クリスマスの奇跡
ヨーロッパ小国内でも四季折々の花や植物が季節ごとに彩り、比較的冬でも暖かく過ごしやすい村、エルノリア。
そこには、ジョシュアというお母さん想いの12歳の男の子が住んでいました。
赤や黄色の葉っぱが地面を染め、家々からはクリスマスツリーの飾り付けで盛り上がる声が聞こえ、夜には色とりどりのイルミネーションが点灯され始める11月のことです。
ジョシュアは日が昇るよりも早く目覚め、服を着替えてからキッチンに向かいました。キッチンでパンを切り、自分の分を口に放り込みながら、ミルクを入れたコップとバターを添えたパンのお皿を乗せたトレイを持って、マリアの部屋のベッド脇のテーブルに置くと、笑顔でマリアに挨拶しました。
「おはよう! ママ、体調はどう? 朝ごはんはベッドの横に用意してあるから食べてね。今日も頑張って新聞配達してくるね! 」
「ありがとう、ジョシュア」
マリアは、ベッドから体を起こしながら、ジョシュアに言いました。
「ママには元気になって欲しいんだ。だから、ゆっくり休んでね! じゃあ、いってきます! 」
「いってらっしゃい」
マリアから笑顔で見送られながら、ジョシュアは元気良く新聞配達の仕事に出かけました。ジョシュアにはお父さんはいません。マリアは2年前に病に倒れてから、家で療養をしています。それからというもの、ジョシュアは学校にも行かず、新聞配達等をして何とか生活をしていました。
ーーある日の事です。
ジョシュアがいつもの通り、晩御飯の支度をしていると、ドアをノックする音が聞こえました。
「こんばんは。どなたかいらっしゃいませんか?」
誰かが訪ねてきました。近所に住むおじさん達とは違う優しくて柔らかな響きのある声でした。ジョシュアは、誰が訪ねて来たのかと疑問に思いながら、玄関に向かいました。
「どなたですか?」
と、聞きながら玄関のドアを開けました。
初めて見る20代後半くらいの男性が立っていました。男性は帽子を取り、ジョシュアの目線に合わせて少し屈み、微笑みました。
「初めまして。今日隣に越してきたジェームス・ウィルソンです。今、挨拶で近所を回っています。これからよろしくお願いします」
「初めまして、ジェームスさん!僕はジョシュアです。どうぞ入ってください!」
元気に挨拶を返し、ジョシュアは、ベッドに座っているマリアのところまでジェームスを連れて行って紹介しました。
「ジェームスさん、僕のママのマリアです。ママ、こちらジェームスさん。隣に越してきたんだって」
「まぁ、こんばんは。こんな格好でごめんなさい……。マリアです。よろしく」
マリアは、会釈をして優しい笑顔で微笑みました。
「ママは、病気で療養してるんです」
「そうか、それは大変ですよね。これからは、ご近所さんですから、何か困った時は遠慮なく言ってください」
「ありがとうございます、ジェームスさん」
「ジェームスさんも何かあったら、言ってくださいね。この村のこととか、何でも! 僕でよければ」
「ありがとうございます」
ジェームスは子供であるジョシュアにも紳士的に接しました。礼儀正しく、優しいジェームスの事をジョシュアは、すぐに好きになりました。その日から、ジョシュアが新聞配達をしている時に会う度に挨拶を交わし、男手が必要な時にはジェームスに頼り、たまに夕食も一緒に食べたりして、2人はどんどん仲良くなっていきました。
「ジョシュア、おはよう。今日は何か面白い事があったかい?」
「おはよう、ジェームスさん! 今日はね、いつもおとなしいトムのところの犬が、人が通るたびにすごく吠えていて、そこを通ったアンおばさんが、すっごい顔で腰抜かしてたよ。あの顔は表現できないよ」
「アンさんのビックリした顔か。それは、想像できないな……見れなかったのは残念だな」
いつも、そんな他愛もない話で盛り上がり、ジェームスとジョシュアは、友達の様な関係になっていました。
ーークリスマスまであと10日。ジェームスは、ジョシュアに尋ねました。
「もうすぐクリスマスだな。ジョシュアは何かサンタさんにお願いしたのか?」
「……ううん。何もお願いしてないよ」
ジョシュアは元気なく答えました。
「どうしてだい?」
「だって、今までウチにサンタさんが来たことないんだ……。それに、僕が欲しいものはサンタさんにも用意出来ないんだ、きっと……」
とても悲しそうな顔をしているジョシュアにジェームスは何とか元気になって欲しくて、クリスマスプレゼントを送るつもりで、何が欲しいか聞きました。
「何が欲しいんだい?」
「僕の一番の願いは、もちろんママが元気になってくれることだよ。僕にはママしかいないから……。だから、早く元気になって欲しいんだ。それから、サンタさんには毎年、パパが欲しいってお願いしてたんだ。小さい頃からパパが居なくて、ママは生活のために仕事を頑張ってくれてたから、一緒におでかけしたり、遊んだりした事が一度もないんだ。だから、毎年お願いしてたんだけど、サンタさんに僕の願いが届いていないみたいなんだ。もっと良い子にならないとサンタさんは僕のお願いを聞いてくれないのかな……」
「……そうか」
落ち込むジョシュアを見て、ジェームスは励まそうと思ったが、下手なことを言って、さらにジョシュアを悲しませたくないと思い、開きかけた口を閉じた。
そんな様子に何かを察したジョシュアが話を切り上げた。
「あ、ジェームスさん、気分を暗くさせてしまって、ごめんなさい。僕、もう仕事に行かなきゃ」
「……あぁ、もうそんな時間か。話してくれて、ありがとう。頑張ってな」
「うん、またね」
少しぎこちない笑顔を浮かべながら、ジョシュアは去っていった。ジョシュアの思いや願いは、今まで誰にも打ち明けた事がなかった。
ーーそして、10日後。
今日はクリスマスイブ。クリスマスイブとクリスマス当日の新聞配達は、お休みでした。ジョシュアはマリアと家でささやかなクリスマスを迎えていました。そこに、ジェームスが訪ねてきました。
「少し早いけど、メリークリスマス!!ジョシュアとマリアにプレゼントがあるんだ」
「え? いいの?! ありがとう、ジェームスさん!あ、でも…お返しするプレゼントが……」
ジェームスは、にっこり笑って、ジョシュアの頭をポンポンと撫でました。
「そんなのは気にしないでくれ。2人が喜んで受け取ってくれるだけで、充分嬉しいお返しになるよ」
ジェームスはそれぞれにラッピングされた包みを渡した。
「まぁ! ありがとうございます」
「わぁー!! ありがとうジェームスさん!」
2人ともそっと包みを開けた。マリアへのプレゼントには、暖かいブランケットと綺麗な髪留めが、ジョシュアにはグローブが2つと野球のボールが入っていた。ジョシュアは、入っていたプレゼントに目を輝かせ、興奮しながらお礼を言った。
「これ、本当にもらっていいの?! ありがとう!」
「とても暖かいブランケットと素敵な髪留め、とても嬉しいわ。どうもありがとう!」
「喜んでもらえて良かったよ! 実はね、ジョシュアには、もう1つプレゼントがあるんだ」
そう言って、ジェームスはマリアに目配せした。
「え? なに?」
「実はね…、お母さん、ジェームスさんと再婚する事にしたの。だから、ジョシュアにお父さんが出来るのよ!」
マリアの突然の報告に頭がついていかず、ジョシュアはキョトンとした
「え? え? お父さん?」
「あぁ、そうだよ」
幸せな顔をしてジョシュアに微笑むマリアとジェームスに、戸惑いと嬉しさが混じりながらも何度も確認をした。
「私がマリアに一目惚れしてしまってね、昨日プロポーズに対して、良い返事をもらえたんだ」
「毎日私のところに来て、話し相手になってくれて、私もジェームスさんの事がとても好きになったの。それに、病気の私でも良いと言ってくれて…」
少し恥ずかしそうにしながら、照れた顔でマリアは話した。ジェームスはジョシュアの前に両膝をつき、目線を合わせると、ゆっくりとジョシュアに伝えた。
「私が君のお父さんになるんだ。プレゼントしたグローブとボールで一緒にキャッチボールしよう! これからは私が君たちを守るから、新聞配達を続けなくても良いよ。それよりも、学校に通って、友達もたくさん作って、今しか出来ない事をいっぱい経験しておいで!」
思ってもみなかった言葉に驚きつつも、嬉しさが増していく、
「学校に通ってもいいの?」
「ああ、もちろんだよ」
「ジェームスさん……」そう呼びかけて、ハッとして、言い直す。
「パパ! ありがとう!」
ジョシュアは喜びいっぱいの笑顔で、ジェームスに抱きついた。初めてサンタさんに願ったものがクリスマスに手に入った嬉しさで、目に涙が滲みつつも、今まで見たことないくらい、とても幸せそうな笑顔を見せた。3人で楽しくイブの夜を過ごした。
ーー翌日。クリスマスの朝。
ジョシュアとジェームスが朝の挨拶のためにマリアの部屋に向かうと、喜びに満ち溢れたマリアの明るい声が室内に響き渡った。
「ジョシュア! 見て! 少し歩けるようになったの。ジェームスが訪ねて来た時に、リハビリも手伝ってくれていたのだけれど、また歩けるようになるなんて!」
「ママ、サンタさんだよ! きっと、サンタさんが僕のお願いを叶えてくれたんだ!」
「マリア、ジョシュア、本当に良かった!」
「サンタさんとあなたたちのおかげで、私、きっと元気になれると思うわ。ありがとう!」
マリアは、嬉しさいっぱいで2人を抱きしめた。
「これから3人で元気で幸せな家族になろう!」
病気で歩行も困難だったマリアが少しずつ歩けるようになった。ジョシュアは今までずっと願っていても叶わなかった願いが2つとも一度に叶って、お母さんは元気になり、お父さんが出来た。
クリスマスには素敵な奇跡が起こるーー