第14話 梨園のイノベーション! 松木いろちゃんちに遊びに行こう! Aパート
「行ってきます、お母さん」
「行ってらっしゃいあおいちゃん」
休日、お父さんと一緒に上里町にお出かけ。
埼北市の北の端、つまり埼玉県の北の端、長幡地区へ。
ここへのロボットあっせんに同伴させてもらったのだ。
「農園主さんへのロボットの売り込みなんて。お父さん、こんな営業みたいな事までするんだね」
休日なのに。
お父さんの仕事、「実験都市アドバイザー」は公務員だ。
「研究スタッフがいいロボットを作ってくれているからね。成果に繋げないと」
そのロボット開発も、お父さんが二択博士の残したデータを丹念に解析したおかげだという。
お父さんは本当に頑張ってる。
さて、お父さんは車の中ではいつもラジオを聞いているが、今日は休日なのでいつもとは違うニュース番組だった。
「実験都市、埼北市の市庁舎が襲撃を受けた事件を受けて、藁葺木総理が会見を行いました」
スピーカーからざわざわした会見場の物音が聞こえて来る。
「埼北市ではすでにテロ事件とおぼしき事案が頻発しており、実験都市計画の見直しを求める声もあります」
過去のラジオでの、世間の埼北市の評判は最悪だったので、今回もげんなりするスピーチを聞かされると思っていた。
しかし、総理大臣のスピーチは予想外のものだった。
「愚民どもはイノベーションの事なんか分かっちゃいないんだから、すっこんでろ!ですわ」
口は悪いけど、実験都市の事は悪く言ってない。
「しかし、このまま治安の悪化が続くようなら新たな実験都市の誘致も難しいのではないでしょうか」
「テロリズムは毎回防がれています。実験都市の運営もこれからさらに小慣れていくのでは?」
よかった。この人は埼北市に好意的だ。
「野党は東京オリンピックの誘致を中止してまで、実験都市計画を推進した総理の責任は重いとしていますが、それについてコメントは頂けますか?」
「オリンピック?はっ!オリンピックがなんだって言うんです?あんなものが何の役に立つって言うんです!」
藁葺木総理はうんざりした顔で言った。
そして、どうやらオリンピックより実験都市計画を推進してくれたのは藁葺木総理らしい。
「野党も愚民どもも余計な事は言わぬ事です」
丁寧に暴言を吐く総理。
「愚民どもはお口にチャック!はい、皆さんご一緒に!愚民どもはお口にチャック!」
誰も復唱しない。
「はい、じゃあノリが悪いので帰りまーす」
本当に藁葺木総理は立ち去ってしまう。
あとはカメラの音とざわめきがしばらく続いた。
「この会見で総理の支持率はさらなる低下を……」
静かになった後、スタジオのアナウンサーの声が聞こえてきた。
「あっはっは…!相変わらずだなあ、藁葺木先生は!」
お父さんは大笑いしていた。
「先生?」
「お父さんと二択博士は大学で彼女の授業を受けた事があるんだ」
「あの人先生だったの?」
「藁葺木先生はMITを卒業した物理学者さ」
「物理学者で総理大臣!すごい!」
「だからイノベーションの重要さも理解しているんだ」
お父さんの先生でもあったとは。
評判の悪い総理だけど、ちょっと好きになっちゃった。
そんなこんなですでに上里町だ。
上里もたくさんお店があるが、長幡地区あたりは本当に畑だらけ。
もしくは網に守られた低木の林。
その林こそ今回の目的地だ。
低木になっているのは梨。
上里町と言えば梨の産地なのだ。
梨の実は収穫時期を迎えると、果実を支える軸が外れやすくなる。
しかし、無理に引っ張って収穫しようとすると、新芽が傷つき翌年の発育が悪くなってしまう。
梨の実を持ち、持ち上げ、軸を自然に外す。
この力加減が重要だ。
作業用人型ロボットのロボットアームがその力加減を、ある程度再現できるようになったのだ。
次は、実地でのデータ取りと精度の向上だ。
お父さんが最初に協力を求めたのは農園主さんの幸水さん。
ロボットのレンタル料は国が負担。
のみならずデータ収集が済んだら無料で譲渡。
メンテナンスも一年間は無料という好条件。
これなら誰でも絶対協力しちゃうよね。
と、思ったんだけど、どうも農園主さんの反応が芳しくない。
「ロボットを後継ぎにしたら、人間はいらなくなってしまう」
なんて声が聞こえてくる。
お父さんは、
「ロボットに労働させても、人間のサポートは必要です。そのノウハウを今から蓄積できます」
と熱心に説明してるけど、なかなかいい返事は聞けない。
「ロボットに仕事を明け渡して、人間はお払い箱か」
御年52歳の幸水さんはさすがに頑固。
「今さら長年続けてきた仕事のやり方を変えるつもりはない」
と、突っぱねられてしまう。
この辺りでわたしは幸水さんの奥さんから、家に上がって梨でも食べないかい?と言われた。
本当はわたしもイノベーションの大切さを説きたかった。
でも「あとは大人の話」という奥さんの言葉に従う事にした。
お父さんのイノベーション、うまく行って欲しいな。
幸水さんの家に入ってまず目に付いたたのは、玄関先に漫画雑誌が山積みにされていた事。
それも主に少女漫画。
幸水さんの家の子供は漫画好きなのかな。
入ると、廊下や階段にも漫画雑誌や単行本が置いてあった。
少年漫画も相当数ある。
幸水さんの家の子供は結構な漫画博士なのかな。
通された広い居間は縁側に面していた。
広い家だった。結構由緒あるお屋敷だったみたい。
その居間には木目の美しい机があったが、そこには特撮雑誌が置かれていた。
と、言っても表紙に写っているのは特撮ヒーローではなく、若い男性俳優だった。
若いイケメン俳優目当てで女性が購入するのを期待して、出版されている特撮雑誌だ。
幸水さんの家の子供は特撮も好きなのかな。
……て言うか、この雑誌を以前わたしは見た事があるような気がする。
待っていると足音がしてきた。
しかし、やって来たのは幸水さんの奥さんではなかった。
切った梨の入った皿を持って現れたのは少女だった。
おかっぱで小柄なわたしと同じくらいの年の少女。
黄色いワンピース姿が可愛らしい。
「こんにちは、あおいちゃん」
「あれ、いろちゃん?」
現れたのはまぎれもない、わたしの知っている松木いろちゃんだった。
「なんでいろちゃんが幸水さんの家に?」
「もちろんここに住んでいるからだよ」
「ここがいろちゃんち?」
どうやら幸水さんはいろちゃんの親戚だったらしい。
「松木さんじゃないから分からなかったよ」
「お母さんが具合悪くなっちゃって、おじさんの家に住まわせてもらってるんだ」
「千葉からこっちに来てるんだよ」
いろちゃんは本当は千葉県の人だった。
上里町で生まれ育った訳ではないらしい。
「もう一年くらいになるかなあ」
いろちゃんは子供のいない幸水さんの家に預けられていたらしい。
そんな事情があったなんて知らなかった。
「そんな事より!さあ、食べて」
いろちゃんは梨の乗ったお皿を机に置いた。
「この梨はあたしがむいたんだよ」
「すごい?上手!」
梨園に住んでいるだけあってむき方もバッチリだった。
「やっぱり美味しい!」
わたしは甘くて、ジューシーな上里の梨に舌鼓を打った。
上里の梨栽培の歴史は古く、江戸時代後期にまでさかのぼる。
この地域は神流川の最下流域にあたる。
上流より運ばれた肥沃な土壌がたい積し、農地に適しているのだ。
多くの品種の梨が丹精こめて栽培されている。
しかし、人口減の波は埼北市にも迫っている。
幸水さんにも跡取りがいない。
だからロボットに労働させろと言うのが正しい解決手段なのかは分からない。
でも、文化が失われるのは避けなければ。
「市からロボットの説明があるって聞いて、あおいちゃんのお父さんが来るのかなって予想はしてたんだ」
「わたしは全然予想してなかったよ」
苗字がまず違うもんね。
と、思っていたらスマホに着信が。
外に出てみると道路のエモーショナルプロジェクションマッピングのプロジェクターからゆるキャラが現れる。
頭に小麦のなった、ジーンズのつなぎを着た上里町のゆるキャラ。
こむぎっちゃんが現れた。
「エモバグが出たっち!」
遠くに黄色いエモバグの姿が見える。
畑を踏み荒らし、梨園に迫ろうとしている。
『ゲームに課金して何が悪いー!自分の稼いだ金をどう使おうと自由だー!』
埼玉県の片隅に、エモバグの抑揚のない大音量の声が響く。
<つづく>
【あおいちゃんのクリエイティブ作中用語講座】
・藁葺木煉歌
日本初の女性総理大臣。
愚民沈黙党所属。
MIT卒業で英語ペラペラ。
大学教員時代はお父さんと二択博士も授業を受けた事があるすごい人みたい。
イノベーションに理解のある人物で、東京オリンピック誘致と二択博士の主張するAI、EPM実験都市特区計画が競合にかけられた時に実験都市計画を選択した。
だからわたしは大好きなんだけど、ちょいちょい国民を愚民呼ばわりするので評判は最悪なんだ!




