第1話 カリヴァリ君大好き!美里町のヒーロー、プリジェクションソーダ誕生! Bパート
『埼北市なんかが実験都市に選ばれたのは汚い裏取り引きがあったからだー!』
怪物から音声合成したような抑揚のない声が大音量で発せられる。
スローペースなしゃべりはコミカルに聞こえる。
しかし壁面にパンチを繰り出してきたのでコミカルでは済まない。
壁にひびが入ってしまったので相当なパワーだ。
『実験都市は東京から離れた場所でやれー!』
さらに街灯にパンチ。街灯がひしゃげる。
それにこの怪物、なーんか頭にくる。なんかわたしの街をディスってくる。
『イノベーションなんかより他の事に金を使えー!』
「!!」
小人さんや妖精さんのプロジェクションマッピングも避難誘導する中、怪物に向かって行くわたし。
「イノベーションなんか?」
壁や街灯を破壊するだけならともかく(いや、それもダメなんだけど)、この街のイノベーションを馬鹿にするなんて許せない。
でも歩いてる途中、駐車場の隅に奇妙なものを見つけてしまう。
小さなサッカーボールくらいの生き物がそこにいた。
それは美里町のゆるキャラ、ミムベェだった。
ミムベェにしか見えなかった。
紫色の鳥のような姿をしていて、手は葉っぱになっている。
これは美里町の特産のブルーベリーの葉に由来する。
語尾の「ベェ」がトレードマークだ。
ミムベェは避難するでもなく、避難誘導するでもなく、不機嫌そうに足踏みしている。
近づいたら会話が聞こえて来た。
「青いエモバグが出ちったらしょうがねえだろ」
「だからおれも毎日街中を探してるって」
「今日はガールズバーは無理じゃね?」
語尾の「ベェ」がない。
それにミムベェってガールズバー行くんだ。
我らが町のゆるキャラの意外な一面を垣間見てしまった。
と、気が付いたらミムベェと目が合っている。
「避難しろ。警報鳴ってるだろうが」
あの愛らしいつぶらな瞳のはずのミムベェがジト目でにらみつけている。
「ゆるキャラってガールズバー行くの?」
「避難しろっての!ああ、悪い。こっちの話…」
見た感じでは一人だけど誰かと話をしてるみたい。
通信しているのだろうか。
質感は小人さんや妖精さんのプロジェクションマッピングに似ている。
いろんな方向のプロジェクターから投影してるので立体映像にはなっているけど、地面にぴったり足を付くのは難しいので、地面にめり込んだり、浮いたりするものなのだ。
さっきの足踏みをしてた足が地面に付いてなかったんだよね。
それでも会話できてるって事は……
「もしかして中の人がガールズバーに行ってるの?」
「それより早く避難する……」
そこでミムベェは考え込む。
「お前おれが見えるのか?!」
「ミムベェがガールズバーの話してたのは見えたよ」
「本当か?」
「うん!今日はガールズバーは無理って」
「そうか!ついに見つけたぜ!」
なにやらミムベェは喜んでいた。
「ガールズバー好きなの?これでガールズバー行ける?」
「その話からはもう離れろって」
ミムベェはちょっとイラッとした。
「お前の名前は?」
「葵上あおいだよ」
「葵上ね……、葵上……、ってマジか」
我ながら結構珍しい苗字だよね。
「オホン…!あおい、スマホは持ってるベェ?」
語尾の「ベェ」が付いた。
「うん」
「スマホをボクにみせるベェ」
一人称も変わった。キャラ付け始まったっぽい。
わたしはスマートフォンをミムベェに渡した。ロック画面のお母さんの写真が見える。
ミムベェは葉っぱの形の手をスマホにかざす。
「これでいいベェ」
返されたスマートフォンのロックを解除すると見慣れないアプリが。
水色の丸の中に黒く「psy」の文字が書いてある。
と思ったら夕日を遮る大きな影。
怪物がわたしに迫ってきていた。これはまずい。
「避難しなきゃ」
「そうじゃないベェ。アプリを起動するベェ」
「さっきまでさんざん避難しろって言ってたのに」
「君は選ばれた存在だベェ。あの怪物から街を守れるベェ」
「何なの、それ?」
わたしは半信半疑ながら、アプリを起動した。
近くのEPM用プロジェクターからわたしに光が降り注ぐ。
「わわわわ……!」
プロジェクションマッピングの光に照らされたわたしのブレザーが変化していく。
紺色のブレザーが鮮やかなシアンに変わる。
Yシャツも同じ色になり、ブレザーと区別が付かなくなる。
胸元のリボンの中央には大きな宝石型のブローチが。
服の袖とスカートの裾には白いフリルが付く。
髪はなんとなくフワッとしたくらいだが、羽飾りのようなカチューシャが装着されている。
「何これ?何これー?!」
「成功だベェ!気分はどうベェ?」
気分は…、そう!気分が盛り上がっている。
「イノベ―ティブ!!」
怪物はもはや目前なのに恐怖はない。
体が軽い。力がみなぎる。勝てる気がする。いや、何でもできそうな気がする。そのぐらいテンションが上がった。
『埼玉なんかだっせえよな!』
怪物は振りかぶって殴りかかってきたが、それを飛んで回避。
その時、わたしは街灯より高く飛んでいた。
「何これ?すごくない?!」
「エモーショナルプロジェクションマッピングの力だベェ!」
感情に作用するのがEPM。
そして、そのエモーショナルな衣装は、着けているわたしの身体能力まで向上させている。
「でもプロジェクションマッピングでできた服で動き回れるなんて」
「さっきのアプリのダウンロードされたスマホの座標に投影されるベェ。
それがプリジェクションマッピングだベェ」
「プリ?」
なんだかかわいい。
「プリカリキュレイテッド・プロジェクションマッピングの略だベェ!」
そういう事らしかった。
「これであおいはプリジェクションキュレーターだベェ!」
「プリジェクションキュレ……?」
「プリジェクションキュレーター!あの怪物を倒せる唯一の存在ベェ」
「あおいの心の声に従ってプリジェクション何々と名乗るべぇ」
「心の声に……」
「あおいのエモーショナルな声に従うベェ。あおいは何が好きベェ?」
わたしの好きなもの……。
この青い衣装を纏って心に浮かんだもの、それは……
「カリヴァリ君!プリジェクションカリヴァリ君がいい!」
「マジで言ってる……ベェ……?」
ミムベェの顔が曇る。
「センスわる!それに商品の名前はやめろ」
「えー!」
語尾が戻るくらいセンスなかったようだ。
心の声に従えって言ったのにー。
「じゃ、じゃあ何味のカリヴァリ君が一番好きベェ?」
ミムベェの声がひきつっている。
「ソーダ味!梨味もコーラ味も捨てがたいけど」
「じゃあソーダでいいベェ」
「じゃあプリジェクションソーダ味」
「味はいらないよな?普通」
「残念……」
不本意ではあるけどわたしの名前は決まった。
「わたし名前はプリジェクションソーダ、です!」
美里町の平和を守るヒーローにふさわしい名前だ。
カリヴァリ君だともっとよかったけど。
「で、どうすればアイツを倒せるの?」
「エモバグの正体はインターネットの書き込みのネガティブなエモーションの集合体だベェ」
「エモバグ?」
「エモーショナルバグの略だベェ。
エモーショナルプロジェクションマッピングにネガティブなエモーションが混じった事で現れた怪物だベェ」
なるほど。ネガティブなエモーションの生みだした怪物だからけしからん事を叫んでいるのか。
「でも埼北市ではネットでも悪口は禁止でしょ?」
エモーショナルプロジェクションマッピングはネットワークと繋がって市の情報を取得している。
そのため、埼北市はネット上の悪口は厳格に禁止されている。
書き込んでもガイドラインに従って書き込みを削除するAIが存在する。
悪いエモーションがプロジェクションマッピングに流れないようにするためだ。
「規制の網をくぐってアンダーグラウンドではネガティブな書き込みは行われているベェ」
「そんなにしてまで悪口を書き込みたいのかな」
「書き込みたいんだろうベェ」
「ん?」
と、そこで近くの車のミラーを見て重大な事に気付いてしまう。
「うわ、髪の毛青い!」
「ソーダ色だベェ」
「キモい!これカリヴァリ君の色じゃないし」
その青はカリヴァリ君ソーダ味の水色よりもっと濃い青だった。
慌てて、アスファルトに置いていたバッグから鏡を取り出して覗き込んだ。
「やっぱり!」
髪の毛だけじゃない。唇も、眉毛も、まつ毛も青くなっていた。
「キモい!キモいって!唇が青って……」
さらに心配になって口を開けて鏡を見る。
「よかった!ベロは青くない!」
「この方がエモーショナルなんだベェ」
「ホントにー?」
不本意だが仕方がない。
そんな事より今はあのエモバグとかいう化け物だ。
「で、どうやってやっつけるの?」
プリジェクションキュレーターがあの怪物を倒せる唯一の存在だって言うけど。
「エモバグのネガティブなエモーションにキレキレの反論をしながら攻撃するベェ」
「反論?」
「あおいはあのエモバグにキレキレの反論ができるはずベェ。反論しながら攻撃するベェ」
確かにさっきからあのエモバグの発言には言い返したくてしょうがない。
「とにかくやってみる!」
『埼北市なんかが実験都市に選ばれたのは汚い取り引きがあったからだー!』
エモバグは振りかぶって殴りかかってきた。わたしはそれを素早くかわして相手のふところに潜り込んだ。そして…
「埼北市がEPM実験都市に選ばれたのは天候が安定していて、地震が少ないからなんだよ!」
エモバグのおなかにワンパンチ。
「大雨や大雪の被害も埼北市は都内や県南より少ないんだよ!」
ワンツーパンチ。
よろけるエモバグ。攻撃は効いている。
別にスポーツもしてないわたしの細腕のパンチなのに。
「それがキレキレ攻撃だベェ!」
「分かった!」
反論しながら攻撃か。
エモバグは態勢を立て直しキック攻撃。
『やるんだったら東京から離れた場所でやれー!』
わたしはそれをかわし、回し蹴りで反撃。
「むしろ東京からのアクセスのしやすさは計画にとって利点なんだよ!」
さらにバランスを崩したエモバグに足払いを仕掛ける。
「実験都市計画は埼北市で成功したら、次は各県で一ヶ所ずつ行われる予定なんだから!」
『埼玉なんかだっせえよな!』
巨大なエモバグはこれでも倒れない。さらにパンチを仕掛けてくる。
「そんな事ない!」
わたしはそれをかわして、
「埼玉は彩の国!なんだから!」
怪物のお腹にひじ打ち。さらに、
「馬鹿にしないで!」
あごを目掛けてアッパーカット。
ここで不意にわたしの胸のブローチが光り輝いた。
「今だベェ!」
ミムベェが叫ぶ。
「今なら必殺技が出せるベェ!あおいのエモーショナルな心に従うベェ!」
わたしのエモーショナルな心?
「プリジェクションソーダのエモーショナルな必殺技だベェ!」
自然とわたしはブローチの前で手をかざしていた。
ブローチの光が両手の間に移動する。
そのまま腕を伸ばす。起き上がろうとするエモバグに向かって。
「ソーダスプラッシュ!」
わたしの両手から発射されたエモーショナルな炭酸がエモバグに命中すると、その姿はみるみる消えていく。
何度も格闘戦をしても倒せなかったのに、すごい威力だ。
「やったベェ!あおい」
エモバグのいた場所にはエモバグと同じ色の青い球体が残っていた。
「これはサイスフィアだベェ」
ミムベェはそう言うと球体に近づき、どこからともなく取り出した箱にそれをしまい込んだ。
「これを調べればエモバグの正体が分かるかも知れないベェ」
「そうなんだ」
「このサイストレージに保管しておくベェ」
すでにいくつか球体が入ったその箱にミムベェはさっき現れたサイスフィアをしまう。
「これで一件落着ベェ」
ミムベェはほっと一息つくと、わたしに話しかけてきた。
「街を救った気分はどうベェ?」
わたしは窓ガラスに映った自分の全身をみる。
美しい変身ヒーローとなったわたしの勇姿、長い髪を片手でかき上げる。
「どんな気分だベェ?」
「うーん。青い髪はやっぱキモい……」
「あ、そう」
とにかくこの日から美里町のヒーロー、プリジェクションソーダ、こと葵上あおいの戦いは始まった。
それは実験都市埼北市のイノベーションを守る戦いだった!
【あおいちゃんのクリエイティブ作中用語講座】
・プリジェクションマッピング
プリカリキュレイテッド・プロジェクションマッピングの略。
端末の座標を計算してその地点に映像を投影し続けるプロジェクションマッピングの事。
この技術によってプリジェクションキュレーターは変身しているよ。
つまりわたし達の変身はエモーショナルプリジェクションマッピングとも言えるって事。
プリジェクションって何だかかわいいよね!