第8話 イケメンとか特撮とかに夢中なお年頃 松木いろちゃん大いに悩む! Bパート
『冬樹夏樹は特撮にまた出演しろー!特撮をなめるなー!』
奇しくも冬樹夏樹を名指しにしたそのエモバグの主張は、ついさっきいろちゃんがショックを受けていたのと同じ内容だった。
インターネットのアンダーグラウンドの特撮ファンの間でもタイムリーな話題なのだろう。
いろちゃんは固まっている。
「いろ。変身よ」
「うん……」
ももは変身を促した。
「これはわたしかももが行った方がいいんじゃ……」
と、わたしは言ってみたが、
「このジャンルにキレキレ攻撃できるのはいろでしょ」
ももは当然のようにそう言った。
確かに特撮俳優の話題はサブカルチャーのジャンルで、エモバグも黄色だ。
しかし、いろちゃんが残念に思っているのと同じ事をエモバグは主張している。
いろちゃんはキレキレ攻撃ができるのだろうか?
「キュレーティン!」
近くのEPM用のプロジェクターから光が照射され、わたし達の制服が変化していく。
色はももはピンク、いろちゃんは黄色、わたしは青に変わる。
胸元のリボンやスカーフの位置には大きな宝石型のブローチが。
服のそでと、スカートのすそには白いフリルが付く。
髪の毛、まつ毛、眉毛、唇もそれぞれの色にチェンジ。
髪の毛もなんとなくフワッとチェンジ。
ただし、もものポニーテールは腰に届くくらい長くなった。
三人ともお揃いの羽飾りのようなカチューシャが装着される。
「プリジェクションサクラ!」
「プリジェクションソーダ!」
「プ、プリジェクションペアー!」
「こんなところにもプリジェクションキュレーター?!ぞっとするし」
「やっちゃえ、エモバグ!ぞっとしないし」
セゾン姉妹も現れる。
エモバグに命令すると、本人達も襲いかかってくる。
襲いかかってくるセゾン(左)にわたしは応戦する。
「車いっぱいぶっとばしたのはスカッとしたけどねー」
「何言ってるの!エモバグ被害は市が全額負担してくれるんだよ!」
「じゃあいいじゃーん」
「よくないっ!」
「黄色いのやっつけちゃえばエモバグ暴れ放題なんでしょ!」
「そうはさせないわ」
サクラもセゾン(右)とバトルしている。
こうやってる間にペアーにエモバグをやっつけてもらう作戦だ。が、
『特撮俳優は人気が出ても特撮を黒歴史にするなー』
「そ、それはまあそうなんだけど、暴れないでー…」
ペアーの反論は精彩さを欠いている。
それはそうだ。
ペアー自身がナッキーが特撮には出たくなくって、馬鹿にすらしていた可能性がある事にショックを受けている。
『自分の出た作品への愛がない奴はプロ失格ー』
「……きゃあっ!」
反論できないペアーがエモバグのキックに吹っ飛ばされる。
「どうしちゃった、黄色いの?」
「もしかしてあいつ、弱い?キャハハハ」
セゾン姉妹も異変に気付いたようだ、
「やっぱり今回はわたし達で何とかしようよ」
ペアーにセゾン姉妹の片方を任せて、わたしかサクラがエモバグとバトルする方法もある。
「黄色いエモバグはペアーの担当でしょ」
でも、サクラは譲らない。
確かにわたし達が黄バグ相手にエモーショナルパワーを貯めようとすると、50回攻撃しなければならない。
「でもペアーと同じ考えのエモバグには、キレキレ攻撃する事はできないでしょ?」
キレキレ攻撃はキレキレの反論から生まれるのだ。
ナッキーの特撮映画不参加にショックを受けているいろちゃん。
そして、その事を糾弾しているエモバグ。
むしろ意気投合しかねない。
「そうなの、ペアー?あなたもナッキーが作品を愛していないなら、ナッキーは俳優失格だと思っているの?」
「あ、あたしは……」
サクラの言葉を受けて、よろよろと立ち上がるペアー。
そうしてる間にも、エモバグは車を踏みつけたり、街灯を殴ったりしながら店舗を目指す。
「あたしは……、あたしは……!」
ペアーは固まっている。
葛藤しているようだった。
エモバグに駆け出していくペアー。
『冬樹夏樹は特撮にまた出演しろー!特撮をなめるなー!』
「あたしは……ナッキーが好きっ!ナッキーには、自分の今一番やりたい事をやってもらいたい!」
ペアーは駐車場からいよいよ店舗に近付こうとするエモバグにタックルを仕掛ける。
「だから今ナッキーがやりたい事が特撮じゃないなら、無理に出演しなくてもいいと思う!ナッキーの選んだ道を応援する!」
今度は重い一撃が炸裂し、エモバグは倒れた。
キレキレ攻撃が成立したのだ。
「オッケー!」わたしはガッツポーズをした。
「やったわね」ももも微笑んでいる。
やっぱりいろちゃんはエモバグと同じ考えなんかじゃない。
「いろ、この調子で行くのよ」
「うん!」
『自分の出た作品への愛がない奴はプロ失格ー』
エモバグは両手を握りしめていろちゃんを殴ってくるが、
「そんな事ない!」
いろちゃんはそれを後ろにジャンプでかわして…、
「作品愛を持って仕事ができたら素晴らしいけど、愛がなくても仕事を果たすのは素晴らしい事でしょ」
そのままかかと落とし!
「何これー!効いちゃってるじゃん。ぞっとするし」
「さっきまでと全然違うー!ぞっとしないし」
セゾン姉妹は狼狽するが、
「そっちこそペアーの邪魔はさせないんだから!」
「黙って見てることね」
『だったら有名になっても特撮やれー!黒歴史にするなー』
踏み付けてくるエモバグだが、
「それはあなたにカンケーない!」
素早く回避し、後ろに回り込むペアー。そして…
「今の仕事を一生懸命頑張ってる人を、馬鹿にしないで!」
なんとバックドロップでエモバグを地面に叩き付けた。
「ペアー、すごーい」
わたしは歓声を上げてしまう。
ここでペアーのブローチが光輝く。エモーショナルパワーが貯まったのだ。
「チョーイイネ」
「チョーいいの?!」
いろちゃんの謎の呪文に驚いて復唱するわたし。
「きっと特撮のなんかなのよ」
ももに説明された。
ブローチの輝きが足に移動する。
「キックストライク!」
これもきっと特撮のなんかなんだろう。
ペアーはジャンプした。
「ペアークラッシャー!」
内容は前回のペアークラッシャーと同じキックだった。
光輝くキックを受けたエモバグは消え失せた。
「今回はちょっといけると思ったのにー!ぞっとするし」
「チビのくせにー!そっとしないし」
セゾン姉妹は捨て台詞と共に撤退した。
ペアーの勝利だった。
「サイスフィアゲットっち」
こむぎっちゃんは黄色いサイスフィアをサイストレージにしまう。
エモバグのネガティブな意思は、必ずしも他人事ではなかった。
でも、いろちゃんは自分の気持ちと向き合ってエモバグに勝利した。
エモバグになってしまうようなネガティブなエモーションも、元々は純粋な気持ちであるのかもしれない。
今回のいろちゃんの、ナッキーと特撮への想いのように、なんてね。
その数日後、またわたしたちはウミクスにいた。
地上広場に置かれたテーブルでわたしとももはくつろいでいた。
今日はブラスバンドの演奏も行われていてにぎやかだ。
「なんかいい雰囲気」
「そうだね」
書店からいろちゃんが現れた。
紙袋を持っている。
彼女は映画雑誌をテーブルに広げた。
「ナッキーがリュウジンジャーの映画にコメントしてるの!」
『僕の思い出の作品です。皆さんも劇場に足を運んで下さい』
ナッキーのインタビュー記事に確かにそう書かれていた。
写真のポーズもどうやらかつてのヨクリュウジャーのキメポーズらしい。
「やっぱりナッキーはカッコいいよね!」
ナッキーが本当は特撮の事をどう思っているのかは分からない。
この記事も宣伝の都合でしかないのかも知れない。
やっぱり本当は子供だましと馬鹿にしているかも知れない。
それでも今俳優として頑張っている彼を応援する。
それでいいとわたしは思う。
「さあみんなでリュウジンジャー観に行こう!」
「え?!ナッキーの出てる『最初で最後で二回目のデート』じゃないの?」
ももは意外な提案に困惑している。
「そっちは初日に観ちゃった」
さすが地元民。
「いや、わたし、戦隊ものは行かないよ」
ももは即答する。
「えー、じゃああおいちゃんは?」
うーん、戦隊ものに興味があるか、と言われると全く、パーフェクトに、かけらほども興味がない。
「ど、どうかなあ?」
「ヒーローの何たるかの教科書だよ!」
結局わたしもリュウジンジャーを観る事になった。
ヒーローの教科書なら学べる事があるかも知れないよね。
内容としては去年の戦隊(確か光学戦隊コウアンジャー)が登場して、リュウジンジャーとケンカして和解して、悪の組織(これも去年の作品の悪い奴がゲスト出演)を協力してやっつける話だった。
おととしの戦隊であるヨクリュウジャーも登場したが、確かに四人だった。本来はナッキーも登場の予定だったのだろう。
子供向けながらドラマをしっかり作ってあって普通に楽しめる内容だった。
しかし、ヒーローとして参考になったかと言うと、あんなに爆発したら危ない。
あと最後に敵が巨大化する展開は現実離れしてて、有り得ない。
あれが参考になる事はそうそうないだろうな、と思った。
あと、映画を見終わった後、いろちゃんから「あたし達も名乗りをちゃんとしよう」との提案があった。
確かにわたし達の名乗りは、特撮ヒーローと比べれば簡素だ。
「ただキュレーターの名前を名乗るだけじゃなくて、肩書きもあるといいと思わない?」
と、言う事らしい。
「肩書きって例えばどういうの?」
ももが尋ねる。
「ももちゃんなら咲き誇るキュレーター、わたしなら実りのキュレーター」
サクラとペアー(梨)にちなんでいるようだ。
「わたしの肩書きは?」
「おあいちゃんは、はじけるキュレーターかな」
「はじける?!」
なんだかかっこよくないというか、フォーマルじゃないというか。
「なんでわたしだけはじける?!」
「ソーダだからね」
「他にいいのないの?」
「あとはソーダっぽいって言うと、『あふれる』か『こぼれる』かなあ?どっちがいい?」
どっちもよくない!
どっちも明らかにディスってるし!
「うう……、はじけるでいいです」
「で、あと最後にみんなで『埼北プリジェクションキュレーター』で決めるのはどう?」
これについては文句なかった。
埼北市の平和を守るヒーローにとって、これ以上ない完璧な名乗りだ。
……………
わたし達は埼北プリジェクションキュレーター!
わたしは「はじけるキュレーター、プリジェクションソーダ!」でーっす!
よっろしくー!
とはじけてみた……。
【あおいちゃんのイノベーティブ現代用語講座】
ぞっとする/ぞっとしない
「ぞっとする」は「恐ろしい」という意味で、「ぞっとしない」は「面白くない」という意味。
「恐ろしくない」という意味で「ぞっとしない」というのは本来間違い。
「恐ろし」くて「面白くない」ものは「ぞっとするけど、ぞっとしない」って事になるよね!




