第25話 AI少女が遊びに来たよ! 午後11時だけど…… B、Cパート
わたし、梅桃ももはあおいのお父さんに電話をする事にした。
スマホに子バートンの名前が出ると、通話はすぐに繋がった。
「茜というロボットがうちにいるんですけど分かりますか?」
「そうか、よかった!ももちゃんの家にいたんだね!」
「何を言ってんの?」と言われないか、ちょっとだけ不安だった。
が、彼にとっても懸案の問題だったようだ。
電話ごしの震えた声に焦りを感じる。
居場所が分かって本当に安心しているようだった。
「GPSを取り付けておくべきだったね。すぐにその子を迎えに行くよ」
「待って下さい」
あおいのお父さんにはそれ以前に確認すべき事がある。
「茜の記録映像を見ました。何が起こっているのか知ってます。
その……あおいがこの子をお母さんと呼んだ事も」
「そうか……」
あおいの家に以前から茜がいたのなら、当然この人も知っていたはずだ。
「その件もきちんと説明するよ。
これから尋ねてもいいかい?」
怖い気持ちはもちろんある。
だけど、茜の事はなんとかしないといけない。
それにあおいに何が起こってるのか知りかった。
「あおいは今どんな状態なんです?」
これが一番気掛かりな事だ。
あの映像の通りの事が起こったのなら、正常な状態であるとは考えられない。
「ずっと泣いていたが、今は落ち着いているよ」
「あおいを一人にしないで。そばにいてあげて下さい」
あんなに取り乱したあおいの映像を見てしまうと、心配でならなかった。
一人にしては置けないと思った。
「ありがとう、ももちゃん。
でも、茜は引き取る。
あおいちゃんは相川さんに看ていてもらう」
「相川さん?」
「ああ、知り合いの信頼できる女性だ。
埼北市の職員で、プリジェクションキュレーターの事もよく分かってる」
公務員であるあおいのお父さんがプリジェクションキュレーターのシステムを統括している。
市の職員にプリジェクションキュレーターの事を知っている人がいるのはおかしくない。
「上里から来るからちょっと待たなきゃ。でも必ず伺うよ」
すでに夜中の0時を回ってる。
夏休み中だったのが救いだけど、正直眠い。
でも、事が事だけにまた明日って訳にもいかない。
「それとロボットのうなじに充電用のコードがあるので、それを接続しておいて欲しい」
確かに茜のうなじをよく見るとカバーがあった。
それを出してもらい、受け取る。
「じゃあそれ繋ぐからね」
いつもドライヤーを差すコンセントに茜のコードを繋いだ。
「お、相川さん、からメールだ。じゃあ一旦切るね。
後で必ず電気料金は計算して払うからね」
あおいのお父さんとの通話は終わった。
「大丈夫?お客さんならお母さんが代わるからもう寝たら?」
大きなあくびをしてしまい、お母さんに心配されてしまう。
「そうはいかないの」
ただこの茜を引き渡せばいい訳じゃない。
あおいのお父さんから詳しい話を聞かなければ。
そして、さっきの会話で確信を得た事もある。
お父さんが出かけるとあおいが一人になってしまう。
それはつまり、間違いなくあおいのお母さんはあの家にはいないという事だ。
「茜はあおいのお母さんの事って知ってる?……その、本当の、人間のお母さんの事」
あおいのお父さんを待つ間、わたしは茜に尋ねてみた。
「はい、わたくしは知ってます」
「本当!?」
「葵上茜です。葵上あおいの母親の名前は葵上茜です」
これは予測していた。
だからこの子の名前は茜なんだろう。
「じゃあ、あおいのお母さんは今どこに?」
ドキドキしながら尋ねるわたし。
そしてその答えもまた、予測していたものだった。
「葵上茜は、五年前に亡くなりました」
零時半過ぎにあおいのお父さんはやって来た。
「夜分遅く申し訳ありません」
まずは玄関でわたしのお母さんと挨拶。
お母さんにも大まかな事情は話した。
だからあおいのお父さんが来る前に寝間着からは着替えていた。
元アイドルのお母さんにはあおいのお父さんもちょっとどぎまぎしてたけど、今はそんな場合じゃない。
「葵上蒼介さん」
茜はあおいのお父さんを見るなり言った。
「本当に君が動いてるんだね」
あおいのお父さんもショックを受けていた。
ずっと家に置いてあったロボットがしゃべっているのは、どんな気分だろう。
「あおいのお母さんは亡くなってるんですね?」
「うん、あおいちゃんが小学校四年生の時さ」
あおいのお父さんを居間に通した。
これ以上はお母さんに隠せない。
お母さんにも聞いていもらうしかない。
「あおいのお母さんは、茜さんは交通事故で急に亡くなった」
一呼吸入れて、意を決して話し始めた。
お父さんにだって辛い記憶だろう。
「あおいちゃんは母親の急な死を悲しむというより、うまく受け入れられなかった」
「その時、僕はまだ研究職で、二択陽一と一緒にAIの研究をやっていた」
「陽一は自律型AI開発の事をAIに魂を与える、という言い方をしていた」
「母親の死を受け入れられないあおいちゃんは、それを死んだ人間の魂を復元できると解釈したんだ」
無理矢理な理屈だが、今の状況に対してはつじつまが合ってしまう。
「動画や写真のデータを入れたロボットに魂を与えたら、って事ですか?」
「ああ、そうなんだ。
いらなくなった研究用のロボットに、母親の写真や動画を集めて保存した」
「音声データを抜き出して、再生できるように、なんて事までした」
テレビのリモコンの操作で音声が流せるんだ。
家を出る時、あおいちゃんは欠かさずそれを聞いてから出かける。
『いってらっしゃい、あおいちゃん』ってね」
欲しいものがあるか聞くと、決まってロボットのバージョンアップをせがんだ。
小学校の頃からずっとね」
茜がPSYシリーズという最新のロボットであるのは、そういう理由なんだろう。
「今思えばすぐにそんな事は不可能だ、とはっきり言うべきだった。
いや、高校生に上がる時にはきちんと話すつもりだったんだ」
母親をなくしたばかりの小学生のあおい。
その子の見つけた希望。
それを否定して、取り上げる。
それができなかったお父さんを、頭ごなしに責める事はわたしにはできない。
「まさかあおいちゃん自身がロボットに魂を与えるなんて……、想像もしなかったよ」
苦笑するあおいのお父さん。
誇るべき娘のイノベーションだが、目下の問題でもある。
音声を再生するだけのロボットが一夜にして自我に目覚めた。
自分を母親だと主張する人間に恐怖を覚え、家を飛び出した。
そして、わたしの家を訪ねてきた、なんて誰が想像できるだろう。
あおいには居場所を教えない方がいいと言ったら同意してくれた。
そして、茜は一旦、うちで預かる事にした。
あおいのお父さんにはあおいのそばにいて欲しいと思ったからだ。
あおいが母親の生き返りを本心から信じていたか。
わたしはそんな事はなかったと思う。
ふとしたタイミングで心に癒しようのない穴が空いている事に気付く事はあったはずだ。
そして、そっちこそが真実であると考えた事も。
あおいがアンビバレントのコーデを使いこなす事ができたのはそのためだろう。
今まで不安や悲しみや絶望を、ネガティブなエモーションを、押さえ込んで、ため込んで生きて来たのだろう。
だから心配だった。
AIに魂を与えても母親を生き返らせる事はできない。
その現実を、最悪の形で突き付けられたあおいがヤケを起こしやしないか。
「お世話になります。申し訳ありません」
茜の声。
会話の内容を理解しているようだ。
その上、こんな挨拶までできるのは本当にすごいと思った。
「あんたが悪いんじゃないでしょ。気にしないでいいから」
「いえ、ロボット運用ルールのガイドラインに抵触する可能性があります。イリーガルです」
「あ、そう。よく分かんないけど。おやすみ」
やっぱりズレてるとこもあるのかな。まあいいけど。
わたしは自分の部屋に戻ってベッドへ。
長い長い一日がやっと終わった。
もう午前1時だけど……。
あおいや茜の事は気掛かりだけど、さすがに眠い…………。
わたしはすぐに眠りについた。
☆☆☆
……………………。
わたしは間違っていた。
わたしのイノベーションには何の価値もなかった。
なくなったお母さんが生き返る訳なかった。
バカげた行為によってわたしはお母さんの思い出まで失った。
わたしがお母さんの死を受け入れなかった事で、きっとお父さんは心を痛めていただろう。
お母さんのお墓参りにも一度も行っていない。
あのロボットの子にもひどい事を言った。
わたしは悪い子でした。
ごめんなさい。
わたしは悪い子でした。
ごめんなさい。
わたしは悪い子でした。
ごめんなさい。
わたしは悪い子でした。
ごめんなさい。
わたしは悪い子でした。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。




