第30話 AI少女、勉強中! あかね、教会に行く! Aパート
今日は土曜日。
わたし達は朝ごはんを食べながらテレビ番組を見てた。
内容はお笑い芸人コンビらしき二人がどこかの商店街を食べ歩くものだった。
と言っても、もうそのコーナーは終わりのようだった。
「来週はどこですかー?!」
スタジオからの大声の後、再び商店街の画面に切り替わり、
「来週は埼北市にお邪魔しますー!」
聞こえてきたのはこの街の名前だった。
自分の街がテレビに出るのってテンション上がるよね。
「お父さん、来週は埼北市だって!」
「そうだね。役所でも話題になってるよ」
お父さんはもう知ってたみたい。
さて、そのテレビ番組だが、関西弁トークが続く。
「埼北市は最近、実験都市で盛り上がってるみたいで、自分埼玉は初めてなので楽しみですわ」
「お前なんか埼玉じゃなくてダ埼玉だわ」
下手なだじゃれ。
エモバグだったらサマーソルトキックを三回は繰り出してたところだ。
商店街のみんなで「ははは」と笑ってるシーンから、スタジオに切り替わってこのコーナーは終わった。
ところがこの時、「ヒュオーン」と大きな音が。
わたしの向かいに座っているのはロボット少女、あかね。
柔らかな素材のレジン樹脂製。
曲面を重視したデザインで、武骨さはない。
長髪型のヘッドパーツは赤で、それ以外はベージュ色。
まん丸の大きな目が実際のカメラになっている。
今のところ、鼻、口はなくて、表情はない。
休日はワンピースを着ている事が多い。
今日はブラウンのチェック柄。
さて、「ヒュオーン」の音はあかねの頭のハードディスクからだ。
これは思考を巡らせている音だ。
表情のないあかねだが、頭のハードディスクの音で大体の思考は判断できる。
あかねは食い入るように、微動だにせず、テレビを見ていた。
「今のはどういう意味ですか?
なぜみんな笑うのか、分かりません」
だじゃれが分からなかったみたい。
まああれは愛想笑いみたいなもんだけど。
「埼玉とださいを掛けたジョークだよ」
「ジョーク……、ユーモアを感じさせる小話、の事ですね」
「そうそれ」
「ユーモアとは矛盾や滑稽さを感じさせるおかしみ、の事ですね」
「そうそれ」
「ユーモア……、おかしみ……。
難しい概念です」
ジョークはAIにとって理解し辛いようだ。
「でもだじゃれは理解できます。
韻を踏む事ですね?」
「韻を踏むのとは違うよ」
「『同じ音や母音を持つ言葉を繰り返し使う手法』ですよね」
「だからそれは韻を踏む方!」
またハードディスクが「ヒュオーン」と鳴っている。
「わたくしには難しいです……」
だじゃれやジョークはあかねにはまだ早いみたい。
「出かける時は鍵をかけてね、あおいちゃん」
お父さんは土曜日だけどお仕事なのだ。
実験都市アドバイザーは忙しい。
わたし達も今日はお出かけだ。
市内を周遊するバスに乗る。
バスは美里地区から本庄地区へ向かった。
自動運転のバスは前方の見通しがいい。
「次ははにぷープラザ。はにぷープラザ」
旧本庄市役所であるはにぷープラザは、今は市民活動交流センターとなっている。
カフェも併設された市民の憩いの場だ。
本庄のゆるキャラ、我らがはにぷーの名を冠したバス停を降りるが、ここが目的地ではない。
商店街の裏道を西に進む。
住居の並んだ先にその建物はあった。
屋根に大きな十字架の立った建物。
本庄キャサリック教会だ。
ディープラーニングでたくさんの知識を吸収しているあかね。
最近は宗教書や哲学書に興味津々なのだ。
「人間の幸せの定義を知ろうとすると宗教や哲学を知る必要があるのです」
そう言うあかねに本庄にある教会の話をすると是非行こうと言い出した。
宗教家の人の話を直接聞いてみたいみたい。
教会に問い合わせてみると、オッケーだった。
神父様がその日は忙しいけど、シスターが対応してくれるとの事。
なので休日に行ってみる事にしたのだ。
裏口の事務所に来て欲しいと言われていたのでノックするとその人は現れた。
灰色のヴェールとローブをまとった若い女性だ。
首に十字架を掛けている。
「桐氏クリスよ。よろしく」
「わたくしは葵上あかねです。宜しくお願いします」
握手するあかね。
「行儀がいいのね」
人間らしい動きもクリスさんには新鮮みたい。
「AIが聖書の勉強をするなんて、すごい時代ね」
クリスさんとあかねの会話が始まった。
「十戒やイエス様の教えにはその後の西洋の哲学や科学の基礎があります。
それを学ぶ事は人間の世界を学ぶために重要なのです」
「人間の心の、魂の設計図を知ろうとする事が哲学です。
そして、AI研究も同じ目的を持っています」
あかねは人間の心を正確に知りたいのだ。
宗教や哲学を理解したいのは、ジョークやだじゃれを理解したい事と同じなのだ。
頷きながら聞いていたクリスさんだったが、あかねが話し終えると少しだけ真顔になった。
「あかねちゃんはよく勉強してるわ。でも勉強だけでは宗教を理解した事にはならない。
神様の存在を身近に感じる事ができて、初めて神様の教えを実行できるの。
だからわたし達にはお祈りが必要なのよ。
お祈りを通じて神の愛を自覚する事が大切」
当然ながら宗教家らしいスピーチだった。
宗教には洋を問わず精神鍛錬の側面がある。
シスターに会いに来た甲斐があったというもの。
いい話が聞けてよかったね、あかね。
と、わたしは思ったんだけど、
「人々に倫理観や道徳観を与えるために神という概念が存在する形にするのはいい考えだと思います」
「形……?」
あかねの発言にクリスさんは固まった。
「神様は存在するでしょ」
「超越的な存在がいるとかどうかは別として、世界の全ての宗教と神は共同体を効率的に運営するために作られたものです」
「……………………」
「宗教書を500冊分ほどインストールして、歴史書や哲学書と付き合わせた結論です。特定の宗教の神が存在する可能性は全く……」
「神様はいるよ。だってわたしは神様を感じるよ」
クリスさんは、割って入った。
「神様は感じるものなんだよ
見ないで信じるものが幸いなのよ」
クリスさんは力説している。
あかねの頭のハードディスクから「キュイーン」と音がしている。
何か閃いた音。
なんだけど……、
「なるほど。これがジョークですね。ユーモアなんですね」
何言ってんの、この子。
わたしは頭を抱えた。
「わたしもジョークを解する事ができました。
は、は、は、は、は」
この笑い声はあかねなりに楽しい様子を表現したのだと思う。
しかし、実際は不自然極まりない棒読みだった。
あかねはジョークやユーモアをエモーションとして体感できていない。
悪気があっての事ではないのは分かってる。けど、
「あかねー!」
わたしはあかねに飛びかかった。
<つづく>




