07:森の中での邂逅
――長い夢を見ていたようだった。
木々のせせらぎの音がする。鼻いっぱいに緑の香りが入り込んでくる。
目を開く。視界に広がったのは雄々しいまでの深い緑、つまりは森の中だった。
私は木を背にして座っているような姿勢だった。身動ぎをすると全身の感覚が一つの事実を私に教えてくれる。
「……生きている」
声を出すと、つい驚いてしまった。年を重ねて貫禄も出てきた声が若々しくなっていたからだ。
顔の形を確かめるように触れてみると皺などが一切なくなっていた。そして耳に触れた所で違和感に気付く。
私の耳は、サリアの耳のように尖った耳へと変わっていた。力を込めてみると僅かにぴくり、と動くようだった。
「……不思議なものだ」
溜息一つ、自分の身体を見下ろしてみればボロボロになった旅装束を纏っているだけだ。
若々しい身体など、どうにも違和感がある。若き日の頃の自分を取り戻してしまったかのようだ。
「サリア……」
名前を呼んでも返事はない。けれど胸の奥で温かなものを感じたような気がした。
足に力を入れて立ち上がる。改めて自由になる身体の実感に私は一筋の涙を零してしまった。
まだ旅が続けられる。リュミを探し求められる。そんなありがたい奇跡に感謝せずにはいられない。
「ありがとう。約束は必ず果たすとも」
まずは共に世界を巡ろう。そして私の願いが叶った時は、君との約束を果たす。これでまた旅の理由が一つ増えた。
確かめるように身体を動かして、調子を確かめる。意識が今の身体に追いついてきたからなのか、脳裏に私の記憶ならぬ記憶がよぎった。
「これは……サリアの記憶か」
その記憶は、まるで私を誘導するように一つの知識を与えた。
私は拳を握り、そのまま開く。すると私の手から芽が生えて伸びていく。それは幾重にも折り重なり、木の枝を生やした。
「……ほぉ、確かに魔法だな」
ぽん、と木の枝から花が咲く。その実が果実となり、私は丁重にもぎ取る。
果実を口に含めば瑞々しい甘酸っぱさが口の中に広がった。あまりの美味に喉を詰まらせてしまいそうになった。
これがサリアが私に残した〝魔法〟の力。彼女自身が扱えた魔法は私に与えられることとなった。
出来ることは木を始めとした植物を自分を媒介にして出現させられること。あとは草木に力を与え、操ることも出来そうだ。
私はそのまま木の枝を望む形へと加工して杖へと変える。何度か振り回してみたが、急造の武器としては問題はないだろう。
自分が携えていた筈の剣がなくなっていたので、とにかく自分の身を守れる力があることに越した事はない。
「……さて、行くか」
そして私は旅を再開させた。一体、どれだけの時間が経ってしまっているのだろうか。
まずは森を抜けて人里に辿り着かなければならない。一度、旅支度を整え直さなければいけないだろう。
草木を踏みしめる感触に笑みを浮かべながら、私は歩を進めた。
* * *
――そして、三日が経過した。私は迷子になっていた。
「……うむ。この身体は便利だが慣れんな……」
この身体は空腹は感じるが、その空腹感も微々たるもので動き続けることにまったく問題がなかった。
眠気も薄く、多少うたた寝でもすれば十分だった。魔力さえしっかり補充出来るならばいつまでも動き続けられるかもしれない。
だが、そんな身体に私は些か気疲れを起こしてしまっていた。腹が減っても食欲が沸かないのは不思議だし、眠っていないと時間感覚が狂ってしまいそうになる。
だから私は人であった頃の習慣を大事にした。腹が減れば木の実を囓り、喉が渇けば水で喉を潤す。眠たくなればキリの良い所まで進み、そして眠る。
意識して人の習慣を維持しようとすると、この身体であれば勿体ない気もしなくはなかったが心まで人を止めてしまいそうになるので続けていくしかないだろう。
「これが精霊契約者の感覚なのだろうか?」
だとするなら便利でもあり、そして不便でもある。一人で生きていくなら困らないが、人の世の中で生きていくのは大変だ。
リュミも苦労したのだろうか? と思いながら果実を囓る。自分で生やした果実は魔力を消費してしまうので、口の慰めぐらいにしかならないが食べないよりマシだ。
「しかし、森が深いな。川沿いに進めば何かあるかと思っていたのだが……」
この身体になる前の記憶などまったくもって頼りにならない程、この森は様相が変わってしまっていた。
見つけた小川を下るようにして移動していれば人里にでも辿り着かないかと思っていたが、なかなかその気配はない。
「まぁ、良い。気楽に旅を続けるのもアリだ。こういう人気のない所を選んでリュミは住み着いてるやもしれぬしな」
そんな想像をしながら歩いていると、不意に森のせせらぎとは別の音が聞こえてきた。
何かが勢い良く森の中を駆け回っている。その音を聞きつけるのと同時に私は杖を剣のように構え直して周囲を警戒する。
(獣か……? それとも魔物か……?)
気を緩めることなく警戒を続け、そして斜め前の茂みから音が近づいて来るのを感じ取って身体をそちらへと向ける。
そして茂みから顔を出したのは――まだ幼い子供だった。
「わぁ!」
「……子供?」
年齢は七歳ぐらいの銀色の髪に赤色の瞳を持つ女の子だ。服装は森の中でも動きやすい軽装だ。そして奇異なのは、その頭に生えた狼の如き耳だ。
その手には槍のような武器を構えていて、私をびっくりとした顔で見つめている。そのまま暫し、私と少女は見つめ合う。
「知らない人だ!」
「……うむ。初めましてだな、幼子よ」
「初めまして! 知らない亜人さん!」
「? 亜人?」
「え? その耳、普通の人じゃないよね? どこの部族の人?」
「部族……? いや、普通じゃないのは君もだと思うが」
「リリルはリカントでヴァンパイアだよ! グリーンヘイズの娘!」
リカントに、ヴァンパイア、そしてグリーンヘイズ。
まったくもってそれが何を意味するのかはわからない。ただ、リリルと言う名の少女は私に敵意がある訳ではないようだった。
すると、がさがさと茂みを揺らす音が増えた。リリルが振り返ると、そこにはリリルとそっくりの少年と少女が顔を出した。
「リリル! 獲物はいた?」
「ガルム! アルル! 見て、知らない亜人さん!」
「ひゃ……知らない人……」
少年は元気そうで、もう一人現れた少女はどこか大人しい印象を受ける。
三人とも同じような顔をしていて、狼の如き耳と尻尾を持っている。違いをあげるとするならリリルは肩にかかる程度に髪を切りそろえていて、ガルムと呼ばれた少年はヤンチャ盛りのさっぱりとした髪型だ。
アルルと呼ばれた大人しい少女は目元が隠れそうなまで前髪を伸ばし、腰まで届く髪を三つ編みに結んで纏めている。
「知らない人! お前は誰だ!」
ビシッ、と指を指してガルムと呼ばれた少年が問いかけてくる。
「うむ、私は知らない人だ」
「それは俺もわかるぞ! 俺はガルム・グリーンヘイズ! グリーンヘイズの次の長だぞ!」
「まだ決まってないのにガルムの嘘つきー」
「なんだとーっ!」
「あぅ……け、喧嘩は駄目……」
元気が良いと言うべきか、騒がしいと言うべきか。リリルとガルムが睨み合って唸り合い、アルルがオロオロしたように私たちに視線を巡らせている。
部族やグリーンヘイズの娘と見るからに、この子たちはグリーンヘイズと名乗っている部族の一員の子供か何かなのだろう。
これは、もしかしたら人里に辿り着く絶好の機会なのではないだろうか? 私は子供たちと目線を合わせるように膝をつく。
「私はソナタ、旅人だ。君たちはリリル、ガルム、アルルと言うんだね?」
「そうだよー」
「そうだぞ!」
「ひぅ……は、はい……」
それぞれの反応を返してくれる子供たちに笑みが浮かびそうになる。敵意はないし、こっちを警戒した様子はない。
「実は、お兄さんは迷子でね。良ければ道案内をして貰いたいんだが」
「旅人なのに迷子?」
「方向音痴なのか?」
「ふ、二人ともぉ……」
不躾な質問を投げかけてくるリリルとガルム、そんな二人に今にも泣き出しそうになってしまっているアルル。
さて、この元気な子供たちと上手く話が進められると良いんだが。




