92話
結局その日は発彦たちと一日中ゲームし、お昼もいただいて日が暮れかけたところで帰った。
相変わらず発彦のゲームキャラはとても強く、何でも「ゲンセン」とかいう方法を使っているらしい。「為虎添翼」の件が解決したら今度その方法を教えてもらおう。
そして次の日、私は制服を身にまとい学校へと向かう。昨日の休日を日曜日感覚で過ごしたためつい月曜日の授業の準備をしかけたが途中で今日が火曜日なのを思い出し、準備をし直した。
「はい刀真、今日も頑張ってね」
「ありがとうございます母上、行ってきます」
母上から弁当を受け取りそのまま登校、うちから学校までは20分程度でそこまで登校に苦を感じることは無い。
そうして英姿高校に到着、自分の教室の席に座り一息つく。次に制服のズボンに入れていた「為虎添翼」四字熟語をポケットから出さないようにしながら確認する。
(一応学校にも持ち歩くことにはしたが……大丈夫か?)
「普段持ち歩くことが大切」と聞いたので実際に実行して見たが、思えばいつこいつが召喚できるようになるかは分からない。
発彦の「画竜点睛」曰くパネルが独りでに浮かび上がりそのまま自分を使うよう促したという、もしそれが学校内で起きれば大変な騒ぎになる。私はそれを危惧していた。
どうか大きな騒ぎは起きないでくれ。そう思っていたその時、後ろから急に声をかけられた。
「何してんのトーマ君?」
「のわぁ!?……何だ純桜か。驚かせないでくれ」
彼女の名前は「純桜 無玖」、クラスメートでこのクラスで初めて仲良くなった人である。
桃色の長い鮮やかな色の髪が特徴的で身長はやや小さい。クラスからムクムクと呼ばれて愛されており、このクラスのマスコット的存在であった。
その理由は穢れの無さそうな純白な性格からであり、また顔も愛くるしく彼女を嫌いな人などいないだろう。
聞いた話では「神崎 美出」っていう学園のマドンナと呼ばれる女性がいて、その人と比べてどっちが可愛いかという、いわば「神崎派」と「純桜派」という何ともふざけた派閥ができている。
しかし神崎という人には2年生の男子と付き合っているという噂も流れているらしく、神崎派の勢力はそのせいで弱まっているとか。まぁ本人たちの知らないところでそんな争いされてもいい迷惑だろう。
「いやちょっとな……おはよう」
「おはよ~トーマ君は3連休何してた?」
ちなみに彼女は私の名前を緩い感じで呼んでくる。別に馴れ馴れしいとか嫌だとかそういうわけじゃないが、初対面でもいきなり名前で呼んできたのは本当に驚いた。
彼女は馴れ馴れしいというより親しそうというか誰でも仲良くなろうと感じの気持ちが見られる。
「……少し友人と遠出をしたな」
研究所に行ったなんて馬鹿正直に答えるわけにもいかないので適当に誤魔化して答えた。
「そうなんだ、私もね~家族と旅行行ったよ」
「お前もか」
「そう言えばトーマ君って進路どうするの?」
私たちも3年生、2年生の頃から考えていた進路に対し1歩前へ踏み出さないといけない時期だ。クラスにはもう決まっている人だっている。
「私は英姿大学だな。別に将来も決まってるわけじゃないし、とりあえず大学には行こうと思っている」
この英姿町には2つの大学があって「英姿大学」と「颯爽大学」、この町に住んでいる者の大体はこのうちのどれかに進学する。それ以外は町を出て都内に進路を決めている。
今さっき私が行ったように特に将来が決まっていない人はこの2つの大学に入るのが普通だった。それに試験も難しいわけじゃない。
将来が決まっていないと言ったがそれはあくまで口実、本当はこの町から出るつもりがないだけである。
宝塚家の当主としてこの地から離れることはできない、過去の当主に外に行きたがっていた人がいたらしいが全員が怪字撲滅のために英姿町へ残ることを決めていた。
別に大人になってやりたいこともないので、このことに対してはあまり不満などを持っていない、この町で骨を埋めることになっても構わなかった。
「そっか~私は颯爽に行くよ。この間のオープンキャンパスで比べてみたんだけど、あっちの方が図書館の本の数多いからね~」
「そういえば純桜は民俗学に行くつもりだったな」
純桜は民俗学や歴史に興味があり、学校の歴史の成績もトップクラス。のほほんとした性格に似合わず温故知新を大切にしているのだ。
彼女の学力なら2つのうちどちらにも入れるだろう、ならば選ぶポイントはその資料の多さというわけだ。
そうだ、「為虎添翼」と「画竜点睛」が描かれていたあの絵はかなりの古いものだった。もしかしたら何か知っているかもしれない。
「純桜、最近興味本位でとあることを調べてるんだ。翼の生えた虎なんだが……何かこう歴史の本とかで似たのを見たことないか?」
「……翼の生えた虎さん~?」
すると彼女はウーンと考え始める。しかし数分経った後その頭を横に振った。
「ごめん、私も分からない」
「そうか……なら昼休みに図書室にでも寄ってみるか……」
「あ!なら私も行く~!」
「え?……まぁ別に良いんだが」
こうして午前の授業が終わり昼食を取って昼休みに入った後、私は何故か純桜と一緒に図書室へと訪問。
沢山並べてある本棚のうち、歴史や民俗に関連した本だけを立てかけられた本棚を見つけて片っ端から漁ってみる。
歴史本や妖怪図鑑、とにかくそういった本を見つけ手に取り1枚1枚丁寧にページを見てそれらしき物が書かれていないか必死に探す。
驚いたのは純桜の本を読むスピードで、傍目からはただページをパラパラしてるだけなのにそれで全ての内容を読めているという、やはりこいつは天才だった。
「……見つからないな」
「そうだね~」
そもそも「為虎添翼」は英姿町の外の人里離れた山の奥で発見されたものであり、その関連資料が英姿町の学校の中にある可能性は少ない。
「あ!あったよ〜!」
「本当か!?」
ここでは諦めよう、そう思った矢先純桜が目的の本を見つけてくれた。
中々見つからず座り込んでいた私はその瞬間飛び上がるように起き上がり彼女と一緒にその本のページを見た。
「もしかしてこれ?」
「ああ……恐らくな」
そこには研究所で見た絵とは違う絵柄で「為虎添翼」が描かれた絵の写真があった。
太陽の光を漏らしている雲に向かって鳥のような翼を羽ばたかせ空高く舞っている虎、その上には人影が描かれている。
「『空の虎』……か、他には書かれていないのか?」
絵の名前は分かった。しかし欲しいのはその情報ではなくもっと他のことだった。
しかしその絵はあくまで他の事を補足するために、いわばおまけのように小さく写っているだけでその絵の詳細は全然書かれていない。
「……駄目だな。これだけじゃなんとも」
「絵の名前が分かったんなら今度は駅前近くの図書館に行けば〜」
「駅前って……あそこか」
駅前の近くに彼女の言う通り図書館がある。5階建てで結構広くその蔵書率も多いと聞く。大きくなってからはあまり寄らなくなったがあそこに何かあるかもしれない。
「よし、放課後行くか」
「私と行く〜」
「……別にいいけど何故?」
「私も〜トーマ君の調べたらそれが気になったから!」
なるべく1人で調べようと思ってたが彼女に手伝わせたことにより余計な好奇心を感じさせてしまったか。
あまりこのことには巻き込みたくなかったのだがこうなると下手に拒否すればよけい興味を持たれてしまうだろう。それに手伝ってくれたので邪険に扱うこともできない。
「じゃあ学校帰りにそのまま行く?」
「お~!」
彼女の軽い感じでありながらノリノリな部分は少し苦手で、あまり同じようはしゃげない。
気づけば私は彼女のそのノリの良さに流されており、いつのまに同伴することが当たり前のように思えてきた。
まぁ人手を多いに越したことはない。別に断る理由も無いしそのまま一緒に行くことを許した。
午後の授業2時間を終えた後、予定通りに純桜と図書館へと向かうため一緒に学校出る。
校門を通るまでの間に結構の数の男子に目を付けられていたが気づいてないふりをして突破した。まったく付き合っているわけじゃないのだからそんな嫉妬の目は向けないでほしい。
そうしてその後家とは正反対の方向へ歩き図書館の方へ、近未来的な建造物であるそれは、草が生えた庭の中央にドンと構えてある。
中に入り駅の改札のような窃盗防止ゲートを通る。外から見ればわかる通りドーム状に展開されたこの図書館、5階全てが同じような本棚の配置になっており中央部分は読むための机があり、その周りを囲むように本棚が置いてある。
階段近くにあった案内表を見て「歴史、民俗関連」と書かれた3階に移動、ちなみに階段は螺旋階段になっていた。
そこからまた本探し、本棚の側面に貼られたジャンル分けのシールを参考にして一生懸命探す。
さっきは彼女に先に見つけられてしまったので今度は私がという謎の対抗心を燃やし棚にかけられている本の背中を指でなぞりながらそのタイトルを素早くかつ正確に見ていく。
すると「古代絵一覧」というそれらしいのを発見、目次を見て覚えたタイトルを探すと見事にあった。
「純桜!見つけたぞ!」
「ほんと~?」
中央の机まで持っていき彼女と共にその絵を見る。さっき学校の図書室で見たのと同じような絵の写真が今度は1ページの上部分半分に拡大されており、その下には説明も書かれている。大当たりだ。
「茨木の○○市で書かれた絵で……そこでは翼の生えた虎の伝説が多数語られている」
翼の生えた虎、間違いなく「為虎添翼」のことだろう。もっと詳細な情報を知りたいので続きを音読する。何故口に出すのか、純桜も目をキラキラさせてその本を見ているからだ。
「『空飛ぶ虎と陰陽師伝説』……『虎を使役する呪術師』……成る程な。その土地じゃ結構有名な話なのか」
正直茨木という言葉が出て気が引けたが、苦労しないで手に入る力はほぼ無い。ここは面倒でも「為虎添翼」を使えるようになるため向こうまで足を運ぶか。
そう言って手帳を取り出しいつ行くかを考える。正直言ってもう車は御免だし、送ってくれる人もいないしその車が無い。刑事の車に乗せてもらって運転してもらうとも考えたが私個人の話であいつに頼るのは嫌だ。
ここは金がかかるが電車で行こうと思っていると、横で輝かせた目をこちらに向けている純桜が目に映った。
まさか……と思い、冷や汗をかく。
「まさか……行きたいとか?」
「……駄目?」
「いやでも……流石になぁ……」
いくらなんでも本人が知りたがっているとはいえ県外にまで付き合わせるわけにはいかない。それにこれは「為虎添翼」を呼び出すためのもの、一般人の彼女が一緒についてくるとそれもやり辛くなるだろう。
しかし、期待を寄せている彼女の瞳を見ていると、断ることも断れない。もしこれで駄目だといったらそれはそれで罪悪感に押しつぶされそうだ。
「……電車賃は自分で払えよ」
「やった~!行く行く!」
そう言ってウサギのように跳ねて喜ぶ純桜。
こうして私の新たな力を追い求める作戦に、思わぬ同伴ができてしまったのだ。