第9話 大切なものは目に見えない 愛も正義もガスも?! Aパート
「イノベーーーション!」
あおいちゃんの一日はイノベーションで始まる。
目が覚めた瞬間ベッドから飛び起きるわたし。
両足を肩幅に開き、右手は腰、左手を高らかに掲げる。
親指と人差し指を90度に開き、天を指差す。
これがわたしのイノベーションポーズ。
毎日がイノベーション。
イノベーションはわたしの命。
今日もイノベーティブな一日が始まる。
今、お父さんが関わっているロボットの開発の仕事の一つに、ロボットアームの開発がある。
老人ホームの介助労働を行うロボットの腕の部分。
人一人分以上の重さの上げ下げを何度も繰り返すだけの強度と耐久性が必要な部位。
お父さんや技術者の人達もなかなかいいアイデアが出ないみたい。
しかし、わたしはこの日、妙案が思い付いてしまった。
「ガスダンパー」というものがある。
スプリングをガスの反力によって駆動させる機構の事だ。
小型のものでも大きな反力が得られ、駆動はソフトで滑らか。
このガスダンパーを用いる事で、ロボットアーム問題はたちどころに解決するに違いない!
思い付いたら試さずにいられない。
台所に向かい、元栓をひねる。
そして、ガス管を手を引っこ抜こうとする。
このガスをバネ仕掛けの容器に封入すればイノベーションは達成する。
このガスを解放すれば。
ガスさえあれば……。
ガスを!もっとガスを……!
「何をやってるんだい、あおいちゃん!」
お父さんだった。
急いで駆け寄って来て、わたしは取り押さえられた。
「ガス管だけはむやみに抜いちゃいけないよ!」
わたしのお父さんは怒っても暴力を振るったりはしない。
でも、今回の腕の掴み方は本気だった感じがする。
「うーん、イノベーティブ!」
みんなもガス管だけは抜いちゃダメだよ。
「行ってきます、お母さん」
「行ってらっしゃい、あおいちゃん」
本庄市方面のバスに乗り込むわたし。
今日はコナダ珈琲でプリジェクションキュレーターのミーティングなのだ。
ところでみんな、はにぷーの事をどこまで知っているだろうか。
はにぷーは本庄市のいわゆる「ゆるキャラ」だ。
埴輪をモチーフにしている。
埴輪がそもそも人間をモチーフとしているのだから、モチーフをモチーフにしてしまっているとも言える。
とどのつまり昔の格好をしたただの人間でしかない。
それはそうかも知れない。
ゆるキャラとしては没個性的だというのもそうかもしれない。
だが、はにぷーの脅威はそこにあるのではない。
埼北市本庄のホームページの彼のプロフィールを見て欲しい。
千四百年前からタイムスリップによってやって来たという事実がはっきり明言されている!
つまり、今ある歴史は彼が意のままに改ざんした世界なのかも知れないと言う事だ。
もしかしたら本来の世界線では、埼北市と言う自治体は存在しなかったかも知れない。
はにぷー達ゆるキャラの名前も違ったのかも知れない。
実験都市計画が行われず、同じ1000億円の予算で東京でオリンピックが行われていたのかも知れない。
それどころか1000億円の予定が3兆円規模のオリンピックになっていたかも知れない。
ちょっと想像つかないけど。
とにかく我々は、はにぷーと言う新世界の神の手のひらで踊らされているに過ぎないのではないか。
はにぷーはもっと畏怖されていいのではないか、とわたしは思うのだ。
コナダ珈琲に到着したわたし。
お店の人に三人で待ち合わせと伝えたらすぐに通された。
ゆるキャラ達がテーブルの上にいるので、分かりやすい。
「この!この!この!この!」
新世界の神とも言うべきはにぷーは、梅桃ももにめっちゃデコピンされていた。
「目障りだからやめるぷー」
デコピンと言ってもプロジェクションマッピングであるはにぷーに実際命中する訳ではない。
それでも不快である事に変わりはないようだ。
「ど、どうしたの?もも」
「コイツ!昨日、わたしの目の前でエモバグが出たのに、探知しないから何してんのかと思ったのよ」
まだデコピンは続いている。
「だれかとガールズバーに行く話しててさ」
はにぷーもガールズバー行くんだ。
「あ!もしかして昨日の夕方?」
「そうよ」
「ああ、それは連絡の相手はミムベェだなー」
昨日の放課後、帰り道で、ミムベェを見かけたのだった。
こちらに気付かないと思ったら誰かと連絡してるようだった。
ミムベェとはにぷーの中の人は仲良しなんだろうか。
「セゾン姉妹が邪魔する前に速攻でやっつけたからよかったけど」
確かに昨日は呼ばれなかった。
「調子のいいももちゃんはキレッキレだからね」
と、いろちゃん。
そう言えばももは、キレキレ攻撃二回でエモーショナルパワーが貯まった事があったなあ。
「後からノコノコ出て来て『サイスフィアゲットぷー』じゃないっての!」
とてもご立腹だ。
「まあ確かにガールズバーに行く算段で、エモバグ探知が遅れるのはダメダメっち!」
中の人が女性らしいこむぎっちゃんからも苦言をされる。
「ごめんぷー。悪かったぷー」
「謝ってるんだし、ももももも許してあげようよ」
「ももももって言うな!」
なんてわたしが新世界の神を擁護していると、
「エモバグが出たベェ!」
「エモバグが出たぷー!」
「エモバグが出たっち!」
ゆるキャラ達が声を上げる。
わたし達以外には姿の見えないゆるキャラの声もやはり他の人には聞こえないようだった。
「児玉工業団地ぷー」
今度こそエモバグを探知できたようだった。
バスで工業団地に向かうわたし達。
まだももの機嫌は悪く空気は悪かった。
わたしは前の座席にいたミムベェに小声で話しかけた。
「二人でガールズバー行ったの?」
「そのガールズバーは接待だベェ」
「接待?」
「昨日はレッドサインのオーナーと飲んでたんだベェ」
「オーナー?」
レッドサインはももの所属するSAH40がライブをしているライブハウスの名前。
「オーナーは昔、本人もバンドをやってて、SAHのプロデューサーでもあるベェ」
「レッドサインのオーナーにももがプリジェクションキュレーターなのを話したベェ」
「そうなの?!」
街の人の中に、プリジェクションキュレーターの正体を知っている人がいるなんて!
まあ、ミムベェとはにぷーとこむぎっちゃんと子バートンの中の人は知ってるんだし。
役所にも知ってる人いそうだ。
「子バートンが、もものキュレーター活動とアイドル活動が両立できるように、オーナーに真実を話す事を決めたベェ」
「ガ、ガールズバーで真実を?!」
「いや、話はこの前のあおい達みたいに役所の五階で。その後飲み屋にも行って、ガールズバーは二次会だったベェ」
確かに考えてみると、ライブ中に中抜けするアイドルは、問題になりそう。
事情をオーナーにくらい話しておかないと、アイドル活動は困難だろう。
「まあはにぷーも、影でもものためになりたくて頑張ってるベェ。そこだけは分かって欲しいベェ」
そうか、目に見えなくても大事な事が世の中にはある。
バスは工業団地に着いた。
碁盤の目のように張り巡らされた道路が目印だ。
整然とした美しい風景だが、近年は不景気で、撤退する企業も多い。
実験都市が成功してまた活気付いて欲しいな。
エモバグの姿が見えてきた。
色はピンク。
降りてすぐエモバグの抑揚のない大声が聞こえて来た。
『差別と言う方が差別だー!そういうつもりで言ってないなら差別じゃないー!』
<つづく>
 




