第20話 いろちゃんの昔語り イノベーションの光と影!! Aパート
「行ってきます、お母さん」
「行ってらっしゃい、あおいちゃん」
土曜日、本庄駅行きのバスに乗り込んだわたし。
目的地は本庄コミュニティセンター。本庄駅もほど近い本庄のメインストリート、二本松通り沿いの煉瓦造りの三階立ての建物だ。
以前、青バグとのバトルをすっぽかしてしまって、ももに怒られた場所だ。
ここの一室ではEPMの投影ができて、ミムベェ、はにぷー、こむぎっちゃん、子バートン(わたしのお父さん)も集まってミーティングができる。
今回集まった目的はいろちゃんの話を聞くためだった。
いろちゃんの双子の妹、松木きいちゃんが、キュレーショナー、ディスコードの正体だった。
そして、ディスコードはこの街のイノベーションに敵愾心を、というより恨みを持っていた。
その理由についてもいろちゃんは知っているみたい。
今日は全てを話すという。
こうなってくると、ディスコードがわたしやももの正体を知っていた事にも関与が疑われたりもする。
でも、いろちゃんは今まで一緒に戦ってきた仲間だ。
ももを怒らせた時に、わたしをももがアイドル活動するライブハウスまで連れてってくれた。
操られたセゾン姉妹を助けるため、
三人でタイミングを合わせて、協力技「さいたま・リベレーション・ストリーム」を成功させた。
わたしはいろちゃんを疑ってないし、隠し事があっても何か止むに止まれぬ理由があっての事だと思ってる。
ももにメールをしたら「まずは話を聞いてから」との事。
コミュニティセンター3階の会議室に入ると、ももがすでにいた。
ミムベェ、はにぷーも。お父さんも一足先に出勤していて、子バートンもいた。
しばらくして机の上にこむぎっちゃんが現れたら、いろちゃんも部屋に入ってきた。
さすがに緊張の面持ち。
部屋の空気も引き締まってくる。
「みんな、わざわざごめんね」
ぎこちない笑顔で一堂を見回すいろちゃん。
「ディスコードの正体はわたしの双子の妹のきい」
松木きいちゃんか。
「一年前にわたしと一緒に埼北市にやってきたの」
確か千葉県に住んでいたって。お母さんの具合が悪くなって、親戚のいるこの街にやってきとか。
「わたし達が千葉で住んでいた筑波市の学園都市で、エモーショナルプロジェクションマッピングの実験が行われていたんだ」
埼北市が実験都市になる以前の話だ。
二択陽一博士が住んでいた場所だし、お父さんも一時期住んでいたという。
話はその頃までさかのぼった。
そして、それはあまりにもショッキングなものだった。
「わたしときいには6歳上のお兄ちゃんがいたの」
ディスコードもお兄さんの話をしていたっけ。
「お兄ちゃんの当時通っていた高校で、EPMの心理実験が行われていたんだ。
でも、お兄ちゃんはいじめられていた。
クラス中からいじめられていて、先生もそれに加わっていた」
「EPMはそのいじめを止める効果はなかったの?」
思わず尋ねるわたし。
EPMは人の心を穏やかにできる。
その心理効果で交通マナーが向上したから、埼北市では自動運転が実現した。
犯罪やいじめの抑止の効果もある。
と、いうよりその効果が千葉県の学園都市での実験で確認されたので、埼北市の実験都市計画はスタートした、はずだ。
「効果はあったよ……!」
いろちゃんの声のトーンが変わる。
低くて、感情のこもった、今まで聞いた事のない声だった。
「お兄ちゃんは学校を休まなかった。EPMの心理効果で、まだ大丈夫だと思い続けた。
そして、卒業してから、EPMの効果から離れてから……、自殺したの」
「そんな!EPMにいじめをする側への心理効果はなかったの?」
どちらかと言うと、そっちの効果の方が重要だし、運転マナーの向上にも関わりのある要素ではないか。
「実験の初期ではその効果は小さくて、いじめられている子のメンタルケアの効果がメインだったみたい」
でも、だからって!
実験の目的と目の前のいじめは関係ない。
「学校側もいじめられている子の不登校を防げれば問題ないと判断したみたい」
「そんなひどい!」
わたしは頭に来た。
EPM以前にいじめを阻止するのが教育者の仕事のはずだ。
「それが原因でお母さんも身体を壊して、お父さんが看病してる。
それなのにEPMの評価実験は成功と判断された。
この埼北市で実験都市計画が本格的に始まる事になった。
まるで卒業後に自殺しても構わないみたいに」
こんな事があったらわたしだってEPMに不信感と怒りを抱いてしまう。
「わたしと妹はおじさん夫婦の元へ身を寄せる事にして、この街にやって来た。
EPMによる過ちを止める証拠を集めるためにわたしときいはこの街にやって来たの」
いろちゃんの告白は強烈だった。
この街でイノベーションが始まる前にそんな事があったなんて。
「で、いろはプリジェクションキュレーターになって内部に探りを入れていた訳?」
ももだった。
「こむぎっちゃんと出会ったのは偶然だよ」
こむぎっちゃん達ゆるキャラが見えるエモーションの持ち主しか、プリジェクションキュレーターにはなれない。
確かにこれは偶然だろう。
「プリジェクションキュレーターになって、初めは何か情報が得られないかって思ったよ。でも、ももちゃんとあおいちゃんに知り合って……」
涙ぐむいろちゃん。
「とっても楽しかったの……。でも二人ともこの街のイノベーションを大事にしてて……」
「二人の事を応援したいけど、お兄ちゃんの事もあるし。どうしたらいいか、分からなくって……」
「妹がキュレーショナーだった事は?」
「知らなかったよ。でもわたしがプリジェクションペアーな事は話した。あおいちゃんとももちゃんの事も」
わたし達の事をディスコードが知っていたのはいろちゃんからだった。
でも悪気はなかったみたい。
「きっとそれが許せなかったんだね。だから妹はキュレーショナーに……」
うつむくいろちゃん。
「それは偶然だベェ」
ミムベェだった。
「セゾン姉妹の話を聞く限り、キュレーショナーも一定のエモーショナルパワーが必要ベェ」
「キュレーショナーはみんな、ゴッドGに選ばれたらしいぷー」
「妹さんもきっと高いエモーショナルパワーをゴッドGに目を付けられたんだっち」
キュレーショナーとエモバグを操るゴッドG。
その正体はいまだ謎だ。
「わたしだってお兄ちゃんの事忘れてないよ。
でもあの時、セゾン姉妹を助けた時。
やっぱりももちゃんとあおいちゃんは息の合った仲間なんだなって分かっちゃったの」
あの時、いろちゃんが震えていたのは意外だなと思ったけど、すごく不安だったからだったんだ。
それでもわたし達は、あの技を出せた。
わたし達と息を合わせる事ができた。
「ごめんね、いろちゃん!」
わたしはいろちゃんに抱き付いていた。
「いろちゃんの事情も知らないで、気安くイノベーションの話なんて!」
わたしも泣いていた。
今までいろちゃんがどんな気持ちでこの街に住んでいたのだろうと思うと、申し訳なくって仕方がない。
「ううん。あおいちゃんはすごくいい子だよ」
いろちゃんは背中から抱き付くわたしの手を握ってくれた。
「わたしの方こそごめんね」
「妹さんもわたし達が助けるのよ」
気が付くとももが後ろからわたし達を抱きしめてくれていた。
「ももちゃん。わたしの事、信じてくれる?」
「わたし達ならできるって思ってるわ」
そう。わたし達はエモーションを一つにできる事を知っている。
必ずいろちゃんの妹さんを取り戻す。
でも、その前に一つ……、
「エモバグが出たベェ!」
「エモバグが出たぷー!」
「エモバグが出たっち!」
思考は中断された。
ゆるキャラ達が一斉に叫ぶ。
「場所は本庄消防署ぷー」
本庄のゆるキャラ、はにぷーが続ける。
「ウミクス上里店に向かってるぷー」
人の大勢いるショッピングモールに近づけたくない。
消防署付近は畑が多いのでせめてそこで食い止めたい。
わたし達は消防署方面に向かった。
本庄にあるコミュニティセンターからはすぐにたどり着いた。
『漫才で政治をネタにするなー!笑えないんじゃー!』
エモバグの色はピンクだ。
その肩にはディスコードの姿が。
ピンクバグとバトルするのはももだ。
しかし、逆に言うといろちゃんとディスコードの直接対決になるという事だ。
本庄と上里の境目で、双子の姉妹の因縁のバトルが始まろうとしていた。
<つづく>
 




