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05:王であることとは

「ねぇ、ソナタ。お前の話を聞かせて?」


 サリアに名前をつけると、彼女は頻繁に私と会話するようになった。

 彼女が私の意識に触れた時だけ、私は生前の頃の感覚を取り戻すことが出来る。だからこそ、この時間は今の私にとって掛け替えのない時間となっていた。


「何が聞きたい?」

「ソナタって王様だったのよね?」

「あぁ。既に王位は息子に譲ったがな」

「王様ってどんなことをするの?」


 サリアは知ろうと思えば私の魂に触れることで全てを知ることが出来る。実際、彼女は私の記憶を通して知っている筈なのだ。

 それでもサリアは私に問いかける。私の言葉で、その事実を再確認しているかのように。


「国に住まう民を守ったり、生活するための取り決めを定めたり、色々なことをした。難しいことは周りの人がやってくれた。特にヴィオレーヌ・マゼンタという優秀な家臣がいてな、あいつがほとんど仕事をしていたと言っていても良い」

「ヴィオレーヌ。リュミの家臣だった人ね?」

「あぁ、そうだ」


 リュミの腹心であり、忠臣であったヴィオレーヌ。彼女もリュミと同じように精霊契約を交わした一人であったが、リュミの次の世代を見届けるまで支えて欲しいという願いを受けて今も働いているだろう。

 ヴィオレーヌが国に残ってくれたのは、全てはリュミの願いだからだ。そしてリュミの願いは次世代が立派に育ち、眠りにつく時に終わるだろう。ヴィオレーヌ自身もそう定めているようだ。

 見届けることは叶わなかったが、彼女が良き生を歩んでくれることを祈ってしまう。


「……永遠に生きられるのに、命を捨てるのね」

「それがリュミの願いだった。己の内なる精霊と契りを交わした者には絶大な力と悠久の時が与えられる。だが、その大きな力は時に国を狂わせてしまう」

「だからソナタは、貴方の前の国王様を討ち倒したのね」


 ソニアに告げられた言葉に、私は思わず目を閉じてしまう。


「……あぁ、偉大な王だった。そして偉大であるが故に悲しい王であった。討ち果たさなければ救えない人だったのだ」


 パレッティア王国の開祖にして初代国王。リュミの父親であるかの御方は、救世主であった。

 あの御方が尽くしてくれた尽力がパレッティア王国の礎を築き上げた。魔物の脅威にも負けぬ国を作り上げ、多くの者に幸せを享受させた。

 今でも尊ぶべき人だったと思っている。だからこそ……この手で討ち倒さなければならなかった。


「……精霊契約は、己の願いに縛られる。一度定めた縛りから逃れることは出来ないと言っても良い。民の救いである王であること。あの御方はそう願った」

「……うん」

「自身と並ぶ精霊契約者を導き、国を大きくした。民は幸せを手にした。しかし、苦難が遠ざかった幸せに民の目が曇っていった」


 我らを追放した排斥者に復讐を。偉大な王による支配を。もっと贅をこらした豊かな富を。

 民の幸せを求める声は止まらない。流れる川の水を堰き止めるのが難しいように、その声は溢れ続けた。


 少しずつあの御方は狂っていった。その姿を間近で見ていたのは他でもないリュミだった。

 父を討ち倒すと決めた彼女との夜を、私は今でもまだ覚えている。



   * * *



「ソナタ。私は……父上を救いたいわ」


 私たちの目の前に広がっていたのは、焼け野原だった。

 そこには無数の焼け残った死体と武器が転がっていた。焼け落ちた匂いと血の香りが入り交じったここは死が満ちていた。


 死者はざっと数えて三百人ほど。全てはパレッティア王国との境界線で防衛をしていた他国の者たちだ。

 それが国王の魔法によって一瞬にして灰燼へと帰した。ここには砦もあったが、それが無惨にも崩れ落ちている。

 その光景を真っ直ぐ見つめながらリュミはその手を強く握り締めた。


 彼女の姿は変わらない。私と出会った時から、ずっと。

 その間に私は年を重ねた。それが私と彼女との歩む時間の違いを突きつけていた。

 私は既に青年と言う時期を通り過ぎてしまっているのに、彼女は少女のままだ。


 それは国王にも適応される。国王となってしまったあの御方は、もう変われないのだ。

 変わってしまったのは、私たち民の方だったのだ。


「……民が憎い訳ではないの」

「リュミ」

「でも、醜くなっていくのには耐えられない。父上の願いが穢されていくのに耐えられない。私たちの力は、もう民には過ぎた力なのかもしれない。それがどんなに民を愛した力であっても、こんな光景を生み出すことが、国の民ならぬ人を討ち滅ぼすことが父上に願ったことなのだと認めたくないの」


 それは、下手をすればリュミ自身が歩いていた道だから。

 だからこそリュミは震えている。私と出会って、人らしさを知って表情も増えていた彼女は外見相応の振る舞いも増えていた。


 民を愛している。それは偽りない思いだろう。だから民が許せない。それも、また偽りのない思いだったんだろう。

 この孤独の月のようなお姫様は、それでも空から見守るように民の姿を見つめ続けてきたのだから。


「私が間違ってると思う? ソナタ。貴方も救われるべき民だわ。父上の進むこの道の先に貴方たちの真の幸福があるなら……正されるべきは――私かもしれない」


 だから、と。言いかけたリュミの言葉を続けさせないために私は彼女を強く抱き締めた。

 小さな身体だ。それなのに絶大な力を持つというだけで大きな責務が彼女の肩に乗っている。

 だからこそ彼女は間違った存在になってはいけない。では、間違いだとするならそれは何なのか?


「リュミ。君はお父上がこのまま虐殺をしてまで国を栄えさせたとして、笑えるかい?」

「……ソナタ?」

「君の笑顔を見るためなら、持ち得る全てをかけて君のために戦う。だからリュミ、君が笑っていられる道を君自身が示すんだ。君が決めていいんだ。その道を阻む者は誰であろうと俺が立ち向かうから。君だけの味方に俺はなるから」


 この時の私に出来ることなどそれしかなかった。剣を振るい、思いを真っ直ぐ伝えることしか出来なかった粗忽者だ。

 出来るとしたら、その道にどんな結末が待っていようともリュミの味方でありつづけることだ。それだけは胸を張って精霊に誓うことが出来る。


 後ろから抱き締めていたリュミが小さく震えていたのを、よく覚えている。喜んでいたのか、悲しんでいたのか、それは今でもわからない。

 ただ、この日。私たちは偉大なる王に叛逆することを決意した。



   * * *



「――皮肉なことに、国王を討ったのは私だった」


 サリアの頭を撫でながら、私は語り聞かせるように言葉を続ける。


「王に並び立つ力を持つリュミではなく、単純な力では劣る私が王を討ち果たせた理由は単純にして明快だった。……私は、あの御方にとって守られる民だったからだ」

「……守られる民だったから?」

「民のためにある王は、民から自分を守れない。民が己を不要とするなら存在意義を失ってしまう。逆臣でもなく、ただ皮肉にも王とその娘を思っていた私に……国王は破れたのだ」


 精霊契約者の魔法に私が逆立ちして叶う筈もなかった。決着はリュミ自身がつけると、そう取り決めていた。

 しかし、いざリュミがあの御方を殺し合ってしまった時にリュミが躊躇ってしまった。己の願いに準じた王と、己の願いに惑ってしまったリュミ。それが差となってリュミを追い込んだ。


 王にトドメを刺した時、私はただ無我夢中だった。

 リュミの息の根を止めようとしている国王に飛びかかるようにして剣を振るった。



『――やはり、おかしな話だとは思いませんか!? 親が娘を殺そうとするのも、娘が親を殺そうとするのも! これが貴方の望んだ国なのですか、王よ!!』



 魔法を撃つよりも早く、距離を詰め続けて私は王に立ち向かった。

 そして、あの御方は全てを悟ったように私の剣を受け入れた。悲しみもなく、怒りもなく、ただ受け入れるように。

 王と間近で対面したのも、王と言葉を交わしたのもそれが最初で最後だった。


『我が民にして心清き若者よ、問う。お前達に余は……もう、要らぬか?』

『……貴方に育てて頂いたお心は、ここにございます。貴方が守られたものはここにあります。俺は、俺たちは――確かに幸せでございました……!』

『……そうだ、そうだったな。親とは、子に託すものであったな。余は王であり、娘を設けたが……親には、なれていなかったか』


 私との短い問答で、あの御方は笑って目を伏せたのだ。



『――良い、許す。……後を、娘を頼むぞ』



 そうだ、託されたのだ。同時に奪い取ったのだ。

 尊き御方の命を、使命を、役割を。次の世代である私たちに託してあの御方は旅立った。

 だから、私たちは全てを過去にするべきだと思った。絶大な力にて、民の願いを余すことなく叶える神の如き王など求めてはならないのだと。


「……でも、だから貴方たちは別れなければならなかった」


 サリアが私の目を見て問う。そこには悲しみ戸惑いが溢れていた。

 そうだ。あの御方の偉業を否定するならば、王を継ぐ者であったリュミは……いてはならない存在だった。

 王を倒したのは、私であるべきだったのだから。だから、リュミが一時の女王として全てを私に引き継がせた。次に国を導く象徴の王として。……そして、全てが果たされた後、彼女は姿を消した。


「それで良かったの?」

「あぁ、疑ってない。私たちは間違っていない」

「……でも、貴方は彼女を探してる。最初から傍にいたいと、傍にいれればと思わないの?」


 サリアの問いに、私はゆっくりと首を左右に振った。


「そうでなければ私たちの願いは正しく果たされない。正しく果たしたと信じられたから、私は彼女に告げたいだけなのだ。――私たちは、間違っていなかったと」


 それだけで良かったのだ。そうして確かめ合えれば、それで私は終わっても良かった。

 私たちの選択は正しかったと、そう言って幕を下ろしたかったのだ。でなければきっと、あの優しいリュミのことだから自分で終わらせることが出来ないだろうと思ったから。


 リュミと時間を共に過ごせれば、それは幸せだったのだろう。

 けれど私たちは自分たちの幸せ以上に追い求めたことがあった。私たちがお互いに何の蟠りもなく満足を得られるのだとしたら、その先の続きにしかないと思うんだ。


 リュミ。君はまだこの世界のどこかで生きているのだろうか? 優しい君のことだ。自分の存在が間違いだって思い込んで、それでも誰かを助けているんじゃないだろうか? その度に傷ついてはいないか?

 父上と戦った時の君のように泣いてはいないだろうか? 人を諦めてしまっていないだろうか? 昔の君の面影は残っているんだろうか? 思えば思う程、ただ、願ってしまう。



 ――君に会いたいよ、リュミ。


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