第14話 梨園のイノベーション! 松木いろちゃんちに遊びに行こう! Bパート
『ゲームに課金して何が悪いー!自分の稼いだ金をどう使おうと自由だー!』
エモバグの抑揚のない大音量の声が響く。
「黄色いエモバグならいろちゃんの出番だよ」
「任せて!あ、でも着替えなきゃ」
部屋着だったいろちゃん。
「わたしが先に行って食い止めるよ!」
わたしは夏服のベストの制服だった。
衣替え過ぎたからね。
「ベストでも大丈夫らしいベェ」
衣替えの時にミムベェに尋ねたらそう言われた。
「らしい」というのは最近キュレーターシステムのアップデートが行われ、その中にベストやセーラー服の夏服でも冬服と変わらないエモーションを発揮できるようにした、とあったんだって。
親バートンの配慮だろうか。
熱いもんね、最近。
「キュレーティン!」
スマホを前方に掲げ、見ないでアプリを起動するわたし。
プロジェクションマッピングの光に照らされたわたしのブレザーが変化していく。
紺色のベストと半袖のYシャツが鮮やかなシアンに変わる。
胸元のリボンの中心には大きな宝石型のブローチが。
髪はなんとなくフワッとしたくらいだが、羽飾りのようなカチューシャが装着されている。
服の袖とスカートの裾には白いフリルが付く。
そして、袖がちゃんと半袖になっている!
ヒーローが衣替えなんて聞いた事ない。
でも助かるよね。
熱いもんね、最近。
エモバグを阻止するべく向かっていくわたしだったが、
「オラァ!」
掛け声ともに現れた黒い影。
背が高く、ヘルメットの様な仮面からは黄緑色の長髪がのぞいている。
ドレス風の衣装だが、鋭角的で刺々しい。
マジョリティのキュレーショナー、エキセントリックだった。
不意打ちのパンチは受け止めたものの、エモバグへの道を阻止された。
せめて幸水さんの梨の木だけでも守りたいのにー!
と、思っていたら……
「ありがとう、ソーダちゃん!お待たせ!」
黄色い小柄なキュレーター、プリジェクションペアーがわたし達を通り過ぎ、エモバグに向かって行く。
「てめ、待ちやがれ!」
エキセントリックはわたしから離れ、ペアーを追いかける。
しかし、
「あんたの相手はわたしよ」
エキセントリックに立ちはだかったのはピンクのキュレーター、腰まで伸びた長いポニーテールが特徴のプリジェクションサクラだ。
「来てくれたんだ!サクラ」
これで2対1。エモバグにはすでにいろちゃんが向かってるし、何とかなりそうだ。
「油断しちゃだめよ、ソーダ」
サクラは真剣な表情で言った。
そう言えばこの前のヤオコニのバトルで、もう少しでエモバグと戦うわたしの方に向かわれそうだったって。
「こいつは武器を使って来るわ」
武器!?
「オラァ!」
エキセントリックが気合を入れるとドット片のようなかけらが彼女の腕に集まり、何かを形作っていく。
それはギターのように見えた。
「エモーショナルなギターって事?!そんな事あるの?」
「あんたもエモーショナルなメントヌとか出すじゃない」
「それもそうか」
サクラに指摘されるわたし。
エキセントリックが弦をならすとビーンと響く音が。
どうやらエレキギターみたい。
と、言ってももちろん電気が通ってる訳がない。
エモーショナルなエレキギターだ。
何がエレキなのか自分でも分からないが、とにかくすごいエモーションの持ち主だ。
「おーおー、誰かと思えばこの前戦ったピンク色じゃねえか」
エキセントリックはにやりと笑っている。
「また負けに来たのかよぁ?」
「あいにくこっちはエモバグが倒せればいいのよ」
サクラとエキセントリックの激しい睨み合いだった。なんだか火花が散っている。
「だったら今日はさっさとてめえらを蹴散らさねえとなあ」
エキセントリックはギターを肩で抱えると近づいてきた。
「楽器で殴るなんてマナーが悪いわね」
「うるせえ、これがロックなんだよ!」
ギターのネックを持って、ボディの部分で殴りかかるエキセントリック。
大振りな一撃を避けるサクラ。
「甘えよ!」
「ぐっ!」
しかし、その瞬間にはエキセントリックのキックがサクラにヒットしていた。
「とろいぜ」
よろめくサクラに振り下ろされるギター。
「そうはいかないよ!」
わたしは両腕をクロスしてエキセントリックの攻撃をガードした。
「サンキュー、ソーダ」
立ち上がるサクラ。
「ペアーがエモバグを倒すまでしっかり食い止めるよ!」
「上等じゃねえか」
エキセントリックはギターをかき鳴らした。
「束になってかかって来やがれ!」
わたし達とエキセントリックのバトルは続く。
一方ペアーはエモバグを何とか梨園の手前で迎え撃っていた。
この先のペアーのバトルについては、エキセントリックの相手に忙しくてあまり見ていない。後から聞いた話を多分に含んでいるよ。
『ゲームに課金して何が悪いー!自分の稼いだ金をどう使おうと自由だー!』
エモバグの抑揚のない大音量の声が響く。
「問題はお金の使い方じゃないよ!」
まずペアーはドロップキックでエモバグを押し飛ばした。
しかし、すぐにエモバグは体制を立て直し、突進してくる。
『無料で遊ぶのはクリエイターに失礼だー!』
そして、ペアーにパンチを繰り出してくる。
「クリエイターの収益の問題でもない!」
ペアーはエモバグの腕をつかんだ。
そして、
「問題は依存症になって、時間や人間関係が犠牲になってしまう事なんだよ!」
エモバグの腕にしがみ付いて体重をかけるとエモバグは道路に崩れ落ちた。
これは関節技だった。
倒れたエモバグの腕にペアーの腕ひしぎ十字固めが極まっていた。
『悪い事なら政府が規制しろー』
振りほどこうと暴れるエモバグだが、
「タバコの危険を訴え始めたのは四十年前。ネットゲームの規制だって、日本は何もできてないわ!」
腕のロックを解く事はできなかった。
関節技は締め上げる度にエモーショナルパワーが貯まるという。
「キレッキレっち!」
こむぎっちゃんもサムズアップしている。
「ソーシャルゲームの規制を計画しても、実現が何十年後かは想像がつかない!」
ペアーが締め上げは続く。
「自分の身は、自分で守るしかないんだからー!」
ペアーの胸元のブローチが光輝く。
「エモーショナルパワーが貯まったっち!」
こむぎっちゃんが叫ぶ。
必殺技が使えるようになったのだ。
「勝利の法則は決まった!」
ペアーは関節技を解くと謎の呪文を叫んだ。
多分ペアーの好きな特撮のなんかなんだろう。
ブローチの輝きが右足に移動していく。
「ペアークラッシャー!」
起き上がりつつあったエモバグに、ペアーのジャンプキックが炸裂した。
光輝く右足のジャンプキックを受けたエモバグは雲散霧消した。
「サイスフィアゲットっち!」
あとには黄色く輝く球体が残った。
こむぎっちゃんはその球体、サイスフィアをサイストレージにしまった。
「おいおいおいおい!もうやられちまったってか?お楽しみはこれからだっつーのに」
エキセントリックはショックを受けていた。
ちなみにこの時わたしとサクラは、二人掛かりでエキセントリックのギターを止めていた。
突然重い感覚が消えたと思ったら、ギターは消えていた。
「ちっ、つまんねえ」
エモーショナルなギターは、彼女のエモーションの乱れに応じて消えたようだ。
「勝負はお預けだな」
エキセントリックは飛び退いて言った。
それからジャンプを繰り返し去っていく。
厳しいバトルだったが、梨園だけは何とかノーダメージで守りきった!
さて、人型ロボットのレンタルの件だが、わたし達が変身を解いて戻って来ると、お父さんが車の後部座席からロボットを降ろしていた。
無事に契約を取り付けたみたい!
しばらく梨園でお父さんと幸水さんは操作説明の会話をしていた。
わたしはその間、いろちゃんとももとおしゃべり。
せっかくなのでももにも梨を食べて帰ってもらう事にしたのだった。
「確かにおいしいわね」
「そうでしょ、もももも」
「ももももって言うな」
上里の梨を三人で堪能したのだった。
「でもいろちゃんが千葉県の人だったなんて!」
千葉県と言えば二択博士が研究をしていた学園都市のある場所だ。
お父さんも一時住んでいたし、わたしも遊びに行った事がある。
「実はお互い見かけた事があるかもね」
「あはは、そうだね。あおいちゃん」
そして、帰りの車の中。
「お父さん、やったね」
「いやあ、あおいちゃん達のおかげかも知れないよ」
「どういう事?」
そもそも子供のいない幸水さん夫妻は自分の代で梨園をやめるつもりだったという。
「でもいろちゃんとあおいちゃんが、梨を食べながら楽しそうに会話するのを見ていた奥さんが、この技術を残したいと思ったそうなんだ」
ロボットが人と人の絆を繋ぐ事もできる。
そのきっかけを作れたなら、とっても素敵な事だと思う。
お父さんはロボットのマニュアルを見せてくれた。
この人型ロボットの商品名はPSYシリーズと言うらしい。
「PSYシリーズは自律型AIへのアップデートを前提に作られているんだ」
「それって自分の意思を持ったロボット?」
「陽一の理論では人の心をデータ化して、サンプルを集める事ができればアップデートの可能性はあるらしい」
アップデート、つまりロボットに心が宿るという事か。
「『世界』に対する『自分』を知る事に成功すれば、AIは『自我』を獲得する。
『社会』に対する自分の『役割と責任』を知れば、AIは『人格』を獲得する」
お父さんがつぶやいたのは、二択陽一博士の論文の一説だった。
「でもそれにはAIに本能を与えないといけないんでしょ?」
命を持たないAIに「生きる事に執着する本能」を与える。
二択博士の論文が、自律型AI誕生の最後の課題とした問題だ。
「そうだね。それが難しい」
論文のさっきの一説の続きはこうだ。
「『生きる事に執着する本能』を獲得した知能は、実質的に魂を獲得したと言える」
データ更新のため、いったん後部座席に戻されたロボットを眺める。
灰色の、すべすべした、丸みのあるデザイン、ロボットらしいロボットだ。
これに魂が宿るなんて、考えただけでわくわくする。
何としても魂を持ったAIを完成させたい。
わたしはそう思った。




