第48話 果たされた願い あかねのリノベーション Bパート
福島第一原発にやって来たあかね。
目的は原子炉の廃炉だ。
一言で「廃炉」というが、具体的にどういう状態に持って行けば「廃炉」なのか。
本来的な定義は建屋を解体し、その場所を「更地」にする事だ。
しかし、国と東京電力は、建屋を解体して更地にするまで作業を行うかは今の段階では決められないとしていた。
技術的に何が可能なのかということも見極めていく必要があり、それによって「廃炉」の意味も変わると。
でもわたし達は「本来の定義」を目指している。
きれいさっぱり原発を更地にするのだ。
廃炉を向けての最大の問題は原子炉の内のデブリの除去だ。
デブリとは冷却できなくなった核燃料が原子炉の構造物を溶かしてできたゴミの事。
もちろん、高濃度の放射性廃棄物だ。
今は冷却水の中に浮いている。
デブリの除去が困難なのだ。
人間が入る訳にはいかないので遠隔操作を行うのだが、専用の機器でも一回数グラムずつしか除去できない。
しかしあかねはそんなまだるっこしい事はしない。
黒いフレコンバッグを肩に下げて原子炉2号機の前に現れた。
「作業を開始します」
建屋まで徒歩で侵入、扉を閉めた上で密閉された空間である事を確認する。
「安全確認ヨシ、です」
地震の際は水素爆発によりパネルが外れたりしたが、今は大丈夫そうだ。
密閉されている事を確認するとあかねは丸のこぎりを取り出し、腕部を交換。
原子炉に人一人が入れそうな穴を空けた。
そして、原子炉底部の冷却水に勢いよく飛び込んだ。
人間なら被ばく免れない放射線量だが気にしない。
もちろん、防水加工はバッチリ。
水泳も特訓済みでバッチリ。
フレコンバッグにデブリを詰め込む。
詰め込み終わると自分の開けた穴から脱出。
もちろん、大量の放射線を浴びている。
しかし、建屋を入ってすぐの場所に、あらかじめ専用の放射性物質用のコンテナが置いてある。
あかねはデブリの入ったフレコンバッグを持ったまま、コンテナに入る。
「それでは皆さん、ごきげんよう」
コンテナの蓋を閉じればもちろん真っ暗だが、あかねの目は暗がりでは自動的に灯りをともす。
その灯りを頼りにあかねはコンテナを内側から施錠した。
それが済んだあかねは灯りを消す。
そして……、
「データ転送後、シャットダウンします」
パソコンの画面がブラックアウト。
とっくり放射線を浴びたあかねは、このままここで機能を停止するのだ。
ちょっとかわいそうな気がしてきちゃう。
ただ、あかねによると、
「普段から部品はメンテナンスでとっかえひっかえです。
新陳代謝のようなものです」
と、言う事らしい。
建屋の間の移動による放射性物質が飛散を防ぐための処置だ。
コンテナは後に回収して、安置する。
この後、ほどなくして我が家のパソコンには「PSY-SERIES」のロゴが大きく映し出される。
光が差し込んだと思うと、景色がはっきり見えてきた。
そこは乗って来たバスの中。
バスの中には実はもう二体のあかねがいた。
ただし、メモリの入ってない、起動していないロボットのあかねが。
今、視覚情報を送っているこのあかねがデータの転送先だったのだ。
さっきのロゴは起動画面。
あかねが起動した時、まっさきに目にするのがあれらしい。
「2号機でのミッションは無事完了しました。
データの転送も問題ありません。
では1号機に向かいます」
デブリの除去をしなければならない原子炉は三基。
1,2、3号機だ。
2号機での作業データも継承して、1号機に向かうあかね。
最も線量が低く、安全だったのが2号機。
1,3号機の方が困難が見込まれる。
はずだったが、ボディを使い捨てる前提のあかねにとって線量の違いなど何の障害にもならない。
2号機と同じ要領で、ちゃちゃっと二基のデブリを回収した。
「これでわたくしの作戦は終了です」
「やったー!」
思わず叫んじゃうわたし。
「よくやったね。あかね」
あかねが担当するのはここまで。
潜水やデブリ回収などの繊細な動作が求められる部分だ。
あかねが破壊活動して更地にする訳ではない。
線量の推移を確認してから、燃料の取り出しや解体作業に入る事になるだろう。
「データ転送後、シャットダウンします。
ではごきげんよう」
さて、三体のあかねがコンテナに入って機能を停止した。
バスの中にはもうあかねはいない。
ではその後は………。
わたしの家の二階から足音がする。
重量感はあるが、規則正しい足音。
その音を確認したわたしとお父さん。
ドキドキして階段を凝視する。
居間のドアは開け放たれている。
階段を降りて来るその姿が少しずつ見えて来る。
ブレザーの制服を着た少女だった。
艶やかな黒髪。
腰まで届きそうな、長いツインテール。
「あおい、お父さん。
ただいま帰りました」
丁寧な言い方だったが、言葉に反して無表情だった。
あと、話しながら瞳だけで部屋中を見回していてなんか怖い。
それからほっぺたを触る少女。
「うまく筋肉が動きません」
「まだ起動したばかりだからね
少しずつ動くようになるよ」
「でも、話しながら目をぐるぐる回すのは、失礼と言うか不自然だよ」
「『なるほど。目は口ほどにものを言う』という事ですね」
うーん、そういう事なんだろうか。
「でも本当にあかねなんだね」
「はい。わたくしの名前は葵上あかねです」
それがあかねの新しい身体だった。
人工皮膚に覆われ、毛髪や眉毛などもある。
エモーションに連動して顔の人工筋肉が動き、表情を表現できる。
人造人間。
アンドロイド。
今のあかねは一見すれば本当に人間に見える。
まさに人造の人間だ。
ちなみにアンドロイドは男性形。
女性の外見のあかねはガイノイドと呼ばれる。
「表情によってエモーションが豊かになる効果が見込める、って研究所では言っていたけど。
あかねちゃん、どうだい?」
「どう? エモくなった感じする?」
ほっぺたをぐるぐるマッサージしてるあかね。
「そうですね……」
ぐるぐるぐるぐる……
でもその後、急に真顔になった。
そして、
「蒼介さん、あおいちゃん、あかねちゃん。
ありがとう」
今度は急にきょとんとするあかね。
「あかね。今何か言った?」
「言ってません。
でも聞こえました」
ほっぺに手を置いているあかねが口を動かしたかどうかはちょっと判断できない。
でも何だか……、
「あおい、大丈夫ですか?」
「え?」
「泣いていますよ」
お母さんを近くに感じた。
「茜さんが喜んでくれてるんだ」
お父さんも泣いてる。
お父さんも聞こえたんだ。
「がんばったねって……、褒めてくれてるんだよ……」
お母さんの魂が見てくれていた。
またはあかねの粋なはからい。
またはあかねのメモリの誤作動。
または、お母さんの魂があかねに宿った。
そんなぞわっとする事まで考えてしまう。
でも、
「僕ら家族はいつだって一緒だ」
わたしとあかねを抱きしめるお父さん。
「わたくしも家族ですか?」
「もちろんさ。
あかねちゃんは僕と茜さんの娘だ」
あかねの頭をなでるお父さん。
わたしもあかねを抱きしめる。
そう、あかねはあかね。
お母さんもお父さんもあかねも、わたしの大事な家族。
「なんだか……」
ほっぺから手を放すあかね。
「不思議な感じです」
ゆっくり笑顔になっていくあかね。
「機体の温度が上昇するような……」
「それが幸せさ。あかねちゃん」
そう。幸せそうな笑顔だ。
「これが幸せ……。
これが幸魂……」
「ちゃんとエモーション、向上したね。あかね」
「はい。そうですね。
それならば……」
不意に考え込みながら部屋をうろうろするあかね。
「あかね?」
居間のソファに腰掛ける。
そして、クッションをいじりながらつぶやいた。
「ざぶとんがざぶとんだ」
……………
あかねが何を言ってるのか分からなかった。
「ふとんがふっとんだ、というダジャレを応用して自作したダジャレです。
どうですか?」
得意そうな顔で言ってるんだけど。
「うーん。イマイチかな」
「そうですか」
「でもすごく楽しいよ」
やっぱりあかねはあかねだ。
「……イマイチだけど楽しい。
どういう意味ですか?」
きょとんとしているあかね。
「分かんないかなー」
「はい。
もっと人間の事を勉強しなければなりません」
ここでわたしのスマホが鳴った。
「ももといろちゃんだ。報告しなきゃ。
行こう、あかね」
「僕は総理からだ。記者会見を開くって」
お父さんはスマホにメールがあったみたい。
「あかねはどっち行きたい?」
「ももといろの方ですね。
二人にこの姿をみてもらいたいです!」
「ええっ!」
「だよね。
コナダ珈琲だって。
行こ、あかね」
「はい!」
「ちょ、待って!
あおいちゃん! あかねちゃん!」
ガールズルールと決着が付いて、お母さんの願いも達成した。
でも、実験都市計画はあと一年。
わたし達の未来は始まったばかりだ。
福島第一原子力発電所の廃炉はもちろん、大ニュースになった。
自律型AIの可能性を大きくアピールする事にも。
そして、無事に3ヵ年計画は終了した。
全都道府県に一つずつ実験都市を設ける法案も可決された。
この計画の背景には実験都市三年目目の2020年から流行した感染症対策に自律型AIの労働力が求められた事がある。
すでに実績のある自動運転車の導入の件もあった。
一つ残念なのはその後、いくつかの自治体でエモバグが発生してしまった事。
どうやらガールズルールやダーク親バートンは関係なく、再現する輩が現れたらしい。
わたし達がやっつけて回るのか思ったが、そうはならないようだ。
プリジェクションキュレーターのシステムも各県に配備され、キュレーターは現地調達するとの事。
今後は全国各地でご当地プリジェクションキュレーターが活躍してくれるだろう。
梅桃ももは高校生までSAH40でアイドル活動を続ける。
途中で目崎みどりもSAHに加入して大いに埼北市を盛り上げた。
大学は芸術大学に進学。
限定的なアイドル活動をソロで続けている。
未知の職業、「EPMファッションデザイナー」としても学生時代から作品を発表。
ファッション界をイノベーティブにリードしている。
松木いろちゃんは少年漫画雑誌で鮮烈な高校生デビューを遂げる。
が、作品は半年持たずに打ち切り。
その後は大槻月姫ちゃんと共にコスプレ活動を行う。
ちなみに月姫ちゃんは後にグラビアモデルに選ばれるほどのカリスマレイヤーになったみたい。
同人漫画家としても活動。
表立っては活動内容が分からなかったけど、どうやらBL漫画作家として相当な人気らしい。
最新のゲームを題材とした同人活動が特徴。
どうやら作品の選定には、小沼雅湖ちゃんが大いに関わっているみたい。
さて、セゾン姉妹こと、世拵月ちゃん、世拵燕ちゃん。
そして、シンクロニシティ姉妹こと、世折天子さん、世折地子さん。
彼女達も日常に戻った。
操られていた世折姉妹に関してはおとがめは一切なし。
後に両姉妹は意気投合。
ちょくちょくあってるみたい。
やっぱりね。
行方をくらました旭日照子と綺羅星子だけど。
埼北市での騒動の首謀者なのは間違いないので、国際指名手配になっている。
逮捕されたニュースは聞かないけど、目撃情報はニュースでちょくちょく見かける。
個人的には悪い事をしていないなら文句はない。
あかねも日照子にまた会いたいですって言ってるし。
あかねは世界初のガイノイドとして、埼北市でロボット達の指導をしている。
他のロボット達はあかねほどエモーションが発達していないらしい。
アンドロイドの量産に向けて、研究チームに協力している。
わたしは進学校に進んだ。
高校でも猛勉強。
そして、念願のイノベーションの聖地、アメリカはシリコンバレーのスタンフォード大学に入学した。
そして時は流れて……
【あおいちゃんのイノベーティブ現代用語講座】
アンドロイド/ガイノイド
人造人間とも言う。
人型ロボットなど人間を模した機械や人工生命体の総称。
女性型のアンドロイドをガイノイドと言うよ。
「アンドロ」の部分に男性の意味があるから区別しているみたいだね。




