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16:月を食む

「……ソナタ」


 俺の胸元に顔を埋めたまま、ようやく落ち着いてきたリュミが俺の名前を呼ぶ。

 確かめるように強く抱き締めてくるリュミの背中を労るように何度も撫でてやると、リュミが顔を密着したまま顔を上げた。

 本当に別れた頃と変わらないままの姿に様々な思いが込み上げてくる。それはリュミも同じなのか、彼女の涙は止まる様子が見えない。


「それにしても、よく俺だとわかったな」

「……耳と髪の色は変わったけれど、貴方だったもの。それに魂の気配は変わらなかったわ。確信が持てなかったのは、そこに別のものも同化してたからだけど……」

「色々あったのさ」

「私と同じね」


 ぽろぽろと涙を零しながらもリュミは微笑んだ。その笑みが記憶の中にあるリュミと重なって、彼女がここにいるのだという実感が強まっていく。

 身体が自然と動いて、リュミの流す涙に口付けをする。涙の味がほんのりと口の中に広がっていく。するとリュミがそわそわと身動ぎをした。


「……リュミ?」

「や、やめてよ、恥ずかしい……」

「君が照れるのは珍しい」


 なんだかんだとワガママを通してケラケラと笑っていたのがリュミだった。なのに照れた様子で身を揺すっているのは珍しい。

 俺の指摘にリュミが機嫌を損ねたように眉間に眉を寄せ、唇を尖らせた。けれど、その表情も長続きせず、ぎゅっと何かを堪えるような表情へと変わった。


「……やだ、だって、自分じゃどうしようも出来ない」

「リュミ」

「ソナタがここにいるなんて、まだ信じられない。でも、貴方はここにいるの。都合良い夢を見せられてるみたいで……」

「そうだな。夢のような現実だ。ここが俺たちが別れてから五百年以上経った未来で、それなのにこうして再会出来るなんて信じられない話だ」


 リュミにそう告げながらも、俺は彼女を強く抱き締める。頬をすり寄せて、お互いの存在を確かめ合う。


「それでも現実なんだ。俺たちはこうして言葉を交わしている。あの日の続きを始められてる」

「……あの日の続き」

「あぁ。俺は王様を止めたし、国も精霊契約者や魔法が絶対的なものではなくなってきている。俺たちが望んだ国を後継者たちが形にしてくれた。俺たちはようやく自由になれるんだ」


 あやすように背中を撫でながら告げるとリュミからも頬をすり寄せるように身を寄せてくれた。温もりや香りがを知覚出来る全てで受け止める。


「……どうしたらいいのかしら、困ったわ」


 そっと密着していた身を離して、俺を見上げながら泣き笑いの表情でリュミは言う。

 俺はリュミの目を真っ直ぐ見つめて、そのまま顔を寄せていく。唇が触れ合い、互いの吐息が重なる。何度も啄むようにリュミの唇を噛むとリュミからも寄せるようにキスをしてくる。

 リュミは目を閉じて夢見心地のまま、俺に身を委ねている。その表情に衝動的に俺は彼女を抱きかかえて立ち上がった。


「ひゃっ!? な、なに?」

「部屋に戻る」

「へ、部屋って……」


 何を想像したのか、恐らくは俺の考えを読んだリュミが一気に顔を朱に染めた。

 うむ。これ程に狼狽しているのは初夜の時を思い出す。あの時はもっと余裕たっぷりに見せようとしていたが、余裕がなくなった時はこんな感じだったな、と。


「正直、俺も言葉にするのが困る。だが、このままもどかしいのは辛抱が出来ない」

「ちょ、ちょっと待ちなさいっ」


 横抱きにされた状態でリュミが暴れようとするも、俺はものともせずにリュミを抱えてアニスフィアに宛がってもらった客室を目指す。


「ま、待ってソナタ、お、おお、落ち着きなさい?」

「至極、落ち着いているが」

「だったら降ろして!?」

「悪いが断る」

「それが冷静じゃない証拠よ!」

「いや、冷静かつ理性的に事に及ぼうとしている。安心して欲しい」

「何一つ安心出来ないわよ! ほ、ほら、離宮にはアニスフィアたちがいるのよ!?」

「…………問題ない」

「ある! あるからぁっ! 待って、本当に待って……! せ、せめて汚れ! 汚れを落とさせて!」

「君は汚れていないし、別に変な香りもしないが?」

「心の準備をさせろって言ってるのよ!!」


 身を起こすようにして迫ってきた頭突きに、俺は火花が散るように星を見るのだった。



   * * *



 離宮に戻ると仕事の途中だったレイニと遭遇した。俺の腕に抱きかかえられていたリュミを見て、レイニが目を丸くしていた。

 リュミが風呂に入りたいと伝えると、レイニの目が酷く穏やかになったような気がした。その目から逃げるようにリュミは風呂へと逃げ去っていった。


「あのリュミ様があそこまで感情を露わにして慌ててるのは初めてみました」

「そうなのか」

「えぇ。いつもはからかう側で、何を考えているのか掴めない人でしたから」


 クスクスと笑うレイニを見て、俺はようやく落ち着きを取り戻した。衝動的にリュミを部屋に抱えていこうとしたが、ここではあくまで俺は客の立場だ。

 自分の気を静めるように息を吐いて、熱を逃がそうとする。リュミとのいきなりの再会で自制しきれていなかった自分を戒めていく。


「……枯れてないことに喜ぶべきなのかわからんな」

「それはリュミ様も同じだと思います」


 思わず呟いてしまうと、呟きを聞き届けたレイニに相槌を返されてしまう。俺は気まずくなって頭を掻いてしまう。


「すまない。決して不埒なことはしないと誓うのでお目こぼしを貰えると……」

「ソナタ様」


 レイニは言い訳がましい言葉を遮るように俺の名前を呼ぶ。その顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。そのまま口元に人差し指を添えて、しぃ、と息を吐くように告げてから片目を閉じた。


「再会に水を差すようなことはしませんよ。どうぞ、お心のままに。……ただ、事前に言って貰えると朝の始末も気が回せますので、逆に申告してくれた方が助かります」

「……気遣い、感謝する」

「いえ、アニス様でもユフィリア様でも同じ答えを返すでしょう。……どうか、リュミ様をよろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げられると、俺はどんな顔をしていいのかわからなくなってしまいそうになる。

 だが、彼女たちはリュミを気遣ってくれる。そう思い合えるだけの関係があることを嬉しく思ってしまう。だから俺は笑みを浮かべて返答する。


「あぁ、そのつもりだ」



   * * *



 俺が与えられた客間に戻って暫くすると、ドアのノックする音が聞こえた。

 入室の許可を出すと中に入って来たのはリュミだった。その姿に俺は目を丸くしてしまった。

 先程までリュミは黒を基調としたワンピースやローブを纏っていた。しかし、今の彼女は白の寝間着へと着替えていた。例えるとするなら、無垢。その一言がよく似合う。


「……こ、これはレイニが勝手に……」

「そうか」

「……」

「……こっちに来てくれるか? リュミ」


 リュミを手招きすると、無言のまま彼女はベッドに座っていた俺の隣に腰を下ろした。

 隣に座った彼女の手に自分の手を重ねると、びくりとリュミが身動ぎをした。その仕草に俺は堪らずに隠せなかった笑い声を零してしまう。


「……何よ」

「いや、おかしくて」

「どうせ滑稽よ、今更こんなの」

「あぁ……今更だな」


 俺はリュミの手を握りながら、思わず目を伏せてしまった。


「今更だと、まだ俺たちは言い合えるんだな」

「……ソナタ」

「だからこそ思ってしまう。これはやり直しではなくて、やっぱりあの日の続きなんだと」


 目を開いてリュミへと視線を向ける。リュミもまた俺を見上げるように見ていた。

 そしてお互いに見つめ合っていると、リュミが一度目を閉じてから不敵な笑みを浮かべた。


「……それもそうね。えぇ、別にやり直す訳じゃないのね」

「あぁ」

「また会えたのね」

「また会えたんだ」

「それだけの話ね」

「あぁ、それだけだ」


 リュミが座ったまま背伸びをするように身を寄せて、俺は合わせるようにキスを交わす。

 そしてお互いに見つめ合ったまま、どちらからでもなく笑ってしまった。


「ソナタ」

「何だ?」

「……私、とてもお腹が空いてたみたい」


 自分のお腹を撫でながらリュミはぺろりと舌を出してみせた。その表情を見て、俺はリュミの頬に手を添えて彼女の舌ごと食むように口付けた。

 あまりにも瑞々しくて堪らなくなる。そんな思いが滲み出すままに、俺は衝動に身を任せた。



 

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