93話
茨木に行くことになりその次の土曜日、私は私服姿で駅前にいた。肌寒いので少々厚着をし寒さに備える。
今日は「為虎添翼」の伝説が数多く存在している茨木のある土地に行き、何かこいつを召喚できるヒントはないかと探すための遠出だ。
思えば先週の土日は研究所に行ってそこで死闘を繰り広げ、今日は茨木まで行くという、最近の休日は休めない日が続いていた。
可能性は捨てきれないが特異怪字の刺客も差し向けられてくるかもしれない。なので油断はできなかった。
流石に2週連続での戦闘も避けたいし、一番の理由は今回の遠出は一般人の同伴者がいるからだ。
「あ!トーマ君おまたせ~」
すると向こう側から手を振りながら純桜の奴がこっちにやってきた。
彼女も寒さ対策に可愛らしいコートを羽織って防寒対策をしている。そろそろ冬も近いということだろう。息が白くなるのもそろそろだ。
「こんなに早く集合させてすまないな。なるべく日帰りしたいから」
「気にしてないよ~私朝強いもん!」
朝は強い、と彼女が言うがとてもそうは見えない。確かに眠たそうにはしてないがそののほほんとした性格上毎朝ウトウトしてそうなイメージがある。
今は7時、土曜日とはいえ仕事があるのかスーツ姿の人もチラホラが見えたが駅前は基本ガランと人が少ない。まぁ休日なので当然だろう。
ちなみに何故日帰りを厳守するつもりなのかというと、流石に18の男女が泊まりでどこかに行くなんてのは問題になるからだ。当然の配慮とも言えよう。彼女は気にして無さそうだが私が駄目だ。
「じゃあ行くか、定期は大丈夫か?」
「バッチリ!チャージはしてあるよ!」
そう言って私たちは駅に入り電車に乗り込む。まず最初は少しだけ都心へ向かいそこで乗り換え、その電車でまず東京を出る。
最初に乗った電車は少なかったが都心にもなると少し乗車数が増えていた。その大半は殺気と同じようなスーツ姿の会社員。土曜日だというのにお疲れさまだ。
ちなみに私のリュックの中は少ないのに比べ彼女のリュックは溢れかえるかのようにパンパンとなっており、一体何が詰まっているのか気になるくらい多かった。
この間も思ったんだが彼女は所謂「好奇心」と「探求心」が人一倍凄いのだ。同級生が調べていた物を見ただけでここまでの労力を費やし遠出をする。普通の人ならば「そうなんだ」と一言で終わるだろう。
だが彼女はその一言だけには留まらず、一緒に図書館まで探してくれ挙げ句の果てにこうして一緒に着いてきてくれている。
この遠出に純桜という一般人は必要であるか?それに対し大きく肯定はできない。
別に彼女は民俗学に興味があるだけで向こうの土地や伝説に詳しいわけでもない。それを調べるために今一緒にいるのだから。
しかし「為虎添翼」の召喚にはその伝説が関わっている可能性が高い。なので彼女の学問的見方も必要かもしれないのだ。
(当然だが「為虎添翼」のことは話せない……それをどうやって隠すか)
実は今回のことを父上に話したところ、その事に関して詳しく、尚且つパネルのことも知っている「ある人」に連絡をしてくれたのだ。向こうについてその「ある人」に話を聞く予定だが彼女が一緒にいればできる話もできなくなる。
もういっそ発彦とそのクラスメートのように事情を話すか?そう思ったがそんなことをすれば純桜という女は興味津々になってパネルのことを調べようとするだろう。
ただでさえ今はエイムという厄介な研究組織も活発になっている。もしそうなって彼女と奴らが出くわしたらとんでもない事になるだろう。
ここはなるべく隠し通すのが正解だ。じゃあもし、もしの話だが彼女と一緒にいる時にエイムの特異怪字に襲われたら?
(……何も起きないでくれよ)
ガタンゴトンと揺さぶられながら、私は必至に平和を願い続ける。
しかしそれが所謂「フラグ」というものになったのか、今回の遠出も簡単にはいかなかった。
そうして電車を数回乗り換えて無事茨木に入り、目的の駅に到着。時間は10時と結構長時間電車に乗っていた為少しだけ疲労感があった。
街並みは都会のように開発が進んでるわけではなくかといって田舎のように何も無いというわけでもない、自然もあり人気もある中間的な所だった。
駅を出てすぐ隣にある小さな観光案内所からパンフレットやら地図やらを貰いそれで今日の予定を確認する。
「まずどこに行くの~?」
「資料館、ここから少し歩いたところにある小さな奴」
ここらには「為虎添翼」についての伝説が広い範囲で存在している。できるだけ全て行くつもりだが、まずは情報が詰まりに詰まった資料館にてある程度情報を手に入れまとめてから周回しようと思っている。
初めての土地なので迷わないが不安だが刑事でもない限り地図を持って迷子になる事はまずないだろう。でも一応現在地はこまめに確認しておかなければ。
そして第一目的地の資料館に到着、高校生割引で安くなった入場チケットを買って中に入る。
薄暗い空間に飾られた資料が説明と共にライトアップされ、なんとも幻想的な雰囲気を出している。この資料館は「為虎添翼」のことを中心に取り上げていて規模も小さかったがその分それについての情報が多い。こう小さいと人も少なく、たまに人とすれ違う程度だった。
ここで私たちは二手に分かれ個人でその資料館を周っていく。全国に存在している翼の生えた虎の絵、それらが壁の額縁に収められていたり写真が貼ってあったりと様々な方法で展示されていた。
中には研究所で見た絵の写真もあり、図書室で見たあの絵もあった。他にも様々な画家によって描かれた絵もある。描く人も違うが場面や筆、使っている墨にも違いがあることに気づき始めたのはここに入ってから1時間経った頃だった。
「大分まとまってきたな……」
書かれていた説明に全て目を通し、そこから共通の単語と人名、または地名を探し出してそれを更に調べることによって次に行くところを大体決めていく。パンフレットも読んだ。
ここは一度純桜と合流して情報交換と行こう。しかしその彼女の姿が見当たらない。
どこにいったんだと思っていたその時、館内放送が入る。
『迷子のお知らせをします。東京都英姿町から起こしの純桜 刀真様、妹さんが迷子センターにいます』
「嘘だろあいつ!!」
色々とおかしいその放送によって一気に緩んでいた気持ちが覚醒、マップでその位置を確認後急いで迷子センターへと走っていく。
辿り着くとそこには純桜の姿とその隣で何とも言えぜ苦笑いをしているお姉さんの姿。
「何で私が同級生で迷子になった奴の兄扱いされた挙句同じ苗字になってんだよ!!」
「いや~トーマ君と連絡先交換してなかったから探すのが面倒くさいな~と思って、ここなら簡単に見つけてもらえるしね」
「放送聞いた時心臓飛び出るかと思ったぞ!!……どうもすいませんご迷惑おかけして……」
こうして彼女を引き取り資料館を後にする。まさか合流するためとはいえその歳で恥じらいも無く迷子センターに自らを預けるとは思ってもいなかった。
手段を選ばないところは性格と全然合っていない、感情が無いのかこいつは。
「まったくもう……昼食取るか」
「賛成~!」
まったく俺も苦労も知らずこいつは楽しそうで何よりだ。やはり連れてきたのは間違いだっただろうか?
しかしその考えは、昼食を取ろうと入った定食屋で覆されることになる。
「となわけで私はこの海岸にも行ってみるべきだと思う。資料館にあった『海岸に吠える虎』『砂浜の翼』『虎と戯れる者』の3つの絵はどれも海が描かれていたしその画家3人もそこらへんに住んでいた人らしいし」
「あ、ああ……」
食べ終わったトンカツ定食の皿を端に寄せ、そこから次の行き先の話し合いを始めた瞬間、彼女は止まることなく喋り続け自分の考えを地図やパンフレットを使い分けながら説明していく。
正直民俗学では天才と言われているのは知っていた。だがここまでとは思っていなかった。
俺が1時間かけて作ったまとめの先をいとも簡単に超えている。画家の住まいなんてどこにも書いていなかったように思えたが、ならば見落としたのか?
何はともあれ私の見方と純桜の見方はまったくもって異なるものだということに気づかされた。
連れてきたのが間違いだなんてもんじゃない。寧ろ彼女がいるお陰で知りたいことのその先まで鮮明に分かるかもしれなかった。
自分でも手のひら返しが速いと思うが、吐こうと思っていた愚痴が全てその衝撃で掻き消されてしまっている。
そもそも彼女がいなかったら最初に見たあの絵の本すら見つけられなかっただろう、この遠出は、純桜の存在が必要不可欠だ。
「何か質問とかある?トーマ君」
「いや……全部お前に言われてしまった……凄いな」
しかし今まで自分が調べてきたのは無駄だったというのは納得がいかないので、せめて心の中で語らせてもらおう。
まず「為虎添翼」を操っていた陰陽師の名前は「虎狩 添三郎」、「画竜点睛」を使役していた陰陽師とはよく共闘していた仲らしく、資料館にあった絵の中にも竜が描かれたものが沢山あった。やはり「為虎添翼」と「画竜点睛」が知り合いという説は間違っていなかったのだ。
そして虎狩添三郎の生まれ故郷はこの土地であり、自分の故郷を襲うとする妖……つまり怪字を倒すべく「為虎添翼」を呼び出していたという。それで伝説が語りだされたという訳だ。
地元ではこの伝説は童話ともされており、さっき通り過ぎた古本屋を覗いてみると「トラさんとそえさぶろう」というタイトルの絵本があった。
次に虎狩添三郎は海が好きだったという、そこで「為虎添翼」も遊ばせていたとも書かれていた。これはさっき純桜が言ってたことだ。なので強ち海に行くのは間違いじゃない。
もしかしたら「為虎添翼」も、遊び慣れていたその海岸に行けば喜んで召喚されるかもしれない。
「じゃあ、その海岸に行くか」
「そうだね~」
こうして私たちは店を後にし、いざ海岸へと歩み始める。
その時私は気づけなかった。私たちを後ろから見ている人影と、懐で気づかれない程地味に震えていた「為虎添翼」を。