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 私はノートから目を離して、我知らず大きな息を吐いた。その音の大きさに自分でも驚いてしまう。情報量の多さが、読解能力を鈍らせていた。ひとつひとつ整理してみよう。コーヒーをあおって、ごくんと喉に落とし込む。

 まず彼の記した論文について。雑誌名は筆記体のため一部解読不能で、網膜スクリーンを介したデータバンク検索でも目ぼしい情報は引っかからなかった。続いてドーキンズ博士なる人物。こちらは大量に情報が出てくる。どうやらこの博士は神経生理学専攻の医師で、脳の研究の権威らしい。信頼性の高いデータを参照するには、ある思考や情動が働いた時に活性化する脳の部位を特定していたようだ。例えば過去の記憶や知識にアクセスするときの活性部位と、それらを統合して新しい考えを生み出す時の活性部位の違い。例えば喜びを感じたときの活性部位と、増悪を募らせたときの活性部位の違い。つぶさに脳の違いを研究していたらしいが、詳細なことは更に読み込まないことには分からない。

 中央軍事基地、CMB。こちらは言うまでもなく、このノートを受け取った場所であり、彼の入るコフィンが保管されている場所だ。戦争当時は世界中の国と地域が共同戦線を張るための統括基地であり、数々の重大な軍事的決定が下された場所でもあった。

 私が事前に得ている情報だが、このCMBでは極秘の研究プロジェクトがいくつか並行して進められていた。私が確かな筋から得ている情報の中に、対外勢力の解明と戦力増強がある。世界はこの戦争で未曾有の危機に晒された。従って前例のないことにまで対処しなければならなかったことは確かだ。

 戦争は海からやってきた――我々ジャーナリストが此度の戦争を言い表すのに好んで使う表現だ。比喩的でもなんでもなく、事実を端的に表しているからこそ使う。世界中の大多数の国がこの海からの敵に打撃を受け、これを撃破せんと共同戦線を張り、人的・物的資源を供出し、人類の存亡に挑んだ。しかし、ここに精神疾患罹患者が関わっているのはにわかに信じがたい。そういった人々は徴兵の条件から除外されるのが普通だからだ。

 私は証拠を得る意味も含め、タブレットを経由して、民間人が撮影した戦闘の映像が無いかデータバンクにアクセスした。政府の公式発表で使われる資料映像は編集されているかもしれない。検索結果の中からめぼしいものを探る。アクセス数が多く、信頼ランクの高いものの中からひとつを選択する。撮影は従軍記者、本人のコメントによればドローンを利用した空からの撮影らしい。

 ほんの3分ほどの映像を私は流してみる。

 まず沿岸の荒野が映し出された。私の網膜スクリーンが植生からメキシコだと判断している。画面には煙と砂地と、鉛色の沼――此度の戦争の敵、通称「外来種」がいる。それは粘度の高い水のように海から平原方向へ、均等な速度で広がっていた。強い日差しに銀色の表面をてらてらと光らせており、画面の一部分を切り取れば、ジオラマに流し込んだ水銀のようにも見える。その広がり続ける沼に向かって、一筋の光が滑っていく。ドローンの映像が拡大され、光の輪郭があらわになる。パワードスーツだ。黒っぽい色をしていて、推進システムの燃焼する光が反射していた。パイロットの姿形は確認できないが、人間が搭乗していることは確認できる。

 これが本当に、精神疾患を罹患した人間によって操縦されているのだろうか?

 パワードスーツは重火器類の装備を展開しながら『外来種』に素早く接近し、対峙の瞬間を迎えようとしていた。外来種もまた、一点を針のように集約させてパワードスーツに突進していく。パワードスーツは重たそうな体を上昇させて針の上に着地し、展開させた装備で絨毯爆撃のように攻撃していきながら、銀の沼の後方へ滑走していった。海へ引き戻すような動きだ。

 やがてカメラが上空へ上がっていき、画面の端には支援部隊が映り込んだ。網膜スクリーンが、メキシコ軍を中心に編隊されていることや、映っている戦車の種類などを伝えてくる。つまり、後方に控える支援部隊の情報はデータバンクに収容されており、パワードスーツの情報は収容されていないということだ――何かが隠されている。

 政府が公表していることとして、此度の戦争においてパワードスーツが主戦力に用いられたことは事実だ。「外来種」は自在に变化し、動きが俊敏で、空中への攻撃もできる。従来の戦車や航空機ではその動きに対応しきれず、「隊」ではなく「個」の戦闘が強いられた。また、あらゆるセンサーやレーダーに感知されないためミサイルなどの遠距離攻撃は使用できない。そこでパワードスーツが導入されたというのが公式の情報だ。しかし彼のノートによれば、そのパイロットは正規に徴用された人ではなく、パワードスーツの情報も伏せなければならないものだったらしい。きっとノートにはその秘密が記されているに違いない。

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