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08:亜人たちの里

「こっちだよー!」


 元気に駆け回るリリルが指し示した先、そこには森を切り開いて出来たと思われる広場があった。

 広場には木で組み上げられた家が並んでいる。まだ組み上げる途中のものも多く、作業に従事する男たちの姿が見える。その男たちを見て、思わず目を見張ってしまう。


(……普通の人と、亜人と呼ばれる特徴を持つ者で半々といった所か)


 亜人は魔物とするには、あまりにも人に近しすぎる。それは自分も同じだと考えると、恐らくは私とサリアのように何かしら人ならぬ形質を受け継ぐようなことがあったのだと推測出来る。

 そんな者たちが共存して集落を築いているというのは、なんとも新鮮な光景だ。


「お父さんー!」

「父上ー!」


 元気よく駆けていったリリルとガルムが、その作業を一歩離れた所で見守っていた男性の足に抱きつく。

 その髪の色に思わず目を見開かせてしまう。それは見事な白金色の髪だ。思わずリュミの髪を思い出してしまうような色に動揺しそうになるのを堪える。


 子供たちの父親と思わしきその男は、落ち着きを払った男だった。身体は鍛え上げられているが、生粋の武人というよりは戦いもこなせる指導者といった方がしっくりと来るだろう。

 足下に縋り付いた子供たちを見つめる視線は穏やかだが、その表情は厳粛なままだ。


「リリル、ガルム。アルルはどうした?」

「アルルはあそこー!」

「お客様と一緒ー!」


 一歩、出遅れたように足踏みをしていたアルルがオロオロとして、視線を彷徨わせている。

 穏やかな目をしていた男が意識を切り替えたようで、目が鋭くなる。真紅の瞳が私を見極めんとするように見つめる。


「……お客人か、名を窺おう」

「名はソナタ。旅の途中でこの子たちと出会い、ここに案内された」

「私はアルガルド・グリーンヘイズ。この森を開拓している部族の長である」

「ほう、開拓民か」

「……そちらは私が把握していない亜人と見受けられるが、部族の名はあるだろうか?」

「いや、私は一人一種の亜人と言うべき存在だ。同胞がいる訳ではない」

「なに? ……そうか」


 アルガルドと名乗った男は訝しげな表情を浮かべたが、すぐに平静に戻る。


「この子たちが連れてきたということは、話し合う意志があると受け取ろう」

「無論だ。子供はいつの時代であろうと宝物だ。大事にして然るべきだ」

「……同胞はいないのではなかったのか?」

「私は元は人だ。私と同種の亜人はいないが、人として生まれたからには家族もいたさ」


 記憶はこの身体になってからは大分朧気になってしまっているが。

 それでも覚えていられるのはサリアのお陰だろう。彼女の記憶が私の記憶を補完していてくれているようで、実感は薄れながらも自分の記憶だと判別出来るものが幾つもある。

 本来であれば私が忘れてしまって、失っていたものだろう。そう思えばサリアには感謝の念しか浮かばない。


 さて、私が元は人だと告白するとアルガルドは再び訝しげな表情となってしまった。

 私の言葉が真実か見極めようとするように鋭い視線を向けている。


「……お前は、カンバス王国の者か?」

「カンバス王国? ……いいや、違うが?」

「では、どこから来たというのだ?」

「それがだな、私は今の私になるまで長く眠っていたらしくてな。どこから来た、と問われてもその国が残っているのかも定かではない」

「……なんと言う国だ?」

「パレッティア王国だ」


 アルガルドの目が細められ、圧が強くなっていく。その気配を察知したのか、アルルが小さく震えているのが見えてしまった。

 私は膝をついて彼女の頭を撫でて、そっと背中を押してアルガルドの方へと向かわせる。どうしていいかわからない、といった様子だったアルルはそのままアルガルドの方へと向かっていくも、べしゃりと転んでしまった。


「……あぅぅ……」

「アルルー!」

「泣くなー!」


 転んで起き上がらず、けれど泣くまいと堪えている様子のアルルにリリルとガルムが慌てて駆け寄っていく。

 そんな光景を見せられてはこちらも構えてはいられず、何とも言えない表情をアルガルドへと向けてしまう。

 アルガルドは目を閉じて、深々と溜息を吐いてから子供たちに歩み寄り、アルルを抱き上げた。そのままアルルの背を優しく叩いて慰めている。


「……詳しい話は場所を移そう。それで構わないか?」

「構わない。子供のいる前でする話ではなかったかもしれんな。ちなみ私は何も武装はしていないし、危害を加えるつもりも謀を企てる気もない。精霊に誓いを立てよう」


 アルガルドは私に頷いてみせて、付いて来るようにと告げてから歩き出した。

 転んでしまったアルルが心配なのか、リリルとガルムがぐるぐるとアルガルドの周りを回っている。そんな家族の姿を見て、ふと疑問に思う。


(……そういえば、彼には狼の耳がないのだな?)


 それでは、彼の妻が狼の耳と尻尾を持つ人なのだろうか。

 そんな想像をしていると、なんだか賑やかな声が聞こえてきた。それは子供たちがはしゃぐような声にも思える。


 近づけばその光景がもっとはっきり見えた。十分に切り開かれた広場で、まだリリルたちよりも幼い子供たちが無邪気に遊んでいる光景だ。

 合計で十人ほどの白金と銀の色彩の狼耳を持つ子供たちが元気に駆け回ったり、棒を槍に見たてたようにしてぶつけ合っている。


 その中で一際目立ったのが母親と思わしき狼の耳と尻尾を持つ女性だ。子供たちに纏わり付かれているものの、まったく体勢を崩す様子が見えない。

 かなり鍛えた人だとすぐにわかった。髪色はリリルたちと同じ銀色であり、彼等の共通した特徴である真紅の瞳には慈しみが込められている。


「あーっ! お父さんだー!」

「リリルお姉ちゃんたちも一緒だー!」

「アルルお姉ちゃんがまた泣いてるぞー!」

「泣いてないもん……」


 傍に寄ってきたアルガルドに気付いた子供たちが標的を切り替えたように群がっていく。そんな子供たちの勢いにアルガルドがやや押されていて、身動きが取れなくなっている。

 その間に母親と思わしき女性が近づいてくる。そして私を見るなり、その瞳の慈しみが消えて怪訝そうな表情となる。


「……アル、彼は?」

「リリルたちが狩りの途中で出会ったらしい。ソナタと言うそうだ。詳しい話を聞くために連れてきた」

「そう」


 アルガルドに確認を取るように言葉を交わした後、彼女は優雅にスカートの端を持ち上げて一礼をした。


「初めまして、お客人。アクリル・グリーンヘイズと申します」

「ソナタと申す。お目にかかれて光栄だ、狼耳のご婦人よ」

「……リカントをご存知ない?」


 彼女の問いかけで、私はようやくリカントが狼耳を持つ人のことを示す言葉なのだと察することが出来た。


「生憎、自分以外の亜人は初めて見るものでな」

「へぇ……では、貴方は開祖なの?」

「……開祖?」

「私たち、リカントのように大いなる力を持つ存在と契約することで力の一部を形質として受け継ぐ亜人。開祖とは、その最初の人なのかという確認よ。貴方からは人にはない匂いもするから、それならそうなのかとも思ったのだけど」


 ふむ。匂いだけでそこまでわかるものなのか? いや、狼の形質を持つ彼女たちは嗅覚によって私という存在を見極めることが出来るのかもしれない。

 元々、隠すつもりもなかったので私は素直に答えを返す。


「そういう意味でなら、私は亜人の開祖と言うべき存在なのだろう。ただ私が契約を交わしたのは大精霊であるが」

「……大精霊?」

「うむ、木を依代にしていた大精霊だ。それ故なのか、私も木を操る魔法を扱えるようになった」


 私は掌を開き、そこから芽を出して、そのまま花を掌の上に咲かせた。

 それを驚きの声と共に興味津々で見つめる子供たち。そんな子供たちに腰を落として花を差し出してみる。


「お近づきの印に、どうぞ」

「すごーい!」

「手品だー!」

「お祖父様みたいー!」

「もう一回やってみせてー!」

「こら、お前達……!」


 まるで人懐っこい子犬のように群がってくる子供たちに私の頬は緩んでしまう。

 アルガルドが子供たちに注意をしているものの、子供であるならこれぐらい元気なのが丁度良いだろう。

 元気よく騒ぐ子供たちの姿を見て、国に残してきた子供たちを思い出してしまう。ほんの少しだけ、切なさが私の胸を締め付けるのだった。

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