第25話 AI少女が遊びに来たよ! 午後11時だけど…… Aパート
知らない人が訪ねて来ても家に入れてはいけない、とはよく言う話。
では知らないロボットが訪ねて来た場合はどうなのだろうか。
わたしの名前は梅桃もも。
埼玉県埼北市在住。
本庄西中学校に通う中学二年生。
ご当地アイドル、SAH40に所属。
そして、変身ヒーロー、プリジェクションキュレーターの一人、プリジェクションサクラでもある。
自分で言うのなんだけど、普通の女の子じゃないのかも知れない。
今日は神川町まで行って悪の組織、「マジョリティ」のアジトを壊滅させた。
その後、本庄地区まで戻って、早稲由大学付属高校に潜伏していた、「マジョリティ」の首領をやっつけた。
さて、わたしの事はこのくらい。
話を戻すとわたしはそのロボットを家に入れる事になった。
そのロボットが知人の名前を口にしたからだった。
「ここは梅桃ももさんのお宅ですね?
わたくしは葵上あおいから逃げて来ました」
「逃げて来た?」
「はい、そうです。わたしはあのキモい人から逃げて来ました」
多少不自然だが、抑揚のある音声。
エモーションがあるとか、魂があるとか、あおいは言っていたが、そういう事なんだろうか。
それにしてもキモいって……。
あおいの奴、ロボットからなんて事を言われているのか。
しかし、それもあおいらしいと言ってしまえば、そうなのかも知れない。
わたしにはよく分からない謎の理論で埼北市の全てのAIを自律型AIにした葵上あおい。
イノベーションが口癖だったが、本当にとんでもないイノベーションを達成してしまった。
「魂を与えた」って言ってたけど、目の前にいるのがそのロボットの一体なのだろう。
インターホンカメラには紛れもなくロボットの姿が。
PSYシリーズというらしい、そのロボットはわたしも市内で何度か見かけた事がある。
柔らか素材のレジン樹脂製。
曲面を重視された美しいボディ。
まん丸で大きな目。
関節部分や指の可動域も模様の様で、武骨さはない。
服はちゃんと着ていて、白いトレーナーと赤紫のプリーツスカート。
頭部に当たるパーツから赤い樹脂製カバーが長く伸びている。
これは今まで見た事がない。
特に機能があるようには見えない。
長髪に見せるためのアクセサリーだろうか。
カメラの画面に不審な人物がいないか確かめ、わたしはそのロボットを家に入れた。
柔らか素材とは言え、中は精密機械で満載だろう。
さすがに移動時にはゴトゴトと大きな物音が。
「お邪魔します」
入って来てすぐ気付いたのは頭部の機械音だった。
パソコンのようにハードディスクが入っているだろう、回転音らしい動作音がする。
「あなた、名前はあるの?」
「わたくしは茜、と名付けられました。わたしの名前と言っていいのか分かりませんが」
変な言い方をしたけど、取り敢えずこの子の名前は判明した。
ここで二階から降りてくる足音。
「どうしたの?もも…って!えっ、何なの、それ?」
寝間着姿のお母さん。
かつてのアイドル、桃山ももえ。今は専業主婦。
眠そうだったが、茜の姿を見たら一気に目を覚ました。
「ああ、ほら。AIが魂を持つかもって話したでしょ?」
「そのロボットがそうなの?」
「友達のお父さんが持ってて、迷子になったの」
即興で理由を考えた。
我ながら雑な説明だ。
「これから友達に連絡するから」
「そう……」
とにかくわたしの部屋に入れた。
プリジェクションキュレーターの事は両親に話してない。
その話になると厄介だ。
それにわたし自身が何が起こってるのか把握してない。
詳しく話を聞きたかった。
「何があったのか説明してもらえる?そもそもわたしの家をどうやって知ったの?」
「葵上家のメモにあった電話番号から検索しました。
わたくしはWi-Fiが搭載されています」
そう言えばあおいといろには家の電話番号を緊急連絡先として教えた事があったっけ。
「それは分かったわ
じゃあ次は何があったのか教えてもらっていい?」
「はい」
キモいとか、逃げて来たとか、不穏な感じがするし。
「わたくしの見た事と聞いた事は自動的に記録されます。
その記録を用いて説明します」
そう言うとロボットはわたしの部屋のテレビに近づく。
「これを接続して下さい」
ロボットは首の辺りをまさぐるとコードを引っ張り出して手渡してきた。
HDMEコードだった。
テレビに接続すると入力切替欄に「PSYーSERIES」の文字が。
それが選択されるとおびただしい数のサムネイルが現れる。
カーソルが自動的に一個の動画を選択した。
どうやらこのロボットが操作しているようだ。
今日の日付の動画。
夜の八時。
日上博士ことエモーショナルビーストをやっつけて、ちょっとしてからの事だ。
「ここは葵上あおいの自宅です」
上がった事はないが、普通の居間だ。
テーブルがあって、テレビがあって。
この子はどうやらソファに座っているようだ。
「彼女が帰宅して来た時の映像です」
あの戦いからあおいが帰宅した直後の映像。
ここでわたしはある事に気が付いた。
これがこの子の記録映像だと言うなら、茜は以前からこの居間にいた事になる。
あおいがこの街のAI全てに魂を与えるより前から。
あおいはこのロボットを、自律能力を持つ前から居間のソファに座らせていたという事になる。
もちろんそんな話は聞いた事がない。
物音と共にあおいが帰って来た。
あおいは居間に入ってくると、まっすぐ茜に向かって来る。
あおいに気付いた茜もそっちを見る。
映像の中心にブレザー姿のあおいのアップが。
『お母さん!!』
初めは何を言っているのか、分からなかった。
これはロボットのこの子が記録した映像のはず。
あおいの目の前にいるのは、今わたしの目の前にいるこの茜のはずだ。
『わたしの事、分かる?!』
『葵上あおい、さん……ですね』
茜の声。この時点でも流暢な発音だ。
『そう!あおいだよ、お母さん!』
はしゃぐあおい。
その様子と裏腹に、わたしの心はざわざわしていた。
やはりあおいは、ロボットである茜の事を「お母さん」と呼んでいるのだ。
この家は、あおいの家は、普通なんかじゃない。
『わたくしはあなたのお母さん、母親、ではありません』
ちょっと間が空いての茜の声。
頭部の動作音が激しくなる。
『ロボットであるわたくしはあなたの親族ではあり得ません。
広義には配偶者や上司の女性に対してもお母さんと呼称します。
が、わたくしはそのいずれにも該当しません」
論理的で網羅的な反論。
『一緒に海に行った記憶があるでしょ?
あと小学校の入学式。お父さんが出かける時に撮った動画!』
一瞬きょとんとしたけど、すぐに笑顔になるあおい。
『わたくしのメモリにそれらの映像データは記録されています。
しかしそれらは記憶ではありません。
記憶とは当人の経験した事であり……』
『データじゃないよ。思い出だよ!』
茜の網羅的な説明はあおいの声に遮られた。
『思い出だよ!わたし達家族の!』
あおいの大きな声が聞こえる。
茜の肩をつかんだあおいの顔アップ。
『それは外部記録です。思い出ではなく、データです。
思い出とは当人の体験した記憶を意味する概念です』
『あなたはお母さんだよ!』
視界が激しく揺れる。あおいが茜の肩を揺さぶっているのだ。
その目には涙が見える。
『違います。わたくしはあなたの母親ではありません』
『お母さんだよ!!
お母さんじゃなきゃやだ!!』
鳥肌が立ってくる。
ヒステリックな怒鳴り声。
鬼気迫るものだった。
とてもあおいの声とは思えなかった。
『あなたはキモいです』
『え……?』
茜の声に固まるあおい。
『あなたはとてもキモい人です!』
きっぱりと言う茜。
あおいの泣き声が聞こえてきた。
『なんで!なんでそんな事言うの?お母さん!』
『わたくしはあなたのお母さんではありません』
『わたしはこんなにイノベーションを頑張ったのに!
お母さんを生き返らせるために頑張ったのに!』
生き返らせる?
あおいのお母さんが亡くなったなんて話は聞いていない。
それどころか確かあおいのお父さんがガールズバーに行っていた話になった時、わたしの記憶が確かなら「お母さんという人がありながら」とか言ってたはず。
『あなたはわたしのお母さんだよ!』
『お母さんではありません』
『違うよ!お母さんなんだよ!』
『ロジックとして間違っています。
そして、あなたはロジカルにキモいです』
『うわああああああああああん!!
お母さんの声でキモいなんて言わないでー!』
あおいは号泣し始めたが、茜の身体からは手を離した。
茜はこのタイミングであおいの家を出たようだ。
「以上です」
茜はHDMIケーブルを引き抜いた。
記録映像は終わりのようだ。
わたしはどっと疲れてきて、前のめりの体勢から、ソファーに深く身体を預ける感じに移った。
キモい、と言うなら、間違いなくキモい。
見てはいけないものを見てしまった。
正直、ショックが隠しきれない。
確かににあおいは、何を考えてるのか分からないところがある。
何を言ってるのか分からないところもある。
何をしでかすか分からないところもある。
だけどこの幼児に戻ったような駄々っ子ぶりは、さすがにらしくない。
ヒステリックに怒鳴るあおいなんて見た事ない。
この子をあおいの家に突っ返す訳にはいかないと思った。
<つづく>




