95話
「『為虎添翼』を奪って宝塚刀真のパネルも全部横取りってなわけで、評価を上げてスピード出世だ!まぁうちに階級制度無いけどな。どういうことか分かるか?」
そう言って特異怪字になった男はこちらに飛び掛かり棍棒を上から振り下ろしてきた。
私がそれ刀で防ぐと今度は下から掬い上げるかのように棒を扱い、顎を殴り上げてくる。
「ぐがっ!」
そうやって私の胴体がガラ空きになったところを棍棒で突こうとしてきたが、私もやられるだけじゃ終わらない。奴の棍棒の先端が当たる前に「剣山刀樹」を使って刀を地面に突き刺した。
すると無数の刀が地面から生え、私と奴との間に出現。それで突き攻撃を防ぐ。
「ちっ……つまりうちは働いた分だけ先生に評価される実力主義なんだよ!俺は今まで3人のパネル使いを殺してそのパネルを奪った、それに加えお前から『為虎添翼』奪えれば更に俺の評価は上がるだろうぜ!」
「この……性格激変しやがって」
さっきまでは私を目の前にしても弱々しい態度で小さくなっていたにも関わらず、特異怪字になった今は口も性格も驚くほど変わっている。所謂二重人格というやつだろうか?
そうしているとまたもや男の方から仕掛けてくる。
迫り来る棍棒の殴打を「伝家宝刀」で受け止め躱しながらこちらも斬りかかることで反撃をした。
互いの攻撃を避けつつカウンターを入れるという一進一退の攻防が続き、棍棒と刀がぶつかり合う度に鋭い金属音と痺れが腕から脳へ伝わっていく。
こんなことを続けていても何も終わらない、私は奴の棍棒の動きを読み、その腰に一太刀入れようとするも跳んで避けられてしまった。
大きくジャンプした男は、そのまま落下とともに棍棒を力強く振り下ろしてくる。
「というわけで、この俺『火如 電』の出世の糧となってくれよぉ!!」
攻撃と共に名乗った火如電、その振り下ろしも刀で受け止めるが1発1発がハンマーで殴られているかのように重かった。
それでも負けじと刀を振り回して牽制、何度もその棍棒に刃をぶつけるが鋭い音を響かせるだけで切り傷など一切つかない。
すると奴は棍棒を垂直に地面に立て支えにして体を宙に浮かす。そのまま両足で蹴飛ばしてきた。
まるでサーカスのように棒を巧みに扱い素早い身のこなしでこちらを翻弄させてくる。最初は針鼠の様だと言い例えたが、その動きはまるで猿だ。
棒を使う猿といえば孫悟空と如意棒だが、その棒使いは人間業とは思えない程滑らかで力強い。
しかしそれ以上に気になってることがあった。
(伝家宝刀でも斬れない……あの棍棒何でできてる!?)
確かにこの刀は「絶対に斬れる刀」ではなく「絶対に折れない刀」という、そこまで斬れ味に特化されているわけじゃないが並の刃物よりかはよく斬れるはずだ。
しかしあの棍棒はそれでも斬れない。鋼でできているように思えてしまうが、火如電の動きを見ているとそこまで重量感は感じられなかった。
そもそも武器を使う怪字は初めて見た。中に人が入っている特異怪字だからこそ武器を扱えるのだろう、怪字のパワーに人間の武器、その合わせ技は凄まじものだった。
だが棍棒自体に何か仕掛けがあるわけじゃないと分かれば大丈夫だ。
「おらおら!もっと食らわせてやるよ!」
火如電はまたこちらに突っ走ってくる。そして前方から次々と来る棍棒を避け、刀で弾く。
下からから掬い上げも、上からの振り下ろしも、中心を狙ってくる突き攻撃も、全て目で捉えて捌いていった。
そう、例えどんなに重く鋭い攻撃だろうが見極めれば問題ない、私は迫り来る棍棒を目で見て躱し続ける。
これぐらいの動きなら読むことなど造作もない、こちらも無駄に激戦を生き抜いているわけではないのだ。
数分それが続いても、私は経験と目で棍棒を見極めている。しかし自分の攻撃を避けられているというのに火如電は笑っている。
「伊達に宝塚家の当主になったわけじゃないか!ならこれならどうだ!?」
(!、何か来る!)
奴の言葉を聞いて警戒、その動きがさっきまで違うところを見て確信する。何かしてくると……!
伝家宝刀を握る手を更に強くし刀を前に出す。相手が何をしてこようが対応できるよう奴の棍棒に注目した。
こいつの主力は棍棒、さっきの蹴りも棍棒使って体を支えているのを思い出す。
何をするも必ず奴はあの棒を動かしていた。ならばそこに集中していれば次の一手が分かるはず。
そう思って奴の棍棒を凝視していた。瞬きもしない、しかしその瞬間、棍棒は僅かにブレた。
「……え、ぐわがぁ!?」
気づくと自分の体にまるで数十発分殴られたような痛みと衝撃が襲いかかってくる。
その勢いで後ろに吹っ飛ばされるも着地、しかし身体中に殴打の威力がジンジンと存在していた。
……何をされた?気づけば私は攻撃を受けていた。
片時も目を離さなかったのに動きすら見えず、何が起きたのかも理解できない。奴の能力だろうか?
あいつが変身するために使った四字熟語は「電光石火」、そこから予想できる能力は……
「まさか……!?」
「へっへ……乗り越えた死闘も多いとなると四字熟語で能力の予想が大体つくか」
すると火如電は棍棒を地面に突き立て両腕を組み自信満々の笑みで自身の能力を解説しだした。
「俺の『電光石火』の能力は短時間超高速攻撃、『電光石火の早業』と良く言うだろ?俺はな、1秒間だけ誰よりも速く攻撃できるんだ」
「速く攻撃できる……?それってまるで」
「『疾風怒濤』みたいだろ?触渡発彦の」
そう、発彦の持っている「疾風怒濤」は凄まじい速度で相手を殴ることができる、そこからあいつはゲイルインパクトという技も編み出した。
あいつが説明したその能力はまさしく「疾風怒濤」とほぼ同じである。
「1秒しか速くなれないからといって『疾風怒濤』の下位互換と侮るなかれ!短時間しか能力を発揮できない代わりにその分『疾風怒濤』より速く鋭く!攻撃することができるんだよ!」
「疾風怒濤」には「疾風怒濤」の、「電光石火」には「電光石火」の強いがあるという訳だ。
思えばさっき受けたその能力での攻撃はまったく目で捉えきれなかった。まだゲイルインパクトは残像が残る程度のスピードだというのに。
「ちなみに、今さっきお前にこの能力で100発ぶん殴った。ちなみにまだまだ速くなれるぜ……!」
「……ッ!」
思っていたよりも厄介な能力だ。せめてもの救いが1秒しかそれが続かないということ、そこを利用すれば何とか勝てるかもしれない。
私は首を動かさず後ろを見る、そこには岩から顔を出して隠れながらこちらを恐怖と興味の入り混じった顔で見ている純桜の姿が。
――彼女の為にも、ここで負けるわけにはいかない!
そろそろこちらからも攻めさせてもらおう。私は刀を握りなおして走り出す。
「今の話を聞いて真正面から突っ込んでくるか!ただの馬鹿かそれとも正々堂々戦うって感じの騎士道か?」
すると火如電は棍棒を構え再びこちらに攻撃して来ようとする。
騎士道?生憎だがそんな綺麗ごと私の考えにはない。あるのは、どうやってお前をぶった斬るかということだけだ!
私は棍棒が届く範囲の直前で「神出鬼没」を使用、奴の真後ろに瞬間移動した。
「甘いっ!」
そのまま後ろから首を斬り落とそうとするも奴は背中を見せたまま棍棒を後ろの死その一太刀を受け止める。
そしてすぐにこちらへ向きまた能力で高速攻撃をしてきた。
怒涛の連打にあっという間に打ちのめされて地面を転がる。しかし転がった勢いですぐに起き上がりすぐさま奴に向き直った。
「紫電一閃ッ!!」
近距離が駄目なら遠距離攻撃だ。私はこの間手に入れた発彦のとは別の「一」パネルを使って「紫電一閃」の斬撃を斬り放つ。
砂の大地を裂きながら一直線に向かっていくも棍棒で弾かれてしまった。
そこから私は何度も斬撃を飛ばし続けるが奴は恐れることなくそれを防ぎながらこちらに近寄ってくる。
このままだと棍棒の範囲にまた入ってしまう、そう思った私は「剣山刀樹」を使い刀を地面に突き刺した。
奴と私の間に無数の刀による壁を作りその行く手を阻んだが、火如電は一番最初の時のようにまるで棒高跳の選手のように棍棒を使いその壁を跳び越える。
「食らいやがれぇ!!」
そしてこちらに何度も棍棒をぶつけて迫りくる。「電光石火」の能力さえ使ってこなければまだ避けられるし防御できる、しかし奴の攻撃は依然変わりなく強烈なままだった。
1発1発を受けるたびに手に衝撃が走り痺れが全体に回っていく。手がどうにかなりそうだ。
すると突然、今まで以上の激痛と衝動が両手に一気に襲い掛かり、思わず「伝家宝刀」を放してしまう。
(こいつ……能力で両手だけを集中的に殴ったな!)
刀はそのまま飛ばされてしまい手の届かない場所に突き刺さる。するとここぞとばかりに火如電が特攻、能力は使わず何度も棍棒で痛めつけ嬲ってきた。
「どうだどうだぁ!?まいったかえぇ!?」
鈍い痛みが体中に連打され、打たれた部位がどんどん青くなっていく。腹と喉を思い切り疲れ吐血もした。
急いで「神出鬼没」を取り出して使おうとするも懐に入れようとした手も突かれ邪魔される。しかし顔だけは殴られまいと両腕を合わせて顔の前に出し、足にも力を入れて踏ん張りを入れた。
「そのしぶとさは褒めてやる!だがこれで終いだぁ!!」
ここで火如電は能力を発動、目にも止まらぬ速さで私を全体的に殴打し、そのまま吹っ飛ばして倒れさせる。
何とか起き上がろうにも痣だらけの手と足は思うように動かず、血の味がする口を何度も噛みしめた。
せめて「伝家宝刀」だけでも回収しなければ、そう思って地面を這いずりながら必死に刀に手を伸ばすも奴に踏まれる。
「おっと……この刀は先に奪わせてもらうぜ」
そう言って火如電は刀に近づいていく。
やばい、あれを奪われたらなにもできなくなる!何とか阻止しなければ!
だが体は少ししか動かせず、無様に体を引きずるしかない。やがてゆっくりと奴が刀を握ろうとした時……
「させないっ!」
「純桜!?」
何と今まで傍観していた純桜が飛び出し、火如電に奪われる前に「伝家宝刀」を持って遅い足で奴から逃げていく。
「ちっ……大人しく見てればいいものを!」
彼女はそのまま倒れている私の元まで刀を届けようとするも、火如電が棍棒を突き出し通せんぼをした。
そして彼女に近づき手を差し伸べる。
「おい女、痛い目にあいたくなけりゃ大人しくそれを渡しな」
「嫌だ!これはトーマ君の物です!誰かは知りませんが人の物を勝手に奪うなんてサイテーです!」
しかし化け物と対峙しても彼女は怯むことなく「伝家宝刀」を差し出そうとしない。
のほほんとした性格とは裏腹に、真剣な眼差しで奴と向き合っていた。足も震えている、勇気を振り絞って現場に来たのだろう。
しかし今この時は、私にとっては望んでいなかった勇気と優しさだ。
「逃げろ純桜!そのまま走っていけ!」
彼女を守るために体に無茶をさせ、フラフラになりながらも何とか立ち上がった私は、そのまま後ろから奴に殴りかかったが振り返ることもせず棍棒で殴られ再び倒れた。
このままだと純桜が……!
「……俺は、変身前と性格が違う」
そう呟くと火如電は棍棒で彼女の喉を突く――しかし当たる直前で止め、直撃をさせない。あくまで威嚇としての攻撃だった。
「気弱な俺のことだ。多分女殺したとなると暗い気持ちになって後悔すると思うんだ……あまり俺を虐めないでくれ……」
言ってることは無茶苦茶だが、ようするに怪我したくなかったらそれを渡せという脅迫だ。
この際奪われてもいい。家宝と私の命で彼女の命が救えるなら安いものだ。
さぁ渡せ、そしてそのまま逃げろ――!
「……絶対に嫌!私は何も知らないでさっきトーマ君から話を聞いたばっかりだけど、これだけは言える!貴方は悪い人!そんなサイテーな奴には絶対に従わない!」
「――馬鹿野郎ッ!」
何で逃げない!もう涙目で怯え切っているじゃないか!そんなに怖いなら無理しないでさっとさと自分の命を優先してくれ!
駄目だ、このままだと彼女が本当に殺されてしまう。
(動け……動けよ……!!)
しかしさっきの一撃でもう体に負担がかかりすぎた。頭で何度も自分を叱り飛ばしても体の限界は消えない。
すると火如電は「やれやれ」と言わんばかりに溜息を吐き、そのまま無言で彼女を殴ろうとした。
――やめろ!枯れかけた声でそう叫ぶと、懐から何かが飛び出す。
「のわぁ!?」
「為虎添翼」だ、「為虎添翼」が勝手に動いてパネルの状態のまま奴に突撃し、その攻撃を阻止した。
その隙に彼女は倒れている俺の元まで駆けつけ、「伝家宝刀」を届けてくれる。
刀を杖代わりにして起き上がり、「為虎添翼」のパネルと火如電の戦いを見た。まるで蠅のように飛び周り奴を翻弄し、そして私の所まで戻ってきた。
……発彦から聞いたことがある。「画竜点睛」も自分を使えと言わんばかりに勝手に動き出したと。
「……そうか、やっとか!」
そう言って私は宙に浮く「為虎添翼」を掴み取り、そのまま天に掲げるように上へ突き出してこう叫んだ。
「――『為虎添翼』!!」
するとパネルから強い光の柱が飛び出て、空高く立ち上る。雲を突き抜け空全体を金色に染め上げた。
突如起きた幻想的な光景に、火如電も純桜も驚きを隠せない。
「何だ!?何が起きた!?」
すると上の方から獣の遠吠えのようなものが響いてくる。やがてその鳴き声が近づいてくると同時に雲から何かが飛び出してきた。
それは翼の生えた虎、白い毛並みに鳥のような両翼、まるで空を駆け走るかのように天空を飛び周りやがて俺と純桜の元に着地してくる。
体高5mはありそうな巨体、翼は端から端まで体と同じぐらいの長さがあるほど大きかった。
口には鋭い2本の牙、その眼は黄金に輝いており、ずっと火如電を捉えている。その口元にいた私たちはまるで突風のような吐息に吹かれながらその虎を見ていた。
「翼の生えた……虎さん……本当にいたんだ」
そう、この海岸は陰陽師 虎狩添三郎がこの「為虎添翼」をよく遊ばせていた土地、奇跡なのか偶然なのか意図的なのか、再びこいつがこの砂浜に降り立ったのだ。
「行くぞ『為虎添翼』……共にあいつを倒そう!」
私がそう言うと言葉が理解できたのか、「為虎添翼」は大きく咆哮を上げ、辺りを音で振動させた。
為虎添翼……強い者に更に力や勢いを与えるという意味。強い虎に翼を添えるともう敵う者はいないという話から。