコメッコが、僕らのまわりを飛び回って紙吹雪をまき散らす。

 礼拝席にいた人たちが立ち上がり、拍手で見送ってくれた。


「お幸せに! アストラル様、ピュリア様!」


「本当に、お似合いのふたりだなぁ!」


「ああん、ラブラブで本当にうらやましい! 私も、結婚したくなっちゃった!」


 ……え?

 なんで修了式が、結婚式みたいになってるんだ?

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