第39話 終わらないワルツ レボリューションの申し子の物語 A、Bパート
これは後から聞いた話なんだけど。
プリジェクションアンダーこと、綺羅星子はガールズルールの新しいアジトに帰還した。
そこには仲間達が勢揃いしていた。
「どうでした、星子?」
迎え入れたのは金髪で端正な顔立ちの、太陽の描かれたドレスの娘、旭日照子だった。
「プリジェクションペアーまでもが、プリダイムシフトに達した。
敗北だ」
うつむいて報告するプリジェクションアンダー。
悔しさを隠せない。
まさに慚愧の念に堪えない思いだった。
「まずは慣らしよ。そう言ったでしょう?」
笑顔で両腕を広げる日照子。
「その通りだ」
紫のマフラーをした赤い鳥のようなキャラクター、ダーク親バートンが現れる。
「日照子君も何度も変身してコツをつかんだ。
星子君もまだ強くなる」
「そうか……」
まだ星子の暗い表情は変わらない。
「キュレーティン!」
気が付くと目の前がまぶしくなり、その光の中からプリジェクションインフルエンサーが現れた。
オレンジ色のドレスのまるで太陽そのもののような姿。
「踊りましょう~♪」
インフルエンサーはスカートの両端をつまんで会釈する。
「昔の……、よーうに~♪」
「月姫君。PCを開きたまえ」
ダーク親バートンが合図を送るとパソコンからクラシック音楽が流れる。
「ふっ、ショパンの革命のエチュードか。
おあつらえ向きじゃないか」
アンダーは一礼するとインフルエンサーの手を取った。
なんだかすごいね!
☆☆☆
その日、わたし達は市庁に呼ばれた。
呼んだのはわたしのお父さんで、わたしとあかねはお父さんの車で行ったんだけど。
車の中ではお父さんがいつも聞いてるラジオが流れていた。
「今日のテーマはこちら、『実験都市埼北市、AI特区始動。その成果は?』」
この前とほぼ同じ。今世間でも注目を浴びているのだろう。
「今日のコメンテーターは元外交官で小説家の子享猛さんです」
この人は、リベラルな立ち位置のコメンテーター(のはず)だ。
「いよいよ二年目にして自律型AIの運用が始まった埼北市ですが、孫亨さんはどう見てらっしゃいますか?」
「無理やり運用を始めただけで、実際は実用段階ではないと思いますね。成果を偽装しているなら大問題です」
まだ問題があるのは確かだけど、偽装なんかしてないよ!
「そもそも特区計画の汚いお金の流れも説明されていません。総理の肝入りの計画で、ですよ」
また、お金の話だ。
「お父さん、汚いお金の流れがあるの?」
「たくさんの企業が関わってお金を出しているけど、汚くはないと思うなあ」
お父さんは困ったように言う。その声がラジオに届く訳もなく、コメンテーターは結論を述べる。
「特区計画はお金の無駄遣い。すぐに止めるべき!解散総選挙こそが民意です」
うう……、味方がいない。
確かに藁葺木総理の支持率は低いけど。
すぐに止めるべきなのかあ……。
「特区計画を止めたら、わたくしはどうなりますか?」
あかねが尋ねる。
頭のハードディスクから「シューン」と音がする。
これは不安がっている音だ。
「どうもならないよ!あかねはわたし達の家族だよ」
わたしはあかねを抱きしめた。
成果を偽装?
そんな訳ない。
ここにいるあかねが何よりの証拠。
それにあかねはクラスにも馴染んでいて、人気者なんだから。
市庁に着くとパトカーが止まっていた。
「何かあったの?お父さん」
「大丈夫。予定通りだから心配いらない」
少ししたらももといろちゃんも現れた。
「パトカー?何かあったの?」
「あおいちゃん達、知ってる?」
やっぱり気になるよね。
市庁の一室に通されるとそこには知らないおじさんがいた。
「東京から来ました。公安警察の者です」
パトカーはこの人が乗って来たのだろう。
親バートンも含めたゆるキャラ達と一緒に話を聞くわたし達。
「旭日照子がこの埼北市に現れたと聞いて来ました」
「旭日照子は何か悪い事をしたんですか?」
「いや、彼女は何もやってない。
やっていないが旭日照子から目を離してはいけない」
何もしていないのに追われる事なんてあるんだろうか。
「彼女は革命の申し子なんだ」
そう言えば彼女自身が「レボリューションの申し子」を名乗った事がある。
でも意味は全然分からない。
「旭日照子の祖父も父親も革命運動の幹部だったんだ」
わたし達は公安警察の人の話を聞いた。
それは親子二代の革命の物語だった。
そして、三代目となる旭日照子がレボリューションの申し子と呼ばれるまでの物語だった。
旭日照子の祖父、旭満は大学生の頃、学生運動に参加した。
ベトナム戦争に端を発した世界中で起こった反政府運動に呼応する
形で発生した出来事だ。
満は授業のボイコットや暴動にも参加した。
さらに、教養とリーダーシップのあった満は運動に指導的な立場で、中心的に関与した。
ところが運動から足を洗ったのは意外と早く大学も卒業した。
恋人が妊娠したのがきっかけだった。
仲間達は後にリンチや殺人で逮捕されたり、お尋ね者になったりした。
彼はその頃の思い出を武勇伝として息子や孫に語った。
彼がリンチや殺人に関与したのかは分からない。
だが、運動の中で亡くなった人がいた事を、気にしてはいなかった。
お祭りで人が死ぬくらいの感覚だった。
せいぜい革命には犠牲が付き物程度にしか考えてはいなかった。
そんな父親の武勇伝を聞いて育った息子の慎吾が大学生になった頃、バブル崩壊が起こった。
彼は実際の崩壊以前からこの国の凋落の気配を感じていた。
革命を為し遂げなければならないと確信していた。
しかし、学生運動のようなものはごっこ遊びに過ぎないと思っていた。
革命には圧倒的な強さと正統性が必要だ。
彼が選んだのは宗教だった。神以上の正統性を持つものはない。
世の中の堕落を憂える若者達を丸め込むのは容易だった。
彼自身はその宗教の教えを信じてなどいなかった。
仏像を崇拝しながらキリストの生まれ変わりを主張する教祖などまともではないと思っていた。
そんなものを信奉する信者達にシンパシーを覚えた事はなかった。
しかし、それはどうでもいい事だった。
ただ彼の革命には意識統一された集団が必要だった。
彼は時には教団を抜けようとする者を監禁して洗脳教育を行った。
宗教団体がテロリズムによる世直し革命を起こした過程に、旭慎吾の思想が影響を与えた可能性を指摘する意見もある。
教団の教祖は権力欲はあったが思想家ではなかったからだ。
教団は後にテロリズムで多数の死傷者を出した。
慎吾はその実行犯だった。
逃亡し二十年間潜伏していたが最近逮捕された。
同じく実行犯の女と二人で潜伏していた。
一緒に逮捕された女は教団に騙されていたと悔いていた。
慎吾も裁判ではそう発言したが、それは本音ではなかった。
そもそも彼は教団を世直し革命に利用しただけで、教祖を信じてなどいなかった。
そして、テロによって死傷者が出た事にも、教団がたくさんの人の人生を狂わせた事にも後悔も反省もなかった。
せいぜい革命には犠牲が付き物程度にしか考えていなかった。
女は無期懲役だったが、旭慎吾は処刑された。
だか、実は二人には子供がいた。
子供は女の親戚に預けられた。
資金面の援助をしたのは慎吾の父親の満だった。
満は先祖代々の寺の住職で、資金力があった。
満は息子の行為を肯定していた訳ではなかった。
しかし孫娘に、間違った世の中を正す革命は必要だと言って聞かせていた。
孫娘は世の中が間違っているならば、父親はきっと正義の味方に違いないと思った。
父親の処刑を、腐敗した時代における非業の死だと思った。
革命が失敗したからこの国は悪くなる一方なのだ。
自分が父親の革命を引き継がなければならない。
レボリューションを達成しなければならない。
その娘が他ならぬ旭日照子だった。
<つづく>




