第2話 若泉に吹き荒れる桜吹雪!プリジェクションサクラは本庄育ち Aパート
「イノベ―――ション!」
あおいちゃんの一日はイノベーションで始まる。
目が覚めた瞬間ベッドから飛び起きるわたし。
両足を肩幅に開き、右手は腰、左手を高らかに掲げる。
親指と人差し指を90度に開き、天を指差す。
これがわたしのイノベーションポーズ。
毎日がイノベーション。
イノベーションはわたしの命。
今日もわたしのイノベーティブな一日が始まる。
わたしの机には金属製の人の手が。
農作業用のロボットアームなのだ。
お父さんの頼まれた仕事だが、お願いして触らせてもらってる。
わたしの腕を木の枝に見立てて握らせてスイッチオン。
ちょうどいい感じに枝を握らせる計算式を入力するのだ。
片腕をロボットアームに握らせているので、片手でキーボードで数値を入力。
なんか指が違う数字に触れた気がしたと思った時ににはenterキーを押していた。
アームに一気に強い力が加わり、わたしの腕を締め上げる。
入力した数値を見ると桁が一つ多い。
これは腕が折られるかも。
やばい。
急いで動作を中止しないと、と思ったが焦ってマウスを落としてしまう。
まあでも枝の太さを検知したら止まるはずだから、腕が折られるとは限らない。
でも、痛い、痛い、痛い。
そこでアームの動作は止まる。締め付け動作だけではなく、機能自体が停止する。
「何やってるの!あおいちゃん!」
お父さんだった。
手には電源コードが握られている。
「ロボットアームはお父さんと一緒の時しか触っちゃダメだよ」
「つい、イノベーションが……」
ロボットアームの動作音が結構大きいのでお父さんが気付いたみたい。
いやー、危ない所だった。
「うーん、イノベーティブ」
「行ってきます、お母さん」
「行ってらっしゃい、あおいちゃん」
今日はお父さんの車で通学。
お父さんの仕事が早い日はこうやって乗せて行ってもらうんだ。
お父さんの仕事場は埼北市市役所。
二年前から実験都市アドバイザーとして働いている。
仕事が早いのはどうやら昨日のエモバグ騒ぎのせいらしい。
わたしがプリジェクションソーダになってヤバンセ美里店でエモバグをやっつけた事は話してない。
ミムベェに他人には話すな、と言われている。お父さんは身内だけど。
エンジンがかかると朝のラジオのニュース番組が聞こえてきた。お父さんがいつも聞いている番組だ。
「今日のコメンテーターは経済学者の陰念稔さんです。今日のテーマはこちら。『EPM実験都市埼北市、今日で丸一年。その成果は?』」
自分の住んでる街の事がラジオやテレビが触れていると、気になっちゃうよね。
聞き耳を立ててしまうわたし。
もしかしたら昨日変身したわたしの事も言うも知れないと思ってどきどきしてしまう。
髪や唇の色はなんか青かったし、わたしだと簡単に気付かれないとは思うけど。
「どうしたんだい、あおいちゃん?そわそわしちゃって」
「さ、埼北市の事やってるから」
お父さんにも落ち着きないところを気付かれてしまった。
しかし、当のラジオの内容は予想してたのとは全然違った。
それはげんなりしてしまうものだった。
「こんなものに税金を投入するなんて馬鹿げてますね」
「でも陰念さん、自動運転車の普及には成功しましたよ?」
「わたしの試算では研究費の回収に30年はかかりますね。しかもその間にEPMと無関係な自動運転が完成するかも知れない」
「確かに埼北市には1000億円以上の税金が投入されていると言われていますね」
「埼北市なんて中途半端な場所に特区を作るってのがそもそも不自然!賄賂の存在を疑ってしまいますよ」
うう……、なんかめちゃめちゃ叩かれてる。一周年なのに……。
「それに未確認ですけど、プロジェクションマッピングの誤作動で怪物が現れて、住民を恐がらせてるとか。何やってんだって感じですよね!」
エモバグも噂になり始めていた。
怪物をやっつけるヒーローの噂はまだないみたい。
「お父さん、埼北市がEPM実験都市になったのって賄賂があったからなの?」
「埼北市がいいと言ったのは二択博士で、その理由は災害の少なさからだよ。特区構想の話の出るよりずっと前の話さ」
「そうだよね」
二択博士、本名は二択陽一。
EPMの基礎理論を構築した科学者でAI研究の第一人者でもある。
わたしのお父さんとは友達で、お父さんが役人になる前は研究仲間でもあったらしい。
「彼がいれば今頃は自立型AIだって開発されていたかも知れない」
二択博士は半年前に突然姿を消した。
天才科学者なので拉致された可能性もあるとされたが、手掛かりは見つからなかった。
「今の埼北市はエモーショナルプロジェクションマッピングの実験都市になってるが、本当は自立型AIの導入が目玉になるはずだった。
それが軌道に乗っていればラジオであんな事は言わせなかった」
二択博士の話をする時のお父さんはいつも悔しそう。
本来はEPM実験都市ではなく、自立型AI実験都市と呼ばれるはずだったのだ。
「あいつのフォローをするためにお父さんは研究を辞めて役人になったんだ」
これも何回か聞いた話。
研究職を辞めてフォローために役人になったお父さん。
しかしフォローの対象だった当の二択博士が姿を消してしまった。
「EPMだけでは計画は二割程度しか達成できない」
「やっぱり自立型AIだよね」
それは社会を一変させるイノベーションだ。
これが実現化すれば誰も埼北市を馬鹿にできないはずだ。
わたしもそのために何かしたい。わたしの心をじりじりしたものが駆け巡った。
その日の放課後、学校の昇降口を出ると生徒のみんなの視線が校門の辺りに集まっていた。
そして、わたしもほどなく釘付けになった。
違う学校の制服の女の子が二人いたからだ。
一人はポニーテールで。背が高くてスタイルのいい子で、赤い眼鏡をしている。
制服はわたしと同じブレザーだが、色は上下ともに黒だ。
もう一人は背の小さいおかっぱ頭でこちらはセーラー服。
二人は人を探しているようで下校する生徒の顔を見ていた。
わたしも見られて、目が合った。
背の高いポニーテールの方と。
近づいてみると、大人びたキリッとした顔立ちで、眼鏡がさらに威圧感を増している。
わたしは思わず目を背けたが、相手はこちらを見続けている。
いや、反対側からも視線が。おかっぱの子もわたしを見ている。
いや、二人とも近づいて来る。
二人が探していたのはわたしだった!
「葵上あおいさん、ね」
低めだけどきれいなよく通る声。
「な、な、な、何ですか?」
混乱するわたし。
「一緒にコナダ珈琲付き合わない?」
小さい子の方は高いかわいい声だ。
「な、なんでわたしの名前を知ってるですか?」
わたしの声だけがガクガク震えている。
「ボクが教えたベェ!」
気が付けば校門のそばにミムベェがいる。
先日知り合った美里町のゆるキャラだ。
とは言え、プロジェクションマッピングの映像で、実際は市の職員のオペレーターの人が操作しているみたい。
それだけではなかった。
「その子があおいちゃんぷー?」
「ミムベェ、あたし達にも紹介するっち」
ミムベェの後ろから現れたのは、同じくらいの大きさの存在。
全身茶色のはにわのような姿と、小麦の穂の束に顔が付いて手足が生えたような姿。
彼らには見覚えがある。
埼北市本庄のゆるキャラ、はにぷーと、同じく上里町のゆるキャラ、こむぎっちゃんだ。
「新しいプリジェクションキュレーターが現れたって聞いたから挨拶に来たの」
そういうとポニーテールの子は微笑んだ。
つまりこの二人は……。
彼女達に連れられ本庄方面のバスに乗り込む。
車内でもポニーテールの子の美しさは人々の目を引いていた。
一方でわたし達と一緒にバスに乗り込んだミムベェ、はにぷー、こむぎっちゃんは誰も気にしない。
やっぱりわたし達にしか見えていないようだ。
本庄文化会館前のバス亭で降りればコナダ珈琲はすぐそこだ。
「代金はボク達が払うから好きなものを頼むベェ」
ミムベェが言ったがわたしは思わず、
「ミムベェ、他の人には見えないでしょ」と言ってしまう。
「大丈夫。この前のアプリにボクらは経費をチャージできるベェ」
この前のアプリ。青い丸にpsyと書かれたアプリ。わたしをヒーローに変身させたアプリだ。
経費って事は会社なのだろうか?
ポニーテールの子はアメリカンコーヒー。
わたしはカフェオレ。
おかっぱの子はコーヒーフロートを頼んだ。
メニューが来てから自己紹介が始まった。
「わたしは本庄西中の梅桃もも」
ポニーテールの子が言った。近くで話していて気付いたが、彼女の赤い眼鏡は伊達眼鏡だ。
「そして、プリジェクションサクラよ」
サクラと言う事は変身するとピンク色なのだろう。
ピンク髪は微妙だが、唇のピンクはまあ問題ない。
「あたしは上里中学の松木いろ」
おかっぱの子が続く。
「またの名をプリジェクションペアー」
「ペアー?」
「梨の事だよ」
梨と言う事は黄色か。
金髪は実際にいるし、問題ない。唇の黄色はニッチだけど。
総合するとわたしの青だけがが全体的に微妙だった。
二人は先輩のプリジェクションキュレーターという事か。
と言っても、二人ともここひと月の間ではにぷーとこむぎっちゃんに出会ってバトルしたらしい。
怪物騒ぎをラジオで聞いたのは今日が初めてだし、エモバグの出現はごく最近の事なのだろう。
「これで三つの街に三人のキュレーターがそろったベェ」
「三色のキュレーターが揃えばエモバグも恐くないぷー」
「キュレーターで迎え打つ用意はできたっち」
ゆるキャラ三人も盛り上がっているが、彼らの事はやはりわたし達にしか見えない。
「そういえばキュレーターってどういう意味?」
わたしは前からの疑問を口にした。
「管理者とか調整者って意味っち」
こむぎっちゃんが答えた。
この時気付いたが、こむぎっちゃんの声は女性だった。
中の人は女性なのかも。
「エモーショナルプロジェクションマッピングの調整をする者って事ぷー」
はにぷーは男性の声だ。
エモーショナルなバグをやっつけて、街のエモーショナルなプロジェクションマッピングを調整するのがプリジェクションキュレーターって事らしい。
「そう言えばミムベェ達って何なの?」
プロジェクションマッピングで作られている感じはするから本当にこういう生き物って訳ではなさそうだけど。
「ボク達は埼北市の職員だベェ」
ミムベェの説明が始まった。
「中の人がって事?」
「そう言う事だベェ。EPMのネットワークを通じてプリジェクションキュレーターの適合者を探してたんだベェ」
見つかったのがわたし達三人と言う事か。
「ボク達の姿が見えるエモーショナルパワーの持ち主がプリジェクションキュレーターになれるんだベェ……」
ミムベェが言葉に詰まった。
と思ったら、はにぷーとこむぎっちゃんと顔を見合わせた。
「エモバグが出たベェ!」とミムベェ。
「エモバグが出たぷー!」とはにぷー。
「エモバグが出たっち!」とこむぎっちゃん。
ゆるキャラ達はエモバグの存在を感知できるらしい。
「若泉公園に行くぷー!」
はにぷーを先頭に店を出るわたし達。
ちなみに携帯をレジの自動決裁端末にかざすとちゃんと決済された。
埼北市本庄のお花見スポットと言えばやはり若泉公園だろう。
川沿いの桜と赤い太鼓橋の風情を楽しむ事ができ、夜にもなればライトアップされる。
遊具も設置されていて、一年を通して家族の憩いの場所でもある。
川では夏場は噴水広場で水遊びもできる。
EPM実験都市となってからは昼間でもプロジェクションマッピングによってさらに美しい景観となっている。
この日も公園全体に桜の舞う映像が投影されていた。
もちろん、癒しの効果のあるEPMの映像だ。
しかし、そんな癒しの空間にもエモバグの魔の手が。
音声合成したような抑揚のない大声が聞こえて来る。
『整形は見れば分かるー!バレバレはイタすぎるー!』
<つづく>
【あおいちゃんのイノベーティブ現代用語講座】
・イノベーション/イノベーティブ
イノベーションは名詞でイノベ―ティブは形容詞。
技術革新の事と思われがちだけど、それだけじゃないよ。
「新機軸」「新しい切り口」「新しい捉え方」「新しい活用法」(を創造する行為)のこと。
あおいちゃんは埼北市のイノベーションを応援しています!