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03:追想と名前

 夢を見る。繰り返し、何度も振り返るようにして。

 ずっと色褪せない思い出を。リュミと重ねた日々のことを。



   * * *



『――貴方、この前の剣士ね?』


 王のために築き上げられた城、その中にある演習場で一人稽古に励んでいた私に声をかけてきた。

 その人こそ、私が見惚れたこの国の姫、リュミエル・レネ・パレッティアその人だった。


『姫様、わざわざこのような場所にどうして?』

『貴方を見かけたから。……少しお話に付き合ってくださるかしら?』


 月のように静謐な、孤独な満月。私は彼女との出会いの際、そんな印象を持っていた。

 実際、顔を合わせて言葉を交わしてみるとリュミには感情の揺らぎというものがないようにも思えた。言葉に乗せる感情の色も、表情の変化も乏しい。

 だからこそ、当初は困惑した。興味も関心も抱かそうなこの人が、わざわざ自分のような一介の剣士に話かけてくることそのものに。


『お名前を聞いても?』

『……ソナタです』

『ソナタ。……そう、ソナタ。覚えておくわ、じゃあ、また』

『は?』


 唐突に現れて、そして唐突に去っていく。掴み所のないやり取りに呆気取られてしまったのは、今でもよく鮮明に覚えている。

 それから何かとリュミは前触れもなく訪ねては、ふらりと去っていく。そんな日々が始まった。


 戦場でも一緒に戦うことが増えた。

 剣士としての才能に恵まれた私は最前線で切り込み役を担うことが多く、生まれた突破口を押し広げるのがリュミの役割になっていた。


 魔法使いは圧倒的だった。しかし、圧倒的でも絶対ではない。唯一、絶対者と言えたのは開祖である国王のみだった。

 リュミとて国王に次ぐ魔法使いであったものの、自分に無頓着な一面があった。それ故の無謀も多く、自然とリュミの進軍に同行出来る私が補佐するようになっていた。

 日常での逢瀬と、戦場での連携と。お互いがお互いのことを知る時間は増えて、その関係は密接になっていった。


 何でもない日常の話をリュミにした。

 興味を持ったリュミに請われて、街を案内した。

 民の生活を知らぬリュミに語って聞かせたこともある。


 執着もなにもないと思っていたリュミが、実は表情に出ないだけで好奇心の塊だったと知ったのもこの頃だ。

 そう、誰も教えなかったのだ。笑うことも、怒ることも、嘆くことも……楽しむことでさえ。

 私にとっては当たり前の生活。それこそが、彼女にとっては語り聞く御伽話のようなものだった。


『ソナタ』


『ソナタ!』


『――ソナタ』


 逢瀬を重ねる度にリュミの声や仕草に感情が宿っていく。

 それを愛おしいと思える、私たちにとって輝かしいまでの日々だった。

 忘れることはない。忘れることなんて、出来ないのだから。


 ――だから、私は今日も夢を見る。



   * * * 



「……嘘でしょ?」

「……む? 君か」

「あり得ない。……本当に人間?」


 不意に記憶を思い返すことしか出来なかった空間に変化が訪れた。

 暗黒だった意識が例の緑髪の少女を捉える。少女は呆れたように、そして驚いたように私に対して呟いていた。


「正真正銘、混じり気のない人間だが?」

「……そうね。お前から精霊の匂いが一切しないもの。変な人もいるのね」

「あぁ……それはリュミも言っていたな」


 何でも、私は魂に一切精霊が含まれていない稀なる人らしい。

 精霊とは世界の欠片であり、生きとし生けるものには精霊が含まれるのが自然なのだと言う。

 しかし、私は魂に精霊が含まない。純粋なる人の魂を持つ人、リュミは稀人と呼んでいたが、珍しい部類ではあるのだろう。


「……普通の人だったら、こんなに長く意識を保ってられる筈ないもの。身体を失ったら大精霊だって意識してないと世界に溶けて消えるのよ? なのに、なんでお前は一向に弱りもしないのよ……」

「そんな事を言われてもな、困るぞ」


 私がそう言うと、少女が怒ったように眉を上げた。癇癪を起こしたように彼女は叫び出す。


「私の方が困ってるわよ! お前のせいで腹が膨れたままなのよ! なのに消化した気分も味わえない! 生殺しなのよ!?」

「だったら何故、私など呑み込んだのだ?」

「こうなるって知ってたら私だって呑み込んでないわよ! 本当に鬱陶しい! 来る日も来る日も、嫌というほどリュミとやらが愛おしい奴だって思い返してるんだもの。口の中が甘ったるくなるわ!」


 どうやら、私の思考というのは彼女には筒抜けになってしまっているようだった。

 申し訳ない、という思いも多少は出るが、そもそもが私など呑み込んでしまったのは彼女だしなぁ。

 その思考が読み取られたのか、ぎろりと睨むように少女が目尻を上げる。


「あーーーーっ! 死ね! 早く死ね、クソジジィ!」

「いや、死んでるらしいが……」

「だったら……消えればいいじゃない」


 今までの勢いを萎ませたような、とても静かな声で少女は言った。

 それはまるで、迷子の子供が気弱げに彷徨っているような姿を思わせる。


「お前は死んだの。もうどこにも行けないの。リュミって奴にも会えないし、言葉も届けられない。……馬鹿馬鹿しいと思わないの? 思い出を何度も思い返したって、無駄なのよ?」

「無駄かもしれない。だが、私にとっては無駄ではないな」


 だから無駄だという問答はどうでも良い。それだけははっきりしている。


「無駄だと言うなら旅を始めたことすらも無駄……いや、無価値だと言うべきだろうな。見つかる筈もない。見つけて言葉を届けても失った時間は戻らない。やり直しだって出来る訳でもない」

「……だったら」

「この後悔すらも、私が幸せだった証だ。そこに何を恥じる必要がある? 私は心の底から後悔して、彼女に会いたいと思った。そしてここまで来た。そしてここで終わる。あぁ、確かに何も得るものはなかった。だが――何もしないよりは、絶対に心が躍っていた」


 それで良い。それで十分だったのだ、旅の理由など。

 叶えば良いとは思う。叶えたかったとも思う。だが、叶わなかったからといって元から見果てぬ夢なのだから嘆くこともない。

 だから消える必要などない。最後の最後まで、この意識が続くなら思い続ける。


「私はリュミを愛している。それだけは曲げたくないからな」

「……愛。愛してる? 愛されてる? わからない、知らない、理解出来ない。なのにいちいち追体験される私の気持ちがわかる?」

「ふむ。どういう気持ちだ? 生憎、私は君ではないのでな、正解はわからない」

「――さっさと、消えろ」


 冷たく、けれど力なく言い捨てて少女の意識が遠ざかっていこうとする気配を感じた。

 その前に私は少女へと問いかける。


「待ってくれ、君の名前を教えてくれないか? いつまでも君では不便でな」

「……名前?」


 遠ざかっていくような気配を出していた足が、まるで足を止めるように動きを止める。

 名前を問われた少女は暫く黙り込んでから、私の質問に答えてくれた。


「名前なんてないわ」

「なに?」



「私は生贄として育てられただけの子供よ。だから名前なんて、誰もつけてくれなかった。私を呼びたいならこう呼びなさい。ただの〝贄〟とね」

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